25 アリア
黒髪の少女が金色の双眸で俺を見つめてくる。
人形のような……いや、文字通り機巧人形であるところの彼女は無表情のまま、こう告げた。
「ごめんなさい」
何が、と思う。
いきなり謝罪される覚えは俺にはない。
「謝る意味がわからん。むしろ謝るのは俺の方だ。機械の体だからって、君は君なのに……すまん。女の子に言う事じゃなかった」
人間じゃない――それは、心を持ったマシンドールを否定する言葉だ。
かつて、沙耶や母さんを泣かせてしまった俺は幾度となく後悔した。人工知能、AIには人と変わらない心と呼べる物が入っているのは理解していたはずなのに。プログラムの範疇を超えて活動する彼女たちは、人間と同じように精神的に成長をする。肉体は永久に朽ちることはないが、心は違う。傷付けば壊れるし、摩耗した精神活動はやがて停止する。
体の違い以外、肉体を構成する素材が異なること以外、人間と機巧人形は変わらない。
「……きらいに、ならない?」
「嫌いになんてなるわけないだろ? こんなに可愛い子、結婚したいくらい好きだよ」
あれ、俺なに言ってるんだろ。突然結婚したいとかドン引きだろ!? あああ、やっちまったー!?
「そう。うん……ありがとう」
だと言うのに、少女の方はどことなく嬉しそうに微笑をたたえていた。
『グオオオオオオゥッルルルルッ!!!!!!』
顎の修復が終わったビーストが、これまでとは段違いの大きさで咆哮を轟かせる。
ビリビリとした空気の振動が体を通過し、いまさらながら恐怖感がわいてくる。
「アリア」
「え?」
「私の、名前」
突然名前を教えられた。そういえば今まで聞いていなかったな。響きの良い名前だと思う。
「アリアか……いい名前だ。俺は響真、奏響真だ」
「かなで、きょうま……きょーま?」
うんうん、と頷くアリア。心なしか先ほどから表情に感情がこもっているように見える。見慣れたおかげで感情の機微が読み取れるようになっただけかもしれないが。
と、名前の教え合いをしていただけだが少し恐怖感が和らいだ気がする。
脚に力を込め、ビーストへと向き直る。
「一人じゃ無理だ……手伝ってくれないか、アリア」
逃げるという選択肢は、もう、無い。そもそも逃げ切れる保証がないし、逃走先に人がいた場合なども考えると出来ないのだ。
この獣はここで確実に破壊する。だが、俺一人ではどうにもならないだろう。
「わかった、きょーま。邪魔者、壊す」
女の子に先陣を切らせるのは申し訳ないが、色々無理をしたせいか体が思うように動かないのだ。多分、全力で動けるのは一瞬だろうと思う。
『ガオッ!!』
ビーストが地を駆ける。
そして、最高速に達するとまた視界から消え失せた。
「アリア、右だ!」
「ん、りょーかい」
一歩下がった位置から見ていた俺はビーストの気配を感じてアリアに指示を出す。
振り下ろされた凶刃なる爪をアリアは右腕で受け止め、ギャリギャリという金属音を響かせて懐へと飛び込む。
そのまま真上に向かって打撃を加えるアリア。だが――
「むぅ、硬い」
ゴガンッ! ガ、ギャイン!!
金属同士がぶつかり合う甲高い音を響かせてはいるが、どうやら鎧が予想以上に硬かったらしい。
『グルルッ!』
「アリア、離れろっ!!」
ビーストが自らの腹下に向けて尻尾の大剣を振るう。
「んっ……あ、う」
その刃は逃げようとしたアリアの背に突き刺さりはしなかったが、大きな傷跡を残していた。
ブシュッと血が噴き出し、その場に膝をついてしまう。
「アリ……」
「大丈夫、すぐに、直る」
俺が近寄ろうとするのを手で制し、よろよろと立ち上がるが、その顔には苦痛が表れていた。
金属でできた頑丈な体があるからといって、痛みを感じないわけではない。痛覚がある以上、修復される間も相当な負担がかかる。
「ん……直るのが、おそい」
ジュウジュウと白煙を上げて高速で修復を行っているようだが、想像していたより傷は深いみたいだ。
大剣の攻撃は特殊金属の硬度を以ってしても防げるものではない。
『ガーウ!』
ダンッと後ろに跳躍して距離をとるビースト。牙や爪は効かないが、剣なら獲物を仕留められると気付いたのだろう。離れると尻尾を揺り動かし、追撃の構えをとる。
タシーンタシーンと鞭のようにしなる尻尾を地面に打ち付けタイミングをはかり……
その時がやってきた。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
四肢にあるリミッターを全て解除する。頭の中で『バチンッ』というスイッチの切り替わる音がした。
『ガァァァァアァオ!!』
圧倒的な速度で迫り来る巨大な剣。
左手を腰に回し、ある物を外す。
「ぐ、あああああ!!!!」
真っ直ぐ、一直線に胸のあたりへと吸い込まれていく白刃。
「き、きょーま!?」
だが、それが背中に突き出たりすることはない。
『グルルルルッ!?』
危険を察知したのか、大剣を掴んでいた尻尾の拘束を解くビースト。今まで獰猛そのものだった顔には動揺の色が浮かんでいた。
ギュイン、ギュイン……ぽすんっ。
最後に気の抜ける音を出して、ビーストの装備していた巨大な剣は――この世から消え去った。
「へへ……やったぜ」
胸にある物を抱え、その場に力尽きる俺。
刺さらないとわかっていても、精神的に疲れた――質量に耐えるための力も使ったので、もう一歩も動けないだろう。
フルパワーの全開を出した速度でビーストの意表をつく。それは俺一人では出来なかったことだ。
なんせ、この後の事も考えてないくらいだからな。
「なにを、したの……?」
傷が修復され、裂けた服の隙間から純白の綺麗な肌をのぞかせながらアリアが倒れた俺の前までやってくる。
「……え」
白いのを想像していたんだが、予想が裏切られた。
「ん?」
これは責任を取らなければいけないだろうか。脚の付け根には……布が無かったよ、あっはっは!
いやほんとごめんなさい!? そういえば、下着の着替えはあげてなかったね……スカートがヒラヒラする度に見ちゃいけない部分が視界に映る。
「おご!?」
無言で側頭部を蹴られる。ふへへ、いいキックだった……ぜ……
「きょーま、説明」
おっと、意識が飛んでいたようだ。何か良い物を見ていた気がするが、思い出せない。
かろうじて動く上半身を起こし、抱えていた物をアリアに見せる。
「……それ、なに」
「え? ○次元ポ○ットだよ」
「………………」
ごめんなさい。無表情で睨まれると怖いわやっぱり。冗談の通じない人みたいだな、怒らせないように気をつけよう。そもそもコレ、ポーチだったわ。有名なアレとは原理も違うし。
「えっと……このポーチには何でも物が入ります。ほら、アリアにあげた着替えとかごはんとか――あの時、俺が荷物を入れてたのがコレなんだが」
知らない人にこのポーチの説明をするのは難しい。アリアはトートバッグの方も持ってなさそうだし、まいったね。
「――ん。だいたい、わかった」
しかし、何とか理解してくれたらしい。さすがは機巧人形、頭の回転は人間より速い。
「そうか、わかってくれたか! ふふふ、それで――」
『ガァァァァァオ!!!!!!』
アリアと談笑をしているとビーストが怒りをあらわに雄叫びを上げる。
そうだった。まだ終わったわけじゃない。
「アリア、少し時間を稼いでくれ」
「ん、いいけど。でも、私じゃあれ、倒せない、よ?」
「わかってる、とどめは俺が刺す」
すぐにでも行きたいところだが、脚がまだ動かない。出来ればもう一度フルスロットルで動くのが理想だが、それには少し時間がかかるだろう。
「りょーかい。きょーまを、信じる」
アリアはそれだけ言うとビーストへ向かって走り出す。ずいぶんと期待されているようだな俺。まあ、彼女を傷つける事が出来る武器はもうヤツには存在しない。ゆっくりと休ませてもらおう。
「ぬ、うわーん!?」
ゴロゴロと土埃に塗れながら地面を転がる。
ビーストはそう簡単に休息を与えてはくれなかった。
「ぴぎゃー! 死ぬッ! 死んじゃう~!?」
タシーンタシーン、びゅん! タシーンタシーン、バゴンッ!!
ビーストは本体でアリアの相手をしながら、器用に尻尾を俺へと当てようとしてくる。こちとら胴体が生身なもんで、剣の無くなった尻尾といえど当たれば即死するだろう。尻尾自体も直径五センチくらいある太い金属のケーブルだからな。そんなのに自由自在な動きで襲って来られたらたまったもんじゃない。
「きょーま、まだ?」
「今話かけないでぇ!? うひゃぁ!」
ぱぱんッ! 顔の真横に振り下ろされた尻尾が地面を抉りながら小石などを粉砕していく。
「むぅ……」
「え、お……おおう!?」
俺の醜態にイラついたのか、アリアがビーストの尻尾を掴みにかかる。
パシン、パシン、ぐるぐる……ギューっ!!
両手で掴んだかと思うと、宙で体を反転させ、そのまま尻尾をビーストの後脚に絡ませたりしつつ胴体へと縛りつけた。
「動き、止めた」
『ギャウンッギャウン!?』
ズリズリと前脚のみで這いずる白銀の獣。なんだか、昔の俺を見ているようだ……。
「それじゃ、仕上げといくか」
転がっている間に過稼動で傷付いた脚の修復も完璧に終了していた。体についた泥を払いのけ、再度リミッターを解除する。
ッダ! タタン!!
走り、脚の動きを封じられて寝そべるビーストを踏み超える。
そのまま真上へと大きく跳躍した俺は――
「お前に返すぜ」
大空の上からポーチを下に向けて開け放つ。
中からは、刃渡り二メートルほどの大剣が出てきた。
ズズズ、すぽんっ。
完全に抜けると小気味の良い音が聴こえてくる。
『ガルルル!!』
ザシュッ! ズブズブ……カコン。
ビーストの背中に落ちたその剣は何の抵抗もなく体を通り抜け――最後に鍔の部分で止まった。
「よっと」
スタッ! ずる、ごちん。
「……まだッ終わりじゃないし」
着地に失敗して頭を打ち涙目になるも、仕事はまだ残っている。
『ギャウ!? グギャーウ!?』
「悪いな。さよならだ、マシンビースト」
背に突き刺さったままの大剣の柄を両手で握り、頭に向かって走る。
胴体はもちろん、心臓のコア、そして……人工知能のAIが収納されている頭部さえも真っ二つに斬り裂いた。
スパンッ!!!!!! ズズ、ドスンッ!!
切れ目から紫電を奔らせ黒いオイルを撒き散らし、ビーストが崩れ落ちる。
「……帰りは比較的安全だったな」
俺はというと、斬り裂いたあとの大剣に乗りそのまま地上へと降り立っていた。刀身を下にして落ちたので倒れるかと思ったが、自重により地面へと吸い込まれるように刺さりゆっくりと落下していったのだ。ほんとどんな切味してるんだこの剣……
「きょーま!」
「ん? おお、アリア!」
黒髪の少女が駆け寄って来る。
思わず抱きしめようと腕を広げるが――
「の下にある剣、すごいね!」
横に逸れていった。おい、ここは感動の抱擁の場面だろ普通!? 攻略するには友好度が足らなかったのかなぁ……
「ああうん、そうね。たしかに活躍したのコイツだもんな」
認めたくはないが、コレがあったからこそ勝てた戦いだった。戦いと言って良いかは疑問が残るけど。
「とりあえず、勇者の剣ゲットーっと」
地面に突き刺さる大剣の柄にポーチを押し当てる。
ギュルンッという音を響かせ、地上に細長い穴を残して収納されていく剣。もちろん、最後には『ぽすんっ』なんて気の抜ける効果音まで鳴っていた。普段使う時は鳴らないんだけどな、小型化の弊害かもしれない。コミカルで好きではあるけど、この状況ではちょっとなぁ。
「ゆうしゃ……?」
「お、おい。そんな怪訝そうな顔で見るなよ! 良いだろ別に、これだけ頑張ったんだから少しくらい戦利品を貰ったってー!?」
『グル――ガ~ォ』
と、そんなやり取りをしていると。
半分に裂かれたビーストの半身がこちらに視線を向けて小さく声を出した。
まだ生きていたのか。そう戦慄するが、どうにも様子が違う。
「どうしたの?」
アリアがビーストに顔を近づける。
「危ないぞー、ああ、もう! さっきからなんなんだよッ!?」
先ほどから何かに肩を叩かれている気がしていたのだが――
「……って、お前かよ!?」
それはビーストの尻尾だった。うにょんうにょんと波打ちながら先っちょが踊っている。
「……ん、わかった。頼んで、みる」
「アリア、こいつが何を言ってるのかわかるのか?」
あ、当然だろという顔をしてやがる! もしかして、会話が成り立つなら友好的な解決法もあったんじゃと一瞬考えてしまうが、それはありえない話だろう。ビーストは明らかに殺意を持って俺たちと対峙していたのだし。
「きょーま、きょーま」
「ん、なんだ」
「この子、飼っても良い?」
「ダメです。捨てて来なさい」
無理に決まってるだろ! こんな巨体をどこで飼育しろって? 頭なんて二つに分かれちゃってるし。
「あぅ……」
「そ、そんな涙目になっても無理だからな? こいつ大き過ぎるんだよ……って、え」
捨て犬を拾ってきてしまったイベントを繰り広げていたら、驚くべきことが目の前で起こっていた。
ビーストの一部がベギンッバギンと軋んで盛り上がったかと思うと、切り離されて丸まりながらこちらへと転がって来た。
「つん、つん」
興味深げにそれを突くアリア。
「なんだ?」
もしかして爆弾なんじゃ……と、それは文字通り爆発するように閃光を放つ。ぎゃわー目が、目がぁー!
まあ、片目が義眼だから平気だけど。普通にビックリしたわ!!
『ハッハッハ、わふん!』
光が落ち着き、丸かった金属塊から手足が生えていた。ウネウネと動く尻尾まである。
犬みたいな大きさになったビーストが、そこにはいた。
「ありえないありえないあえいうえおぇー」
突然の自体についていけない。なんだ、何が起こってる。
「これなら、文句ないだろ、だって」
撫で撫で。すりすり。通訳しつつ小さいビーストをもてあそび幸せそうな顔をするアリア。
たしかに、これだけ小さければ問題はないんだけど――
「いや、アリアが良いならそれで良いんだけど……納得いかねぇ」
ビーストには最初からこんな機能があったってことか? 自身を小型に作り変えるなんて、そんなの後付で出来る範疇を超えているぞ。こいつは生物ではなく、機械なんだから成長するなんてのも違うし。
『わふ』
シュルリ、シュル……キュッ!
「? ぐぇ」
「こーら、きょーまをいじめちゃ、ダメ」
『わふーん』
くはっ!? いきなり首絞めやがったぞこいつ!
「ママの、仇だって」
そう言われて頭部が二つに分かれたビーストを見ると……すでに機能を停止していた。俺の肩を叩いていた尻尾も今は地に伏している。
なるほど――獣の生態をシミュレートするあまり、子孫を残すという機能まで持たせていたのか。こいつを造った人はなんて独創的な考えを持った設計者だったんだろう。もしかすると、過剰なエネルギーは設計ミスではなく意図的に設定されたのかもしれないな。それによって暴走することまでは想定していなかったようだが。しかし、戦争のために作られた物は良いように使われて壊れれば廃棄される運命だったのだから、結果的には変わらない終焉だったろう。
「俺、猫派なんだけど」
『わふ……に、にゃあ?』
そもそもライガーってネコ科じゃないのか? ツッコミ待ちなのだろうか。ボケにボケで返されるとは思わなかったぜ。
「無理に鳴き方変えなくても良いよ。とりあえず、俺に危害を加えないなら問題ない」
俺が観念してそう言うと、足元に擦り寄ってくるミニビースト。体表が金属だからゴリゴリして痛いんですけど?
『わふ~ん』
「し、仕方にゃいから、ご主人と認めてやる、にゃあ。だって」
「この短い鳴き声にそんな意味が……」
「ごめん、なんとなく言ってみた、だけ」
本当は言葉が通じていなかったらしい。
ていうか、あれ? そいつアリアが飼うんじゃないのか……




