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21 戦争

「いけいけいけーーー!!!!!!」

「立ち止まるんじゃないッ! 役に立ってみせろ木偶の坊共が!!」


 怒号が響く。

 むせ返るような黒煙が充満する中、まるで呼吸をしていないかのように息も切らさず走る人々がいた。


 その手には何か金属でできた棒のような物が握られている。


「……ぐぷぅ」


 棒を首に当てられた一人が声を上げて倒れこんだ。


「今だ! 一斉にかかれ! 修復の時間(ひま)を与えるなッ」


 かけられた声に従い、倒れこんだ一人に群がる人々。

 よく見れば、その両者は着ている服の色が違う。倒れたのが赤い服の若い男だったのに対して、群がっているのは青い服を着た老練の翁である。老人とは呼べない体躯をした男たちが一人に一斉に何かを突き刺していく。


「――――ぁ、う」


 口から血を吹き出し、若い男は……機能を停止した。


 体には無数の穴が開いているが、そこからは血液というにはあまりに違う綺麗な色をしたオレンジ色の油臭い何かが垂れ流されていた。


「…………」


 ザンッと。手に持った金属の棒――長く少し湾曲した刃を持つ剣で死人の顔を潰す青い服の男。

 とどめというよりは、弔いのような一撃である。感情のこもっていない虚ろな目をしているが、それでも何も考えていないわけではない。


「何をしている! 片付いたなら早く次へ行け!! 兵士として高い金を出して買ったのだ、値段分は働いてもらわねば困る」


 最初に怒号を放った鷲のような鼻をした小太りの男は自軍の兵士である青い服を着た者たちを次の目的地へと急かす。


 そう。

 今この場所では――戦争が行われているのだ。


 しかし、戦争とはいえ命の奪い合いをしているわけではない。


「わかりました、マスター」

「私のことは将軍と呼べ! この木偶がッ!!」


 戦っているのは人間ではない。

 人と同じ姿をしてはいるが、それは見た目だけである。


「申し訳ありません……将軍様」

「わかればいいのだ。まったく、何が機巧人形だ……これではただの粗大ゴミではないか。金属で構成された丈夫な体をもった最高の兵器だというから大量に購入したというのに、使えないにも程がある。馬鹿共が」


 将軍と呼ばれた男の言う通り、兵士は体が金属でできていた。

 機巧人形――マシンドールと呼ばれる、人工知能を積んだ自律稼働するロボットだ。


「将軍、こやつらには二体一組で動いてもらうのはどうでしょうか?」

 横にいたやせ細った骸骨のような顔をした老人が将軍に告げる。

 この老人は人間だ。基本的に戦場では機巧人形が戦い、人間がその指示を出すという図式が当たり前である。

「ふむ、その理由について訪ねてもよいかな……イディズ殿」

「いえ、たいしたことではありませぬ。この木偶人形共は我々人間と違って腕力があり余っている。ならば、敵の機巧人形の急所を一撃で貫くことも可能だと思ったまでのことです」

 マシンドールの急所。それは頭部と心臓にあたる部分にあるコアだ。

 どちらかだけを壊しても止まることはない。損傷に対しては自動修復機能が付いているため、片方が無事なら時間はかかるが完全に直ってしまうのだ。さらに、頭部のAIが壊れていても心臓(コア)の機能だけである程度行動出来るため、反撃を受けないように両方を同時に壊すのが最善である。

 二体一組というのはそれが理由だ。

「承知した。いつも助言感謝する、イディズ殿。貴殿がいてくれて本当に良かった」

 将軍はイディズと呼ばれる骸骨顔の老人に柔和な笑みを見せた。

 彼は人間に対しては礼儀や言葉遣いなど乱暴な感じを見せない。たんにマシンドールが嫌いなだけなのだ。人と同じ顔をしているくせに、他の同族であるマシンドールを破壊した時も表情一つ変えない所が恐くてたまらない。命令に背くことがないとわかっていても、どうしても警戒してしまう。


 マシンドールたちは将軍の命令を受け、二体一組になり敵軍のいる丘の向こうへと突撃していく。


「……がぁ! ふっ、はぁ!!」

 まるで人間のように息を吐く動作をしつつ剣を振り抜く一体のマシンドールがいた。

 カキンッ、ギン! ゴゴン!!

 敵の武器を己の持つ剣で受け流し、そのまま胸の中央を突き刺す。そしてそのまま引き抜きざまに体を蹴り飛ばし、もう一体のいる場所へと追いやってとどめを刺させる。


「ほう。あの一体は他より優秀ですな」

 イディズが長く伸ばした白い顎ヒゲを撫でつつ感想を言う。

「ああ。同時期に製作されたと聞いていたが、学習能力の差が出ているようだな」

 それに将軍が相槌を打った。

 たしかに他のマシンドールの動きはぎこちない。何か一つの動作をする度に一度思考を挟むのか、若干のタイムラグが感じ取れた。先ほどのマシンドールのような流麗な動作とは程遠い。


「う……ぐぅ!」


 しかし、いくら他より優れていると言ってもここは戦場だ。

 予期せぬ場所から攻撃を受けてしまうこともあるだろう。


 動きの良かった一体は敵の持つ大剣の一撃を背後から受け、腰から真っ二つにされてしまった。


「あははっ! 脆いねぇ、お前ん所の駒たちは!!」

「……ピューリか。相変わらずだなお前も」

 高笑いを上げる女に将軍が苦い顔をする。嫌悪感さえ伝わるほどの嫌そうな顔をしていた。

「はんっ! なんだいその言い方は。クソガキが……!!」

 長い金髪を無造作にかき上げる女。彼女は敵軍の人間だ。それも、戦場での最高指揮権を持つ将軍である。


 二人の将軍は戦場から少し離れた場所、見通しの良い丘の上に数メートルほど隔てて同じような形をしたテントを張っている。

 敵軍の司令官がこんなに近くにいるというの普通ではありえない話ではあるが、近年の戦争ではこれが当たり前になりつつあった。


 戦争の勝敗を決めるのが敵を滅ぼすことではないからだ。


「うるせぇなババァ! 早く引退しやがれってんだ。いつまでも若作りしてたって、力は衰えていくばかりだろうに」

「はぁ……だからガギだと言われるんだよ、お前は。――現代の戦争じゃ私たち人間に力は要らないのさ。必要なのは、いかに優秀な駒を手に入れるか、そしてそれを上手く使えるかの頭の良さだよ」


 戦争。

 それはお互いの国で納得のいかない事があった場合に行われる。

 互いに同数の機巧人形を用意し、それを武器に戦う。用意した機体が一定以下になるか、指揮権を持つ人間が降伏を認めた場合に終結するものとされる。

 なお、使用するマシンドールは設計図の公開されている物以外でも使用可能であるが――ブリジットシリーズのみは例外として認めないものとする。また、プロトタイプと呼ばれる人体を改造した人間兵器も同様に認めない。使用可能な物は基本的に第二世代以降に製作された物に限定される。思考回路その他臓器全て機械でできた、命を宿さない物たちが国の扱える駒だ。


 戦場については人々の住む土地から離れた所が使われる。

 隣国との国境付近にそれがあるという感じだろう。民間人に被害が出ることだけは避けなければならない。替えの利く金属の塊と違って、人の命は失ってしまえば戻って来ないのだから。


 ただ、実際には偵察用として敵国の中に機巧人形を送り込む所もある。

 それは発見されしだい破壊され、機体の所属国が判明した場合は厳重な処罰が下されることになっている。


「ふん。力とは金さ! 頭が悪くたって、金さえあれば何だって手に入る。――そうだろ、イディズ!」

 鷲鼻の将軍は腹心の部下であるイディズに合図を送る。


「――承知いたしました」

 イディズは将軍の言葉を受けてある物を懐から取り出した。

 黒い、手の甲の中ほどまでしか覆わない手袋のような物だ。そして、それを両手にはめた。


 手袋の指の腹の部分には金属でできた小さいプレートが付いている。


「なんだい? それは」

 ピューリが訝しげな顔をする。いきなり何をしているんだ、そんな顔だ。


「アストロユニット――起動」

 パンッと一瞬両手を合わせたかと思うと、すぐに離して両手を前に向ける。


 ブゥオンという音と共に黒い手袋へ紫線が走った。

 そのまま手を宙に円を描くように動かすと、通過した跡を紫光の線が同じように追う。


 円は消えずに空中に映し出されたまま、その円の中に何か幾何学的な模様が展開された。


 手を円の中へと入れる。


 手首の所で止まった円は、腕と一体化するかのように動かすと追従して一緒に動く。


「接続完了したました。将軍、いつでも行けます」

「よし、それでは……」

「おいおい、お前たち――!?」


『ウ……ガァァァアアアアオオオゥウ!!!!!!』


 瞬間――獣の咆哮が木霊した。


 兵士たちが動きを止める。


 敵味方問わず、その――突然現れたライオンとトラを合わせた、ライガーのような見た目をした大きな物体に目を奪われた。


「いけ、ザ・ビースト!」


『ガァァァウルルル!!』


 ビーストと呼ばれたライガーが走り出す。


 だが、その巨躯は獣というにはあまりに大きい。

 体長は尻尾まで含めるとゆうに二十メートルを超している。


 さらに、体表が毛に覆われているわけでもなかった。


 白銀に輝く、金属でできた装甲を持った流線形のフォルムをした四足歩行で動くボディ。


 尻尾の先には人間の大人ほどの大きさがある刃幅をした巨大な剣が付けられている。一体化しているのではなく、強靭ながらも柔軟な尻尾により柄を巻かれるように装備されていた。


「あ、ああああ!?」

 ピューリの顔面が蒼白になる。


 現れたライガーを見てではない。

 その後に起こった、惨状を目にしてしまったためだった。


「…………」

 イディズが無言で手を動かす。

 顔には滴る程の大量の汗が浮かんでいる。


『グルルッ! ガーオッ!!』

 宙に紫光が煌めく度に、それに呼応するかの如くビーストが牙をむく。


 ガゴンッ!! ゴリ、ギャリリッ……ブチンッ!!!!


 金属の擦れ合う音と、断裂する破砕音が聴こえてきた。


「ふはははははっ! いいぞ、もっとやれ!! 全て喰ってしまえ、ビーストよ!」


 狂っている。そう、ピューリは思った。

 兵士である機巧人形たちの首が、胴体が、手足が……鋭利な牙を持った金属の獣に蹂躙されていく。


「……くっ」


 それも、敵である私の軍だけでなく……自軍の兵士までも潰しているのだ。

 刃のような爪で押さえ付け、口を大きく開けて獲物を咀嚼する。背後に近づく物は尻尾にある大検で斬り刻んでミンチにしてしまう。


 私は、悪夢でも見ているのだろうか?


「……もう、いい」


 口からこぼれる。


「あぁ!? 何が、もういいって?」


 それを聞き逃さなかった将軍が挑発でもするかのように追及する。


 なんて性質(たち)が悪いのだろう。この男を殺した方が世のためになるんじゃないだろうか。


「私の――降参だ」


 素直に認めよう。

 アレには……勝てない。


「なんだ、まだ駒は残っているぞ? 最後まで悪あがきくらいしたらどうだ?」


 お前だってそれがわかっているからこそ、アレを戦場に投入したのだろう。

 ただの機巧人形では、あんな化け物みたいな獣には何体でかかっても歯が立たない。


「すまんが、これ以上は見ていられなくてな。物とはいえ、あれでも私の部下なのだ。くやしいが、勝てぬ戦ほど愚かなものはないだろう?」

「……ふむ。まあ、貴様がそこまで言うなら仕方あるまい。私も少しばかり大人気がなかったよ、くく」

「…………っ」

 ギリッと奥歯を噛み締めるピューリだが、これ以上どうすることも出来ない。自分はもう彼に対して降伏宣言をしてしまった。ようは負けたのだ。敗者は潔く引き下がるのが戦争のルールだからな、諦めよう。


「おい、イディズ殿。戦いは終わりだ。我が軍の勝利だ」

 男の将軍がビーストを操っているイディズに戦争の終結を告げる。

 勝利を収めたのだから、もう敵の兵士を倒す必要はない。それに、これ以上続ければピューリから要らぬ反感を買う恐れもある。今回は買ったが、また戦いになった場合に確実に勝利出来るとは限らない。出来れば平和的に解決すべきなのだ、戦争に発展しないように。

 戦うのは好きであるが、戦争をするには金がかかり過ぎるのが難点だからな。


「………………」

 だというのに、イディズはビーストを操ることを止めない。

 それどころか、必死に腕を振り回しているようにも見えた。


「イディズ殿? もうよいと言っているんだが?」

「……ふぅ……ふぃ……ッ!!」


 様子がおかしい。

 骸骨のような顔が、まるで助けを請うようにこちらを向いていた。


「どうした。やめないか、イディズ!!」


 ガリ、ゴリ。とビーストが敵の機巧人形を破壊していく。

 自軍の兵士もそれの巻き添えを食って数を減らしていった。


「――――申し訳、ありません」


 骸骨顔がうなだれる。

 その手は下に降り、動きを止めていた。


 獣はまだ、殺戮を続けている。


「制御が、利きませ――ッあげが!?」

 言い終わる前に、体が……吹き飛んでいた。


 何が起こった?


 目の前で銀色のナニカが過ぎ去ったことしかわからない。


「イ、ディズ……?」


 ドチャリ。


 空から、紐状の赤い物体が降ってくる。

 そして――


「ぐっ……ぁ」

 下半身を失くしたイディズが臓物を撒き散らしながら将軍の足元に着地する。


「逃げ……て」

 言いかけ、伸ばした手が地に伏せた。


「……う、あああああああ!?」

 その様子を目の当たりにした将軍がその場で奇声を上げながら尻餅をついた。

 そのまま体を引きずるように慌てて後ろに下がる。


 背中に何かが当たる感触がして、もう一人のことを思い出す。


「ピュ、ピューリ!! に、逃げるぞ!?」

 敵の将軍であり、古くから知っている戦友の名前を呼ぶ。

 この場から早く逃げなければ。イディズがどうして死んだのかは知らないが、心を恐怖が埋め尽くしていた。今はいがみ合っている場合ではない。


「……?」

 声をかけたのに反応がなかった。

 その事を訝しげに思い、背中にある者の顔を見ようと振り返る。


 首から上が――――消えていた。


「え?」

 ガクガクと痙攣をくり返す、かつてピューリと呼ばれた女の体。

 無くなった頭部に送られるはずだった血液が切断面から噴出し、鷲鼻の将軍の顔に降り注ぐ。


 ビチャビチャという音を立てて視界を紅く染めていくまだ温かい体液を感じながら、将軍は戦場を見た。


 そこには、誰も立っていなかった。


 頭を潰され、心臓を抉られた――ガラクタが転がっているだけだ。


『グルルルル……!!』


 クッチャクッチャと口の端から赤い液体を垂らしつつ咀嚼する一匹の白銀の獣。

 その唸り声を最後に。


 鷲鼻の将軍、ジールの意識は途絶えた。



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