真に価値ある行動のみに没頭する
目が覚めた。小説を書こう。
昨日1日を無駄に終わらせてしまったので、もう同じ失敗を繰り返さないようにしなければ…
“何が無駄”で“何が無駄でないか”をより明確にしよう。そうして、無駄でない時間だけを過ごすようにしなければ。もちろん、無駄な中にも小説に役に立つものというのは転がっている。ただし、それを言い訳にしないように。
“真に無駄な行動”のみを除外し、“真に価値ある行動”は残す。難しいけれども、それを徹底しよう。
もうちょっと考えを進めてみよう。
無駄な行動と、価値ある行動と、何が違うのだろうか?
たとえば、遊びに没頭する。これは無駄な行動だろうか?恋をする。これは無駄だろうか?仕事ばかりしていたり、寝てばかりいたり、それは無駄な行動だろうか?
結局、それだけでは判断できないように思う。結果的に、いい小説を書くのに役に立てば、それは“意味のある行動”だったのだろうし、小説を書くのに何の役にも立たなければ、それは“無駄な行動”だったと言えるのだろう。
そうして、経験を積むに従って、段々とそれは結果論ではなくなってくる。行動した直後(あるいは、行動する前)に「ああ~、これは無駄な行動だな」とか「これには価値があるぞ」というのがわかるようになってくる。無論、それは絶対ではない。絶対ではないのだが、かなりの高確率で当てられるようになってくる。
それは人によっても違うだろうし、時と場合によっても違ってくるだろう。全く同じ行動が、時として無駄となり、時として価値を生み出す。それらを経験で見極められるようになることが大切。




