第1話:春の訪れと、交わした永遠の約束
こんにちは、あるいはこんばんは。
今回から新連載『卒業式の隣に君はいない ~愛する人を庇って逝った恋人と、私のお腹に残された命~』の投稿をスタートします。
高校生の純愛、そしてあまりにも突然訪れる残酷な運命と、そこから立ち上がろうとする少女の物語です。
切なくも温かい愛の軌跡を、ぜひ最後まで見守っていただけますと幸いです。第1話、お楽しみください。
春の足音がもうすぐそこまで来ている二月の終わり。
校庭の隅にある桜の木々はまだ硬い蕾を閉ざしたまま、冷たい冬の空気に耐えてじっと春を待っていた。
私立高校の古い校舎の裏手。
誰にも邪魔されないひっそりとした木造のベンチに腰掛ける秋元宮乃は、制服のブレザーの裾をぎゅっと両手で握りしめながら、目の前に立つ少年の顔をじっと見上げていた。
宮沢健太。
一年生の秋、図書室の窓際に差し込む夕陽の中で同じ文庫本に手を伸ばして以来、宮乃にとって世界で一番大切な人になった少年だ。
整った目鼻立ちと、少し照れくさそうにはにかむ優しい瞳、そして何回季節が巡っても変わることのない誠実で温かい人柄が、宮乃の心をいつも優しく満たしてくれていた。
周りの友人たちが楽しそうに他愛のないおしゃべりに興じる中、二人の間にはいつも穏やかで満ち足りた時間が流れていた。
「ねえ、健太くん。卒業まで、もう本当にすぐなんだね……」
宮乃の声には、言い知らぬ切なさと、ほんの少しの不安が混じっていた。
周囲のクラスメイトたちは、大学進学や就職といったそれぞれの新しい進路に向けて胸を躍らせ、どこか華やかな浮き立つ空気をまとっている。
しかし、宮乃と健太の間には、これから訪れる環境の変化に対する漠然とした影が落とされていた。
健太は高校を卒業すると同時に、地元の老舗建設会社に就職して一人前の職人として生きていく道を、宮乃は地元の短期大学に進学して幼い頃からの夢だった保育士の勉強をする道を選んでいた。
たとえ同じ街にいたとしても、通う場所が変わり、日々の生活リズムが異なれば、今までのように毎朝一緒に登校し、放課後に図書室で寄り添うような時間は失われてしまうかもしれない。
そんな小さなすれ違いの恐怖が、宮乃の胸の奥底でチリチリと痛んでいたのだ。
健太は、宮乃のそんな揺れる瞳の奥をまっすぐに見つめると、優しく微笑みながら持っていたカバンをベンチの脇に置き、宮乃のすぐ隣へとそっと腰掛けた。
そして、冷え切った彼女の右手を取り、自分の大きくて温かい手のひらでしっかりと包み込んだ。
健太の手のひらからは、いつも安心をくれる確かな体温が伝わってきた。
「そんなに不安そうな顔して、どうしたの、宮乃。何か心配事でもあるなら、全部俺に言ってよ」
「ううん……ただ、みんなバラバラになっちゃうからさ。健太くんが遠くに行っちゃうような気がして、少しだけ、怖いの。私を置いて、どんどん大人になっていっちゃうんじゃないかって」
宮乃が少し震える声でそう呟くと、健太は少し困ったように眉を下げ、それからふっと柔らかく笑った。
そして、首を横に大きく振ると、曇りのないまっすぐな瞳で宮乃の目を捉えた。
その眼差しがあまりにも真剣だったため、宮乃は思わず息を呑み、言葉を失った。
「離れたりなんかしないよ。俺はどこにも行かない。進路や環境が変わっても、俺の気持ちはいつだって宮乃のところにあるんだから。そんなに心配しなくても、俺はずっと君のそばにいるよ」
健太はポケットから小さな箱を取り出すわけでもなく、これ以上ないほど真摯な声で、自分の未来の決意を言葉にして紡ぎ出した。
「高校を卒業したら、すぐに親父の仕事を手伝って一人前の職人になるって決めたんだ。そして、少しずつお金を貯めて……いつかちゃんとした形で宮乃にプロポーズするつもりだった。でも、宮乃をそんな風に不安にさせちゃったから、今ここで、ちゃんと言葉にして約束するよ。俺と結婚してほしい。ずっと一緒に、家族になって、同じ屋根の下で暮らそう」
風がサーッと吹き抜け、二人の間の空気を揺らした。
言葉の意味が頭の中で反響し、それが現実のことだと理解できた瞬間、宮乃の目から熱い涙が溢れ出した。
それは悲しみからくるものではなく、あまりにも大きすぎる幸福感と、愛されているという確信からくる涙だった。
宮乃はこらえきれず、健太の胸に勢いよく飛び込み、彼の制服のシャツの襟を力いっぱい掴んだ。
「うん……っ! 私、健太くんのお嫁さんになりたい。ずっと、ずっと一緒にいる。離れたりしないよ……っ」
二人の小さな誓いは、春の青空高く吸い込まれていくようだった。
まだ社会の荒波も知らない十八歳の若者たちだったけれど、その時の二人の心には、疑う余地のない永遠の未来が広がっていた。
両家の親御さんたちも、二人の真剣な交際と将来の結婚の約束を知ると、最初はあまりの若さに驚き戸惑いながらも、最後には温かく祝福してくれた。
「まだ若い二人だけど、お互いを本気で支え合って生きていけるなら」と、背中を押してくれたのだ。
未来はどこまでも明るく、二人を温かく待ち受けているように思えた。
第1話をお読みいただきありがとうございます!
物語の始まりは、まだあどけなさが残る二人の甘酸っぱい春の誓いからでした。
これから二人を待ち受ける幸せと、そしてその先に隠された運命の影――。
次話では、物語を大きく動かす「新しい命」の予感が訪れます。
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