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第十八話「ゴブリンの王。」

==========================


ゴブリンロード

種別:持識(じしき)類・黒深(こくしん)属


Lv:30

HP:322/322

MP:46/46


状態異常:

なし


==========================


「レベル30…。」


圧倒的な存在感を前にピリピリと全身が震える。

が、当然おとなしく諦める気なんてない。


「…。」


俺は至りし者だ。

そんな自負を持って軋む足を動かす。


ザリ。


踏み出した靴底から音が鳴る。


ニマニマと、品定めをするように視線を巡らせていた顔がこちらを向いた。

しわしわの老人がイタズラ好きな子供のような笑みを浮かべている。キシキシキシと笑うたび、生暖かい息を感じた。


至りし者とは、全てのクラスのレベルをカンストしたものに贈られる称号だ。

俺は当然持っていたし、こいつだって何百回と狩った。


しかし、現実世界で見るとここまで…。


「お、お前何して……。」


前に出た俺を見て、アレクシアが困惑したようにこぼす。

しかし、ゴブリンロードの視線がアレクシアへ移ると、彼女は黙ってしまった。


今、アレクシアにヘイトが向くのはまずい。

この状況を打開するのに、その力が必要だ。


「おい、どこ見てるん…だ!!」


足に蹴りを入れたが、まるでびくともしない。

ダメージもほとんどゼロに等しい。


ずぅ…と不気味な音を立ててゴブリンロードの顔が近付いていた。


これでいい。


「キシ…キシキシキシ……。」


「何笑ってんだよ。」


ゴブリンロードは四つん這いに近いような姿勢で俺の顔を覗き込み、またあの不快な笑い声を上げた。


「…本当に…気でも狂ったのか……?」


今俺にヘイトを向けているので少し黙っていてほしい。


「…ル、ルシエラ様、今のうちに……。」


「何をいうのです、アレクシア…。」


俺が殺されてる隙に逃げようとでも思ったのか、アレクシアがルシエラの手を取る。

しかし、ルシエラはその手を振り解く。


無言の瞳がアレクシアを叱責し、彼女は唇を噛んで黙り込んだ。


「ギシシシシ……ギシ…ィギィ…。」


ゴブリンロードは一頻り笑うと、ゆっくりと立ち上がり、暗闇の奥へと消えた。


「消えた…助かった…?」


そんなわけないだろう。

今に…。


ズンッ…ズンッ…ズンッズンッズンッ。


ほら戻ってきた。

しかし、さすがゴブリンの王。動きが速い。


その手に巨大な剣を携え、地震と見紛うような激しい揺れを伴い来る。


ダッ……ズガガガガガ…!!!


そして、足を地に叩きつけ、動きを止める。

慣性の法則でしばらくその体は横滑りを続け、地面に深い傷を残す。


ゴブリンロードは自身の巨躯が止まり切らないうちから、腰を低く落とし巨きな剣を肩に担ぐ構えを見せた。


縦の一閃が来る。


「来いッ!!!」


「ィヒィ……!」


正直体が動く自信がなかった。だからこそ、自分の全身に動けと命じるように声を張り上げる。

それもすべて見透かしているのか、ゴブリンロードは嘲笑うように息を漏らした。


剣が持ち上がる。一瞬、松明の炎に照らされた刃が光を放った。

そして、次の瞬間には、空気を震わす凄まじい圧を伴って振り下ろされる。


地面に当たってすらいないのにこの衝撃。

俺は正直、その一撃を避けられたのかすらわからなかった。

ただ、四肢の感覚はある。幸いなことに体のどこも消し飛んではいないらしい。


それでも、当たらなければいいというものでもない。

避けただけでは追撃が来る。だから…。


剣の腹にそっと手を添える。

少しでも力の加減を誤れば指など容易に飛ぶだろう。


「受け…流しッ!」


これが俺の習得した戦技。

相手の攻撃をいなす。ただそれだけのスキル。

しかし、間違いなく最強格の技の一つだ。


「んぬぅ…!!!」


「師匠!!」


剣があまりにも重い。

発動と同時に視界が回る。チヤの心配そうな声が響いた。


…どうやら俺の方が吹き飛ばされたらしい。


空中で身を捻って、さっきまで俺がいたであろう地点を確認する。

体勢を崩したゴブリンロードが何とも言えない顔で俺を見ていた。


相手の剣も弾けたらしい。

心の中でガッツポーズをする。


「す、素手…。」


「…ありえない……こんな…。」


「ふんふんふん。」


なぜかチヤが自慢げだ。

そんな姿を横目に着地する。


遅れて全身に痛みが走るが、止まるわけにはいかない。


カンッ…カランカランカラン。


「…。」


困惑するアレクシアに前に大剣が転がる。

俺がインベントリから取り出したものだ。


「この空間なら使えるでしょう!」


「は…?」


「俺があいつの攻撃をいなします…アレクシアさんはその隙に攻撃を!」


あいつにまともなダメージを通せるのは、この中でアレクシアだけだ。


受け流しはレベルにもステータスにも依存しない防御系の戦技。プレイヤースキルさえあれば相手のダメージを完封できる。間合いやタイミングを完全に理解する必要があり判定はかなりシビアだが、それでも間違いなく最強のスキルの一つだと思う。


しかし、まあ当然なんだが、いくら防御を続けても相手が死ぬことはない。


だから、彼女だけが唯一の勝機。


「アレクシア…。」


ルシエラがその名前を呼ぶ。

それに応えるように震える手が剣の柄に…。


「ギィヤァッ!!!」


「っ!!……受け流し!!」


また俺の体が宙に浮く。

こいつ、今完全にアレクシアを狙いやがった。


理解しているんだ。

この中で彼女の剣だけが自分の命に届き得ると。


ゴブリンロードの剣がアレクシアに届く前になんとか弾けたみたいだが…。


「……。」


アレクシアの体が震えている。

恐怖で固まり、ただ茫然とゴブリンロードの姿を眺めることしかできない。


「…アレクシア……アレクシア!!」


「あ…あぁ……はい。」


ルシエラの声にようやく我を取り戻し、また剣を拾おうとするが…。


「ィギャッ!!!」


「ひっ…!」


「ぐっ…!!!」


まただ。

アレクシアが剣を握ろうとすると切りかかる。

これもすんでで弾いたが…。


肩が上がり呼吸が荒い。

視線も定まらず、尋常ではない量の汗をかいている。


「キ…キキ……キシ…ギシシシシ。」


そんな彼女の姿を見てこいつは笑っている。

楽しんでいるんだ。


鞭で動物をしつけるかのように。

何度も何度も繰り返し恐怖を植え付けて。


「む…無理だ……。」


酷く弱弱しい声が、この虚空にポツリと落ちた。

これはまずい。本当にまずい。


「俺の攻撃じゃダメージが通らない!それに…ぃ!!」


そんな暇もないと言いたがったが、戦技の発動でまた吹き飛ばされた。


「……。」


必死に呼びかけてみるが反応がない。

どうやら彼女の心は完全に折れてしまったらしい。


「あ、相手はあの黒深卿だ…。御伽話に出てくるような化け物なんだ…ここで死ぬ、私は、ここで…。」


黒深卿。ゲームにも出てきたゴブリンロードの異名だ。

あんな裏設定まで共通してるのか…。


しかし、彼女ができないというのであればもはや打つ手はない。

地面に座り込んで「死ぬ…死ぬ…。」と連呼する置物になってしまった。


俺も戦技の連発で手が痺れてきたし、本当にそろそろ死ぬかも。


「それでは、私も死ぬのですか?」


「…っ。」


静かだが、凛とした声が響く。

俯いていたアレクシアがふっと顔を上げた。


「こちらを見なさい。」


ルシエラはアレクシアの前に膝をつき、その肩に手を添えて諭すように言葉を紡ぐ。


「ギシャッ!!!」


それを見て何かを感じたのか、ゴブリンロードが横薙ぎを放った。

だが、これだけは邪魔させない。


「ん…ぬぅ!!!!」


俺はしゃがみこんで剣の下に潜り込み、受け流しを放つ。

剣は上方に軌道を逸らし、二人の頭上を通り抜けた。


反動で地面に押し付けられた俺は、危うく意識が飛びそうになる。

が、なんとか耐えて、僅かに埋まった足を引き抜く。


「…我が騎士、赤錆のアレクシアよ。主を守らず、民を守らず、誓いを守らず。それでどうして私の騎士でありましょう。」


ゴブリンロードは苛立ちを隠そうともせず、何度も何度も切り付けてくる。

だから俺は何度も何度もその剣を弾いた。


こんな状況にあってもルシエラの声色が変わることはない。

ただ優しい微笑みを浮かべてアレクシアに語りかけている。

言葉は厳しいようだが、その態度には彼女への絶対の信頼を感じる。


「……。」


アレクシアは何かを口にしようとした。二、三度、開いては閉じて、また開いてを繰り返す。

しかし、どうしても言葉にならないのか、結局その口を閉じた。

そして、立ち上がる。


一歩二歩と地面に転がった剣に近づく。


当然のごとくゴブリンロードが襲い来るが、俺がすべて弾く。

彼女の歩みには、もう、一切の迷いは見られなかった。


そして…。


チャキ。


彼女の手がそれに届く。


はああああああああああ。

もう本当にダメかと思ったが、これでようやく勝機が見えた。


「すまなかった…頼めるか。」


アレクシアが、俺にしか聞こえないような声でぼそりと呟く。

まあ、正直に言うと俺の体はとうに限界だ。殺しきれなかったダメージがあちこちの皮膚を裂いている。


出血で意識も飛びそうだが…。

それでも、彼女が自分の誓いのために立ち上がったというのなら…。


「ええ。もちろん。」

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