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第十七話「逃走劇。」

迷路のように入り組んだ坑道を進む。

腰を落とし、神経を研ぎ澄ませ、ほとんどすり足に近い状態で、ゆっくりと…。


俺たちがここに入ってから、どれほどの時間が経ったのかはわからないが、もう随分深くまできたと思う。


道すがら、目に入ったゴブリンは片っ端から狩ってきた。


おかげで片手剣4本、大剣1本、盾2つがドロップした。

どれも決して性能がいいとは言えないが、売るなり溶かすなり、まあ何かしら使い道はある。


とりあえずということで、一番よさげな片手剣をチヤに渡し、それ以外はインベントリの中に収納した。

いや、野菜でパンパンにしていなくて本当によかった。ベジタリアンなヘンゼルとグレーテルがいると思われても困るからな。


ちなみに、収穫はこれだけではない。

俺のレベルが12に上がり、チヤもレベル12だったのが、13まで上がっている。


まさに、ウハ坑道でu…。

いやこれはやめておこう。


深くなるほどにゴブリン部隊の人数が増え、ウォリアーやシャーマンも頻繁に出てくるようになった。


深部に行くほど精鋭が増えるという構造には、一種の知性や社会性のようなものを感じる。

ただ、どうせならお互いに視認可能な距離で配置すればいいのに、とも思う。


これでは各個撃破が容易だ。何かしらの意図があるとも思えないし。

戦利品を分け合いたくないという浅ましさの現れなんだろうか。


まあ、なんでもいいか。


「さてと…。」


レベルも上がったし、ドロップ品もこんなに…。

そろそろ帰るか。


なんてホクホク顔で引き返そうとしたとき。


「う、うわぁぁあああ!!」


壮絶な叫び声が洞窟内に響いた。

若い、おそらく男の子。


ん…?男の子?


「あ。」


いや、忘れてない。忘れてないから。

そうだよ、少年を助けに入ったんだ。


うん。


え?なに?全然そのつもりですけど?

い、いやー、音の方向はどっちだー?


声が坑道内に幾重にも反響する。


わかりづらいが、多分こっちだ。


「行こう。」


「はい!」


あんな叫び声が響いてしまったんだ。

ここらのゴブリンは一斉に動き出す。つまりステルスは無意味。ここまでだ。


俺とチヤは声のもとへと全力で走り出す。


正直めちゃくちゃ気持ちいい。

音を出さないよう動いていたのが想像以上にストレスだったようだ。


「師匠!あれ!!」


チヤの声も心なしかでかい。


「ああ!!」


俺も。


角を曲がると、坑道の先に部屋のような空間が見えた。

分かれ道のあるところがわずかに広くなっている程度でずっと狭い通路ばかりだった。

部屋というのは初めてだ。


その中央に人垣。いやゴブリン垣ができている。

少年はおそらくあの中だ。


敵の数や種類を把握しきれていない。

本来なら不用意に突っ込むべきではないが、そうも言っていられないらしい。

ゴブリンが、萎びたその細腕で武器を掲げている。


部屋の入り口には、ほぼ柵と言っていいような隙間だらけの扉がはまっているが、開け放たれているので意味はない。

俺たちはそのまま部屋の中に飛び込んだ。


「チヤさん!」


「はいっ!!」


ズブリと音を立ててゴブリンの体が浮く。


「フ…フギッ…?」


ゴブリンは自分の身に何が起こったのか理解できていないらしい。

不思議そうに腹から生えた銀色の物体を眺めている。


俺は俺で少年に群がるゴブリンたちを目でなぞる。

1、2、3…。


「ングッ!!」


「イギッ!!」


「フグッ!!」


そして、優先順位をつけて、顎、脚、胴体と適切な箇所に攻撃を打ち込んでいく。


よしっ。一旦は攻撃をキャンセルできたみたいだ。


「ギィッ!!」


カンッ!!


ゴブリンシャーマン!いたのか!


俺たちが視界に入るなり杖を地面に打ち付けて魔法の発動モーションに入った。

さすがの反応速度。


だが…。


バシュッ!!


次の瞬間には頭から斧を生やして地面に倒れこむ。


<ゴブリンシャーマン(Lv14)を倒しました。>

<経験値(26)を取得しました。>


この速度と精度。さすがである。


「おっ。」


ひるませたゴブリンが体勢を立て直し切り込んできた。

身を捻って回避しつつ、膝を入れる。


<ゴブリン(Lv12)を倒しました。>

<経験値(25)を取得しました。>


やはり柔らかい。


頭を殴った奴は気絶しているし、脚に蹴りを入れた奴は骨が折れたのか地面に伏せたまま立ち上がらない。


「ふう、なんと…か!なった…か!!」


<ゴブリン(Lv11)を倒しました。>

<経験値(20)を取得しました。>


<ゴブリン(Lv10)を倒しました。>

<経験値(18)を取得しました。>


しっかりととどめを刺してから、少年のもとへと駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「う、うぅ…。」


チヤが心配そうに語りかけるが、少年は唸るばかりで反応がない。

出血はそんなにないので切りつけられてはいなそうだが。


まあ、とりあえず。


「ヒール。」


淡い緑の光が少年を包む。

やがて部屋の中に響いていたうめき声が消える。少年は気絶してしまったらしい。


「チヤさん、頼んでもいい?」


「もちろんです!」


少年の回収は成功だ。

ゴブリンが集まってくる前に逃げ…。


「もし…。」


「ん?」


女性の声が聞こえた。

チヤかと思い顔を見るが、チヤは首を横に振る。


「…。」


じっと耳を澄ませる。


「…もし…そこな方…。」


気のせいかとも思ったが、やはり聞こえる。

か細く高い女性の声だ。


「はい…誰かいらっしゃるんですか?」


「ああ、やはりゴブリンさんではございませんね…こちらです。」


部屋の奥、木箱が壁のように積まれた先が死角になっている。

どうやら声はそこから聞こえるらしい。


「あっ。」


恐る恐る覗き込むと、そこには10人程度の人がいた。

明らかにそんな人数は想定していないだろう金属製の檻の中。女性と子供ばかりが押し込められている。


「もし…お尋ねいたしますが、先ほどの少年は…?」


「ああ、無事ですよ。」


「よかった…ご無事なようですよ。」


ゴブリンに生け捕りにされた人たちか。


皆、力なく地面に座り込んでいるが、一人の女性だけが立ち上がりこちらを見ていた。

白金の髪に白い肌。服はボロボロ、体はやせ細り、声も弱弱しいが、不思議と揺るがない気品を感じる。どこぞのお嬢様だろうか。こんな状況でも他人の心配とは何とも立派だ。


あっちの子は少年の知り合いだろうか。

少年が無事だったと聞いて涙を流している。

うっ、なんか俺も泣きそうかも。


「おい、お前、早くこれを開けろ!」


そんな涙を引っ込めてくれた女性。

白金の君とは対照的。筋肉質で日に焼けた肌と赤髪が印象的。高圧的で粗暴だ。


「アレクシア…そのように声を荒げるものではありませんよ…。」


「しかし……!」


あの二人は二人で知り合いらしい。

アレクシアと呼ばれた赤髪の女性は白金の君の一言で黙ってしまう。


まあ、別に何と言われようが気にしないさ。

やることは変わらないし。


一応檻にかかる錠前を触ってみるが、さすがの拳闘士とは言えこれは無理。


「チヤさん、これで。」


大人しくインベントリから大剣を取り出す。


「りょーかいしました!!」


「皆さん、離れてください。」


皆、狭い中でもなんとか身を寄せ合って反対側へと避難する。

子供たちが目を瞑り、白金の君へと抱き着く。


どれくらい捕まっていたかはわからないが、皆がこれほど落ち着いているのは、彼女が心の支えになっていたからだろう。


チヤが分厚い金属版を肩へと背負い込む。

腰を捻り力をためるにつれ、ギリギリと鎧が軋む。


…。


「はぁ!!」


ガキンッ!!…ゴトッ。


凄まじい音と火花を散らして錠前が落ちた。


「…よ…よっ!チヤさんさすが!」


「えへへ。」


うん。何度か叩いて壊すイメージだったんだけど…。

まさか一撃とは。あなおそろしや。


「さあ、ルシエラ様。参りましょう。」


白金の君はルシエラというらしい。

アレクシアは礼もなく檻の外に飛び出し、ルシエラに手を差し伸べている。

まあ、別にいいんだけども。


にしても、酷く焦っているように見えるな。


まあ…それはたぶん、彼女たちの中で唯一アレクシアだけが、この後に起こることを理解しているからだろう。


「おい、お前、ってなんだその恰好…。」


なんかすごい蔑みの目で見られたんですけど。

もうちょっと感謝があってもいいような…。


「ほかに剣はあるか。」


「ありますけど。」


「よこせ。」


「…はい。」


納得いかない。扱いが不当だ。

ルシエラと話す時と俺と話す時、声色からして違う。

まあ、こんな状況だ。剣は渡すけど。


「…なまくらだな。」


こいつー!!!


「さあ、ルシエラ様。」


「待ちなさい、アレクシア。この方たちへのお礼がまだです。それにあなたももう少し…。」


ルシエラ様。尊い。


「今はそのようなことを…!」


まあ、それはそう。


「ガギャァァァアアアアアア!!!」


「っ!」


「ひっ…。」


あ、ゴブリン来ちゃった。


「チヤさんっ!」


「はいっ!」


少年はルシエラたちで回収してくれたので俺とチヤで戦闘の構えを取る。

アレクシアも戦ってくれると思う。たぶん。


「皆さん動けますか!」


「は、はいっ。」


ルシエラは返事をしてくれる。その他も頷くなどのアクションで答えてくれる。

アレクシアを除いて。


ゴブリンの大群が壁のように迫ってくる。

どれくらいかかるかはわからないが、狭い通路で着実に数を削り続け、外に出る。

まさにつるはしで岩の層を一枚一枚剥がし取るような途方もない作業だが、やるしかない。


「行きますよ!!」


「はいっ!!」


ザッ!!


合図で前方に飛び出す。


「…ってあれぇ!?」


が、チヤ以外誰もついてきていない。


「ぎゃ、逆ですよ!!」


「…あんな数に突っ込む馬鹿がいるか!!」


俺の呼びかけに、アレクシアが吐き捨てるように言った。

そして部屋の逆側に空いた通路へと駆け込む。


まあ、確かにそっちの方がゴブリンの数は少ないけど…。

そっちに行くとより深く潜ってしまうことになる。

冷静に考えれば…。と思うが、この状況じゃ無理か。


というかそもそも囚われた方法やその期間もわからない。

どっちが出口なのかもわかっていない可能性が…。

説明する時間はないな。


「はぁ。」


せっかく命がけで助けたのに死なれるなんてあんまりだ。


「チヤさん、行こう。」


しょうがないので、ついていくことにする。


暗い通路を全速力で進む。とはいえ皆弱りきった体だ。

大した速さではない。


当然、何度も追い付かれそうになるが、そのたびに俺が殿をした。


前方の露払いはチヤとアレクシアに任せている。

アレクシアだが、相当な手練れだ。


2体のゴブリンを撫でるように両断していた。

シャーマンにひるんでいる様子はあったが、そこはチヤがいるので問題ない。


俺たちは何本も何本も分岐を越え走り続けた。止まることは許されない。

常にゴブリンの少ない方、少ない方へと。


坑道の中を走っていると感覚がおかしくなってくる。

自分が上がっているのか下がっているのかが全然わからない。

そのうち、この道がどこかの通路につながっていたり、別の出口から外に出られる可能性もないわけではないと思えてきた。


そんな中、途端に視界がひらけた。いや依然闇ばかりだが、そこに狭くるしい岩壁はない。

代わりに広大な虚空が広がっている。


一瞬、外かと思った。夜の暗闇だろうかと。

しかし、どうやら違うらしい。月も星も見えない。見えるのは、岩を削って作られた無愛想な柱だけ。


暗黒を切り裂くようにして、煌々と松明がかががられている。聖堂と呼ぶにはあまりに無骨。しかしそんな荘厳さを感じさせる巨大な空間。


坑道の先にこんな地下空間が…。


「はぁ…はぁ……はぁ…。」


俺たちの足がゆっくりと速度を失う。


「…。」


そして、互いに顔を見合わせた。


「…っ。」


その瞬間、背筋に嫌なものが走る。


俺だけではない。

この場にいる誰もが感じているだろう。

だからこそ、視線が張り付いて動かない。


部屋の奥の暗闇。

そこに潜む何かから向けられている。

巨大な手で握りつぶされるかのような、異様なまでの威圧感。


追ってきていたはずのゴブリンが、一体たりとも部屋の中に入ってこない。


…誘い込まれた。

そう理解したときには全てが手遅れだった。


それがくる。地面を揺らしながら。一歩一歩近づいてくる。


最悪だ。


「ああっ…クソっ……クソ!!!!!!」


そんな声が木霊する。

嗚咽やカチカチとなる歯の音も。


もはやこれらの音が誰の口から発せられているかなど判別がつかない。

俺も心臓の鼓動がうるさくてそれどころではない。


影が近づくほどに大きくなる。


そして、闇の中にあったその顔が、松明の光に照らされ、ぬるりと現れる。

皺に埋め尽くされた緑の肌、顎から乱雑に生える髭、そして避けるように上がった口角。

黒目ばかりの目が、炎の揺らめきを怪しく返していやに不気味だ。


こいつはゴブリン系統の最上位種にして、全てのゴブリンを統べるもの。


「ゴブリンロード…。」


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