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幽霊王女  作者: 山田裕子
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腹筋を割る令嬢

王女リゼットは、祖国と敵国の停戦の証として嫁いできた。

王子アレックスの妃というより、人質である。

王女たちの中でも、後ろ盾が弱く、一番必要とされない自分が選ばれた。


嫁いだ国の人々の目は冷たい。

当然だろう。

身内を亡くした者も少なくない。


貼り付けたような笑顔、監視するような召使たち。

外出にも許可が必要で、やんわりと止められる。

仕方のないことだ。


かつては祖国のために剣をふるい、女性騎士になることを夢見ていたが、それももう必要ない。

両国民に必要なのは、融和だ。

宮廷内でさえ、無理のようだけど。


「リゼット様、お茶のご用意が出来ました。」


差し出された紅茶を飲んでいるうちに、喉が焼けるように熱くなった。

椅子から崩れ落ちる。

薄れゆく意識の中で、一人の侍女の姿が見えた。

紅茶を入れた侍女、イルゼだった。

彼女は、伯爵家の娘で、王子付きの侍女という名誉ある役目に就いていた。

王子妃である私にもよく仕えてくれていたのに。

青ざめ震えていたが、どこか安堵したような表情も浮かべていた。

そう、あなたなのね......

そう思いながら、意識は途絶えていった。


ふと気づくと、自分の遺体の周りに人が集まっている。

棺に入れられ、目を閉じ、手を組んでいる自分。

では、ここにいる私は?

ふわふわと浮かんでいる。

手は透けている。

体は軽く、肉体の実感がない。

誰も私に気づかないし、話しかけても声が聞こえないようだ。


「死んで幽霊になったようね、私。」


わが身を嘆いていても仕方がないので、

とりあえず、イルゼのところに行ってみよう。

おそらく彼女が犯人だ。

幽霊ならば、証拠探しは簡単だった。

壁を抜け、部屋に入り込み、物陰から様子をうかがう。

毒薬の瓶を握りしめ、イルゼは震えていた。

証拠となる毒薬の瓶をまだ処分していない。

早くどこかに隠せばよいのに。


「どうしたらいいの?」


深夜、泣きながら一人途方に暮れているようだ。

本当に無計画なのね。ため息が出た。


「私、殿下をあんな人に取られるなんて、我慢できなかった......」

「見つかれば、処刑されてしまう......」


「そうね、おそらく死刑になるわ。証拠が見つかれば。」


イルゼは悲鳴を上げ、半透明の姿のリゼットを見て気を失った。


「殺した犯人には、見えるのね。声も聞こえるようね。」


「彼女に乗り移れるか、ちょうどいいわ、試してみましょう。」


あら、大丈夫じゃない。

殺した相手だから、繋がりが出来たのかしら。

憑依しているうちに、瓶を隠さなくっちゃ。

世話が焼けるわね。

でもこれは、私には好都合かもしれない。



「申し訳ありませんでした。どうかお許しを。」


「嫌よ。証拠の瓶はあなたが気絶している間に隠したわ。あれを提出してあなたを告発することも出来ます。でも私の条件を飲めば、告発しないであげる。」


「......条件?」


リゼットはにっこり笑って言った。


「やりたいことがあるの。あなたの体をときどき貸して欲しいの。

それだけよ。良い話でしょう?殺人を見逃してもらえるの。

たまに体を貸すだけで。」


イルゼに選択肢はなかった。




翌朝、日の出とともに、むっくりとイルゼの体が起き上がる。


お寝坊さんなのね。都合がいいけど。

まずは、体作りからかしら。ふにゃふにゃだもの、この体。

祖国にいた時に、女性騎士になりたかったのよね。

皆に止められたけど。


イルゼの体に乗り移ったリゼットは、朝の走り込みからスタートした。

とりあえず箒での素振り、腕立て伏せ、腹筋、背筋、いろいろ鍛えなくてはならない。


夜、体をイルゼに明け渡す。


「はい、体を返すわね。」


「ありがとうございます......」


イルゼの体は、慣れない運動で悲鳴を上げている。

全身の筋肉が泣きたいほど痛い。


そんな日が何日か続いた。

ある日、入浴後ふと鏡を見たイルゼは、絶叫した。


「キャーっ!!!」


腹にうっすらと縦線が入っていた。


「……え?まさか…」


嫌な予感通り、やがて腹筋は見事なシックスパックになった。



「嫌ですーっ!!」

「鍛えれば、こうなるのは仕方のないことよ。我慢なさい。」

「分かっていてやりましたね?騙したんですね?」

「ま、死ぬよりましよ。泣いても仕方がないわ。諦めなさい。」

「死んだほうがましかも......」


イルゼは泣いた。

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