蛇足編
医務室で目を覚ましたエルヴィンは、茫然と先ほどの試合を思い返していた。
「飛翔魔法、そして雷の上級魔法……」
エルヴィンは天井を見上げた。
「完敗だな」
少しだけ笑う。
「だが」
脳裏に浮かぶのは、
黒い翼。
空から降る雷。
退屈そうな紫の瞳。
「負けた相手があれなら悪くない」
誰にも聞こえない声で呟く。
「次は私も、もっと上を目指そう」
◇
学院祭が終わり数日が過ぎた頃。
「お姉様が飛んだあの日から、王都では大騒ぎですよ」
「そう」
「飛翔魔法の使い手」
「学院祭の優勝者」
「雷で決勝戦を吹き飛ばした魔女」
「好き勝手言われてるね」
「一部界隈で『白銀の堕天使』なんて呼ばれているとか」
「ださい」
「通り名ですよ!憧れます」
「私は別に堕ちてない」
「素敵ですよね〜黒い翼の天使様」
「そう言えば聞きましたかお姉様。エルヴィン・アーチバルドが魔法師団にスカウトされたそうですよ」
「話聞けよ……」
アルマリアは本から視線を上げない。
「興味ありませんか?」
「決勝戦で戦った相手ですよ?」
「そうだっけ」
「そうです」
「まあ、優秀だったしね」
それだけ言ってページをめくる。
ミネルヴァは呆れたように肩を落とした。
「別に。本人がやりたいなら良いんじゃない?」
「相変わらずですね……」
少し間を置いてから、ミネルヴァは改めて問いかける。
「それよりお姉様はどうするんですか?」
「何が?」
「卒業後の進路です」
その言葉に、アルマリアはようやく本を閉じた。
「んー」
アルマリアは少し考えた。
「研究職か、宮廷魔術師か、教師か……」
「いいですね!理論学部ですか?飛翔魔法の研究をより深めて——」
「ないない」
即答だった。
「え?」
「理論学部つまんないし」
「えーっ!?」
「保守的なんだよね」
アルマリアは肩を竦める。
「新しい理論を出しても、前例がどうとか慣例がどうとか」
「特に今のゼミの教授」
「あの人の話聞いてると眠くなる」
「お姉様が言うと説得力がありますね……」
「教師として学院に残るなら……降霊術かな?」
「準決勝の?」
「うん」
紫色の瞳が少しだけ細まる。
「学院で学ぶ三年間。その中で生まれた違和感……」
「違和感?」
「そう、今は違和感としか言い表せないけれど……降霊術には何かある」
「だから気になる」
「お姉様がそう仰るなら、その通りなのでしょう」
「私も、これから忙しくなりそうです。布教活動に終わりはありませんからね」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」
こうして、アルマリア・ファウストの退屈な学生生活は、少しだけ騒がしくなった。
◇
数年後。
王立魔法学院。
実践魔法学部降霊術科。
教室の窓から柔らかな陽光が差し込んでいた。
「先生ー」
「なんだ」
気怠そうな声。
窓際の机に頬杖をつきながら返事をしたのは、一人の女性だった。
透き通るようなプラチナブロンドの髪、アンニュイな紫色の瞳。かつて学院祭を騒がせた少女、アルマリア・ファウストである。
「先生は理論学部出身なのに、どうして降霊術科の教師になったんですか?」
「面白そうだったから」
「それだけですか?」
「うん」
それだけだった。
アルマリアにとっては、
世界の真理も。
魔法の研究も。
教師という仕事も。
結局は興味があるかどうかでしかない。
「じゃあ白銀の堕天使って何ですか?」
学生の問いに、アルマリアは顔を引き攣らせる。
「げっ」
「教えてくださいよぉ」
「知らない」
窓の外を見る。
青い空、ゆっくりと流れる雲。
「あーめんどくさい……」
そう呟きながらも。
その紫色の瞳は、
次の研究対象を探すように窓の外を眺めていた。
後に『白銀の堕天使』と呼ばれる魔法使い。
これは、そんな彼女がまだ学生だった頃の物語である。
おわり
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作『王立魔法学院首席の少女は、理論屋のくせに模擬戦最強』は、べつの長編作品『True Necromancy~辺境出身の降霊術師は、王国の嘘に気づいてしまった~
』に登場するアルマリア・ファウストの学生時代を描いたスピンオフ短編です。
本編では既に教師となっている彼女ですが、「学生時代はどんな人物だったのか」「白銀の堕天使という通り名はどのように生まれたのか」を書いてみたいと思い、本作を執筆しました。
また、本作は単独でも読める内容を目指しましたが、作中で触れられた降霊術やミネルヴァの布教活動(?)など、本編へ繋がる要素もいくつか含まれています。
もしアルマリアやミネルヴァ、その後の物語に興味を持っていただけましたら、ぜひ本編も読んでいただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n3553ls/
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改めまして、ご読了ありがとうございました。




