前編
「あーだりぃー」
「どうしてこんな事……」
アンニュイな紫色の瞳。
透き通るようなプラチナブロンドの長髪が揺れる。
「何を言っているのです、お姉様!」
「ここで活躍し、お姉様の御威光をこの世の中に知らしめるのです」
「すべては――この世界の真理のために」
「本当に?私、騙されてない?」
「勿論でございます。お姉様のような頭脳明晰、稀代の天才、容姿端麗、全てを兼ね備えた完璧超人には、下々の浅はかな思考など知り得るはずも無く」
「……」
「いいですかお姉様、今回の模擬戦大会で無双することによってお姉様は神格化されることは既定路線。そして、これを足がかりに信者を集めて組織化するのです」
「お姉様はただ在るだけで良いのです」
「雑事は私にお任せを。数年で国家権力をも脅かす巨大組織にしてみせましょう」
「……冗談だよね?」
「そうなればあとは赤子の手をひねるも同然――この国の元に隠された歴史と真実を白日の下に引きずり出すのです」
不敵に笑う長身の女。
その横でやる気の無さそうな小柄な人物こそ、王立魔法学院魔術理論学部首席。その名も、アルマリア・ファウストである。
◇
王国屈指の高等教育機関、王都城壁内部にある教育特区の中心に魔法学院がある。
魔法学院はいま、教育特区成果展示会=通称学院祭が行われており大いに賑わっていた。
学院祭の中でも特に注目を集めているのが、魔法学院主催の模擬戦大会である。18歳以下が対象で学生であれば誰でも参加でき、総勢500チーム以上が出場する大規模な催しだ。
この日、二人は第二会場である魔法学院の演習場にいた。
会場は満員。
観覧席には王族の姿も見える。
教育特区では普段見られない軍関係者、一般の王国民、外国から来たであろう観客達で埋め尽くされていた。
「エントリーはこの私、ミネルヴァ・アウレリアが済ませておきました。選手控え室に向かいましょう」
「いつの間に……」
「もう逃げられませんよ、これもお姉様の野望のためです」
「立ってるだけで良いかな」
「撃破判定時の衝撃は相当な痛みと聞きます……死ぬ事は無いのでしょうがそれで良いのなら――」
「わかったよ、やるよ」
(痛いのはイヤだし)
「はい!それでこそお姉様です」
ミネルヴァは満面の笑みを浮かべる。
「そのお姉様呼びはやめて」
アルマリアは呆れた様子で呟く。
「模擬戦って三人一チームじゃなかったっけ?」
「ええ、その辺は抜かり無く」
選手控え室のドアを開く。
中には、これから試合を控える出場者が集まっていた。
小柄な男がこちらに気付いて駆け寄って来る。
「ミネルヴァさん!」
「今日はよろしく頼むわね」
「紹介します、こいつは私の下僕――もとい舎弟、じゃ無くて……」
「ゼノンと申します。この度は私のような者にアルマリア様のお手伝いをさせていただき、恐悦至極に存じますっ!」
「ああ、はい」
助けを求めるように横目でミネルヴァを見る。
「どうしてもと言うので仕方なく……前に置けば弾除けくらいにはなるでしょう」
「お姉様の前衛を務める栄誉を与える。光栄に思え」
「ありがたき幸せ」
「なんか鬱陶しいわね」
ミネルヴァが引いた目で見る。
(お前らそっくりだよ)
その時。
「おいおい、その胸のバッジは理論学部じゃねえか。ここは模擬戦大会の選手控え室だぞ」
「年中机に齧り付いてるような陰キャが来るようなところじゃねえ」
「その通りです」
魔法学院の制服である紺色のローブを纏った一人が声を上げる。
「そんなに戦いたいのなら勉強ばっかりしてないでモンスターでも狩りに行けばいいのでは?」
「同世代同士で腕を試せる貴重な機会に、アンタらみたいな素人がいると迷惑なのよ、わかる?」
控え室にいた数人が捲し立てる。
「だそうよミネルヴァ、やっぱり場違いなんじゃ――」
「アルマリア様に向かって不敬な……教育が必要そうですねミネルヴァさん」
「あ゙あ゙ん、なんだとゴルァ」
ミネルヴァは怒り狂っていた。
「沸点低っ」
(とりあえずこの場から離れよう)
「確かにそのとおりかもね」
「私たち理論屋に、知能の低い煽り合いは似合わない。めんどくさいし」
プラチナブロンドの髪をなびかせて、
ミネルヴァの手を引っ張り部屋を出た。
「なっ」
残された部屋の中、その片隅。
「ふっ……理論学部首席がどこまで戦えるか見せてもらおう」
金髪の青年――エルヴィン・アーチバルドは腕を組んだ。
「ってかお前も出てけ!」
最初に因縁をつけてきた男が、ゼノンを追い出す。
◇
一回戦の相手は、若手ハンターチームだった。
バランスの取れた編成。
前衛一人、後衛一人、斥候職一人といったところだろうか。
対してこちらは、
ゼノンが前衛で壁となりつつ後ろからアルマリアの魔法で制圧する作戦……くらいに思っていた。
つい先ほどまでは。
「……あ、あれ?」
目の前で繰り広げられる光景を前にして、アルマリアはただ茫然と立ち尽くすだけだった。
ゼノンが速攻で敵後衛の意識を刈り取ったかと思えば、ミネルヴァが相手前衛に連続で魔法を叩き込みながら斥候との近接戦闘で相手の攻撃を全ていなしている。
数秒時間を稼いだその間。
ゼノンが後ろから一人ずつトドメを刺していく。
保護結界が音を立てて崩れて去り、勝敗が決する。
「……立ってるだけでよかった?」
試合終了後。
「ふぅ、少しスッキリしました」
先ほどの怒りを試合にぶつけていたらしいミネルヴァが息を吐く。
「あなた、ただのガリ勉じゃ無かったのね」
「ええ……まあ、昔から何でも人並み以上にはできましたので」
「ハッ、いけません!これではお姉様の活躍が見られないではありませんか」
「いいよ、私は別に」
「いいえ、ダメです。何のための模擬戦大会ですか!」
「明日からはお姉様が倒してくださいね!」
「もう好きにして」
ため息とともに、紫の瞳が閉じられる。
次の日。
この日も、ミネルヴァとゼノンはやる気十分だった。
「今日こそは、お姉様の活躍を世に知らしめるのだ」
「サー!イエッサー!」
学院祭は八日にわたって開催される。
そのうちの初日を除く七日間、模擬戦大会の試合が行われることになっていた。
二回戦。
対戦相手は魔法学院生を含むチームだった。
観客席から歓声が降り注ぐ。
「お姉様、今回は活躍してくださいね」
「大丈夫。痛いのは嫌だからね」
適当な返事だった。
試合開始の合図が鳴る。
同時に相手後衛が杖を掲げた。
「ファイヤーアロー!」
形成される炎の槍。
学院で教わる標準攻撃術式。
完成まで約二秒。
(遅い)
アルマリアはぼんやりと眺める。
術式構造が頭の中へ流れ込む。
魔力循環、出力経路、座標指定、収束率。
全て、一瞬で理解した。
「へぇ」
少しだけ興味が湧く。
同時に。
右手を軽く振った。
自身の魔力を相手術式へ流し込む。
観客には何が起きたのか分からない。
だが、次の瞬間。
「なっ!?」
ファイヤーアローの軌道が変わった。
放った本人へ向かって。
「うおっ!?」
慌てて横へ飛ぶ。
しかし体勢が崩れる。
「今です!」
ミネルヴァが叫ぶ。
それと同時、ゼノンが前に出る。
剣を構えながら一気に距離を詰める。
相手前衛が迎撃に出る。
金属音が鳴り響く。
その後ろ。
相手後衛は混乱していた。
「なんで……制御が!」
「単純な術式」
アルマリアが呟く。
「え?」
「書き換えやすい」
意味が分からない。
だが次の瞬間。
アルマリアの周囲に火球が二つ浮かぶ。
相手斥候が顔色を変えた。
「まずい!」
火球が飛ぶ。
しかし。
狙いは人ではなかった。
大きく逸れる。
観客席からも疑問の声。
「外した?」
「理論学部だからな」
「やっぱり実戦は――」
その瞬間だった。
アルマリアが指を鳴らす。
「起爆」
轟音。
火球が空中で爆発した。
爆風。
熱風。
視界を覆う煙。
「何だ!?」
相手三人の視界が完全に塞がれる。
アルマリアは興味なさそうに口を開いた。
「エアシュート」
不可視の風弾。
一発。
二発。
三発。
煙の中へ吸い込まれる。
直後。
保護結界が砕ける音。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
立て続けに鳴り響いた。
静寂。
風が煙を払う。
そこには。
保護結界を失い倒れた三人の姿。
そして。
ぽつんと立つアルマリア。
「まだやる?」
審判が慌てて宣言する。
「しょ、勝者!アルマリアチーム!」
一瞬遅れて歓声が湧いた。
「何をしたんだ今!?」
「見えなかったぞ!」
「火球が囮だったのか!?」
観客席がざわめく。
だが当人は。
「王国式保護結界……」
倒れた相手ではなく。
砕けた結界の残滓を見つめていた。
「面白い」
興味があるのはそちららしい。
「お姉様!」
ミネルヴァが飛びつく。
「素晴らしいです!」
「そう?」
「見ましたか観客達の反応を!」
「見てない」
「見てください!」
アルマリアは小さくため息を吐いた。
「めんどくさ……」
その後も順調に勝ち進んで行くアルマリア達。
いよいよ、最終日。
午前中に準決勝を行い、勝てば午後から決勝戦が行われる。
「準決勝の相手は、降霊術師がいますね。二年生ですがここまで勝ち進んでいる以上油断はできません」
「降霊術……ね。確かに厄介だな、単純に考えてアバターが顕現すれば数の上では不利を取る」
「定石は、術師を倒す事だけど――」
「それは相手も分かっているはず。簡単には倒させてくれないでしょう」
「かといって放置する訳にもいくまい」
アルマリアの表情が変わる。
「……私に考えがある」
「嫌な予感しかしません」
「安心して」
乏しい表情でミネルヴァを見つめる。
「なおさら不安です」
◇
「準決勝、試合開始!」
審判の合図と同時。
相手の中衛、薄紫色の髪の女性がしゃがみ込んだ。
周囲には二つの魔法陣。
その女性は手元から宝石のようなものを魔法陣に投げ込む。
「アサルト、ファントム、顕現せよ」
魔法陣の中から光を放ち、二体の人型装甲が現れた。
「早っ」
「しかも二体同時!制御できるのか?」
「へぇ」
アルマリアの目が僅かに開いた。
「珍しいですね」
ミネルヴァが言う。
「お姉様が興味を示すなんて」
「いや」
紫の瞳がアバターを見つめる。
「なんか、胡散臭いんだよね」
一拍。
「プラン変更は無しだ、突っ込め!」
ゼノンを先頭にして、相手の降霊術師めがけて突撃する作戦通り。
ミネルヴァが牽制の魔法を放ちながら走る。
鈍重そうなアバターの一体が、魔法を受けて尚立ちはだかる。
「まるで効いてないな……」
相手前衛が降霊術師のカバーに入る。
「ノエルさん!」
「長身の方をやれ!」
ノエルと呼ばれた降霊術師が指示を出す。
その後、目を閉じ呪文を詠唱。
(感知系……おそらく感覚リンクのオリジナル術式)
「複雑な魔法だ」
アルマリアは呟く。
細身の人型装甲が動き出す。
先行したゼノンが接敵する。
王国式降霊術規格アバター――ファントム・スケール。
兵装は……特に無し。
実体化した手足がそのまま武器となる。
目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出すファントム。
蹴り。
パンチ。
手刀。
足払い。
回し蹴り。
「ぐっ」
アバターの打撃がゼノンを追い詰める。
捌きれず一撃をもらう。
衝撃を和らげるため自ら横に吹き飛んだ。
(感覚共有か?違うな。アバターへの指令伝達……制御補助術式も組み込まれている)
(面白い)
二体のアバターが瞬時にアルマリアを標的に定める。
(この反応速度)
(術者本人の感覚を共有している訳じゃない)
(なら予測演算型か?)
さらに観察。
(いや、違う)
アルマリアの目が細くなる。
(感覚リンクと予測演算を重ねている)
(効率は悪いが実戦的だ)
「ミネルヴァ」
「はい?」
「時間を稼いで」
ミネルヴァは返事をする代わりに詠唱を始めた。
「落ち着け……」
アルマリアが術式を組む。
鈍重そうなアバターがアルマリアの正面に立つ。
少し遅れて横から細身のアバターも近づいている。
「プロテクト!」
ミネルヴァが、残存魔力をほとんど注ぎ込んで物理障壁を展開する。
アルマリアを包み込む球体の半透明の枠が出現した。
直後。
懐から鞭を取り出し、相手前衛を迎え撃つ。
一方で、障壁の内側で呪文を詠唱するアルマリア。
正面に立つ人型装甲が剣を振りかぶる。
アルマリアを中心に黒い霧が広がっていく。
だが、振り下ろされた剣が一撃で物理障壁を叩き割る。
視界が黒く染まっていく。
「目眩しか?」
ノエルが小さく呟く。
障壁が砕けてもアルマリアは動じない。
「……召雷」
地面が淡く光る。
アルマリアを中心に、降霊術師と敵前衛とミネルヴァを包み込む黒い霧の中。
それに隠れるように巨大な魔法陣が地面に投影されていた。
轟音。
稲妻が縦横無尽に走る。
霧の中にいる全員が雷撃に晒された。
青白い閃光が、敵味方を問わず襲いかかる。
「狂ってやがる!」
「流石お姉様、シビれます〜ぎゃああ」
石造りのステージの表面が余波で砕け散る。
アルマリアとて例外では無い。
雷を受け、保護結界が消し飛んだ。
意識が遠のく。
(なんだ……痛く無いじゃん)
意識が落ちる寸前、紫の瞳が最後に捉えたのは。
――雷撃に飲まれる人型装甲。
(消えた)
(魔力供給停止……というよりもっと別の何か)
(なるほど)
(やっぱり何か変だ)
意識が落ちる。
◇
「お姉様!」
「起きてくださいお姉様!」
アルマリアが目を覚ますと、ところどころ黒焦げのミネルヴァの姿があった。
消毒液の匂いがする。
学院の医務室だった。
「ん……私、そういえば、ミネルヴァに騙されて自作ポーションを飲まされ「違います!」
「模擬戦大会の試合中に、自分諸共範囲魔法で相手を倒したのです」
「……それで、そのあとはどうなったの?」
「雷魔法の範囲外にいた私が、動揺している相手後衛を倒して勝利しました」
ゼノンが答える。
「そう」
「何時間寝てた?」
「三時間ほどです」
「そんなに?」
アルマリアは起き上がる。
身体はまだ少し痺れていた。
「勝ったなら帰っていい?」
「ダメです。決勝戦があります」
「めんどくさ」
「めんどくさくありません」
即答。
ミネルヴァがずいっと顔を寄せる。
「今の試合で観客席は大騒ぎですよ」
「そう」
「降霊術師を巻き込んで勝利したんですよ?」
「勝ちは勝ちだろ」
「問題はそこではありません!」
ミネルヴァが机を叩いた。
「お姉様は伝説になりつつあるのです!」
「なら目的は果たしたでしょ」
「まだです!アレを見せてくださいよぅ」
「次で最後だから魔力使い切っても大丈夫です」
「あっ、そうだ!一本いっときます?」
懐から黒い液体の入った小瓶を取り出す。
「前回からさらに改良したんですよー」
「いらない」
「即答!?」
「前回は飲んだ瞬間からの記憶がない」
「今回は回復効果二割増しです♡」
「だからそこじゃないって」
◇
一方その頃。
観客席。
金髪の青年が腕を組んで立っていた。
演習場には、砕けた床に焦げ跡が残っている。
「無茶苦茶だな」
誰に向けるでもなく呟く。
「だが――」
口元が僅かに歪む。
「面白い」
濃紺のローブを翻し、青年は会場を後にした。
決勝戦まで、あと数時間。




