第4話 誓い
眠れなかった。
そして、夜が明けた。
鎧戸の隙間から光が差し込み始めた。下の階から音がした。仕込みが始まっている。包丁の音。樽を転がす音。誰かの声。
体は動かなかった。光の角度が変わっていた。
階段を上がってくる足音がした。
重くて、速い。店主の足音だ、と一瞬でわかった。
扉が開いた。
店主は部屋に入って、一秒も経たないうちに顔を見た。何も言わなかった。言葉より先に、全部わかったのだと思う。
「今日は休みな」
短く、そう言った。
「その顔じゃ、客がつかない」
俺は何も言わなかった。言えなかったのではなく——言う必要がなかった。
店主は扉の方へ歩いた。敷居をまたぐ手前で、一度止まった。
「……あいつには、ひと言言っておく」
それだけ言って、出ていった。足音が廊下を遠ざかり、階段を降りていく。下の階の音が、続いていた。
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しばらくして、体が動いた。
洗面台の前に立った。磨いた銅板の前に。
(確かに、これじゃ無理だな)
最初に思ったのはそれだった。店主の言葉をなぞるように、頭が処理した。頬の痣。腫れた目の端。客商売として、これは機能しない。
でも、見続けていた。
(この子の顔だ)
転生してから初めて見た日——「超美人じゃん」と思ったあの顔。今見ているのは、俺が来る前からここにいた子の顔で。ぬいぐるみを一つずつ買い続けながら、壊れないように繋ぎとめていた子の顔で。
昨夜また、傷ついた。
(この子は——まだ、いるんじゃないか)
ふと、そう思った。壊れたんじゃない。眠っているだけなんじゃないか——ぬいぐるみを一つずつ頼りに、誰かが来るのを待ちながら。
もし目が覚める日が来るなら。その日に渡せるものを、作らなければならない。
涙は出なかった。
代わりに、頭の奥の方で——何かが静かに、固まった。
(変える)
感情ではなかった。確信だった。
この場所を。この仕組みを。この子の顔に痣をつける夜が、また来ないように。
方法はまだわからない。時間もかかる。うまくいかないことの方が多いだろう。
それでも、変える。
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下の階から、仕込みの音が続いている。
俺は銅板から目を離して、ベッドに戻った。ぬいぐるみが膝に乗った。
今日は、休む日だ。
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> 「知彼知己、百戦不殆。」
> 「彼を知り己を知れば、百戦殆からず。」
> ――孫子




