第8話 偽りの登録
用事を済ませたオレは、その足で冒険者登録に向かった。
すでに依頼がオープンされたようで、老朽化したギルド内は依頼を求める冒険者たちで溢れている。
人混みを縫うように受付嬢の待つカウンターまで進む。
「ようこそ、冒険者ギル……あ」
受付嬢がオレの顔を見て言葉を止める。
「さっきは案内してくれて助かった」
対応したのは、ブランドンの元まで案内してくれたミニサイズの彼女。受付カウンターに口より下がほぼ隠れている。何度見ても幼く見えるな。
そんな彼女はなぜかじっと見つめられる。
「オレの顔になにかついているか」
「あ、いえ! 全然そういうわけでは! ただ、どんな方なんだろうって思って」
「普通の人間だぞ」
「ギルマスとアポイントが取れる人は多くありません。グレイシャル支部に所属している冒険者も例外じゃないんですよ。どんなお話をされたんですか?」
「気になるか?」
コクコクと首をタテに振る。
「……ギルドに訪れる人の内情に踏み込むのは職員規律の違反にあたるんじゃないのか」
「‼ そ、そうでした……! しまった、またやってしまいました……」
しゅんとしながら頭を抱えている。『また』というくらいだ、常習的に聞いてしまうくらい好奇心が旺盛なのだろう。
彼女は使えるかもしれないな。
「冒険者登録をしたい。手続きを依頼できるか」
「新規のご登録ですね! 承知いたしました。それではこちらの紙にお名前や住所、ご連絡先をご記入ください」
彼女にはオレが冒険者であると伝えていない。
重複登録は原則禁止だが、バレても咎められはしないと判断し登録する。
「グレイさん、と仰るんですね。お住まいは王都で……うん、大丈夫そうですね。登録証となるカードを発行しますので、その間にオリエンテーションをできればと思うのですがっ」
「いや、それは大丈夫だ。知人が冒険者をやっていて報酬システムや仕組みについてはある程度理解できている」
ギルドに集まった依頼を自由に受注する。達成基準を満たしたら、その証拠となるものを合わせて持ち帰る。報酬として事前に提示されていた額と、活躍評価によって上乗せされた金額の合計からギルドの仲介手数料を差し引いた金額を受け取る。シンプルだ。
しかしミニサイズの受付嬢はわかりやすく声のトーンを落として言った。
「そ、そうですか……昨日の夜たくさん練習したのに……」
涙ぐましい努力は認めるが、あいにくと今は優先したいことが他にある。
「悪いな。カードの発行が完了したらまた呼んでくれ」
カウンターに背を向けたオレは、休憩用のソファに腰を降ろす。
他に優先したいこと。それはギルド内の観察だ。
こうしている間にもたくさんの冒険者たちが出入りするギルド。どの依頼を受けるかを仲間内で話し合ったり、あるいは魔物の頭部を引っ提げて帰ってくる冒険者もいる。
依頼書が張りだされた掲示板には『C級以下は人にあらず』という落書き。思想が強いな。
だが、書類を書いている時から気になっていたのはあの光景。
「痛っ……ちょっと何すんのよ!」
併設されている食堂のテーブル席で女性が声を張りあげる。問答を繰り返していたから耳を傾けていたが、ついに暴力沙汰にまで発展しそうな勢いだ。
突っかかっているのはガタイのいい男が5人ほど。
「何すんのよ、じゃねぇだろ。何回も言ってんだろ、そこは俺たちCランクしか座れねぇ座席だ。わかったらさっさと退きやがれザコ」
「言いたい放題言ってくれるわね。Cランクしか座れないなんてどこに書いてあんのよ? 適当ないちゃもんつけてないで空いてるトコ座れば? 悪いけどアタシ、今からご飯だから。ジャマするつもりなら……容赦しないわよ」
威圧に臆することなく啖呵を切る女性冒険者。Cランク冒険者たちも目を点にして言葉がでないようだ。
これは面白いものを見たな。
と思っていた直後、爆発するような笑いがどっと巻き起こる。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! おい聞いたか⁉ 容赦しねぇだってよ⁉」
「こりゃ参ったな‼ 俺たちボコボコにされちゃうんじゃねぇか⁉」
腹を抱えて嘲笑する彼らを、女性冒険者は冷めた瞳で睨み続けている。
その視線に気がついた男のひとりが、真顔になって彼女の胸ぐらを掴みあげる。
「おい女。調子に乗るのも程々にしておけよ? ケンカを売る相手くらいは選べ」
「選んだ結果がこれなんだけど?」
「俺たちはCランクパーティーだぞ? テメェひとりでどうにかなる相手だと思ってんのか?」
Cランクの彼らがここまで強気に出る理由はシンプルだ。
ヴェルザント王国において、Bランク以上の格付をされたパーティーは存在しないからだ。昇格するパーティーが皆無ゆえに『Bランクの壁』とか『Cランクの宿命』などと言われたりするが、つまりCランクを認定された時点で王国内トップの実力を認められたことになる。
気が大きくなるのも無理はない。
「今謝るってんなら許してやる。ただし謝らなければテメェをここで叩き潰す」
しばしの膠着。女性冒険者が発する次の言葉を待つ。さて、どう出るか。
「……はぁ、わかったわよ。アタシが悪かった」
「ザコらしく最初からそうしておけよ。わかったらとっとと失せな」
乱れた衣服を整えながら、女性冒険者はトレーを持って別のテーブルへ移動する。
結果だけ見ればCランクという肩書にひれ伏したように見えるがそうではない。
オレは彼女に声をかけてみようとソファを立つ。
ほぼ同時に、ギルド内にアナウンスが響く。ギルドに付与されている魔法は健在のようだ。
「グレイさん、冒険者カードの発行が完了いたしました。1番カウンターまでお越しください」
カウンターに向かい、ミニサイズの受付嬢からカードを受け取る。
「登録証の有効期限は1年間です。冒険者ランクはGからのスタートになります。1か月に1回は必ず依頼をこなさないと翌月分のカード維持費が追加でかかってしまうのでご注意ください。それから――」
つっかえることなくスラスラと出てくる説明。これも昨晩練習したのかもしれない。
オレは話を黙って聞きながら、ちらりと女冒険者を確認する。
既に空いた食器をトレーに乗せて返却棚に返そうと立ち上がっている。食べるの早すぎるだろ……。
仕方ない。彼女に話しかけるのはまた別の機会にするか。
「以上が基本的なルールとなりますっ! 何かご不明点などあれば質問を受け付けますっ」
「2つある」
「なんなりと!」
「オレの個人情報はいつまでギルドに保管されるんだ? 他の支部にも情報が共有されているのは知っているが、たとえば結婚や引っ越しで情報が変わった時は即時に反映されるのか?」
「保管期限は無期限だとマニュアルには書いてありましたね。更新に関しては一定期間のラグが生じます。データを映すのって大変なんですよ、ほら。……よっこいしょ」
カウンター下から取り出したのは分厚いファイル。
ホコリを払いページを何枚かめくって見せる。新しい本のようにパラパラとはいかない。
「これ30年前のファイルなんですけど……こんな風に登録証の写しがたくさん並んでいるんですね。あ、個人情報なのでお見せはできないですよ。情報更新はこれらを参照しながら行いますし、他支部への通達も物理的に時間がかかります。だからラグが生じるんです」
聞きたいことを聞けて満足する。
「助かる」
「いえいえ、とんでもございませんっ! それでもう一つは?」
「さっき登録証について説明してくれたな。オレの勘違いだったら申し訳ないが、後半の説明は初心者向けオリエンテーションの内容だったな」
「ぎくっ」
わかりやすく焦りだす受付嬢。
昨晩の練習の成果をどうしても試してみたかったんだな。おかげでオレは女冒険者との接触機会を失ったわけだが。
「ご、ごめんなさい……登録証の説明がうまくできたので、オリエンの方も流れでいけると思っちゃって……」
「特段責めるつもりはないが、オレは大事な予定に間に合わなくなってしまった。他の冒険者なら責任を取れと責められても文句は言えないぞ。……名前は?」
ミニサイズの肩が跳ねる。ブランドンに告げ口されるかもしれないと、悪い想像が働いたのだろう。
口をぱくぱくさせながら、泣きそうな目で懇願してきた。
「ミラ、です。ミラ=ハートレイです……ワイルドベアーの肝臓が大好物の23歳です」
聞いてない。
「あ、のグレイさん。どうお詫びをしたらよいでしょうか……」
自らの不都合を知られた以上、保身に走ることは珍しくない。たとえばギルマスには内緒にしてほしいとお願いする、別の何かで補填してチャラにするなど。
だが目の前でしょぼくれているミラは正直者。
美徳であることは否定しないが――期待外れな回答だな。
「謝ってもらったところで時間が巻き戻るわけじゃない」
「うう……」
謝罪も受け付けないオレを前に、ミラはさらに困惑している。
「だからもし、オレが困った時には手を貸してほしい。それで水に流す。どうだ?」
「あ……ありがとうございます! なんとなくグレイさんにそんな時は訪れなさそうだなって思いますけど、もし困ったことがあったら仰ってください!」
「助かる。じゃあまたな」
ミラに背を向ける。
グレイシャル支部内にツテができたのは収穫だな。冒険者カードも手に入れたことだし、《信号》も間もなくだろう。
件の男に会いに行くとしよう。




