第5話 酒場にて
酒場のドアを叩いた。
しかしオレを気に留める人物は誰もいない。同業者たちと飲んでいるため、新顔の登場になどつゆほども興味がないだろう。
間接照明とアルコール臭で彩られた木造の酒場。
床で熟睡している酔っ払いたちを避けながら、オレはまっすぐにカウンター席へ向かう。
「いらっしゃいませ。今日はどちらから?」
慣れた手つきで女の店員がお手拭きを渡してくる。
「王都からだ。炭酸水をいただく」
「炭酸水? ぷぷっ……お客さん、ここは酒場ですよ? ノンアルコール飲料なんて置いてませんよ?」
置いておけよ、そこは。酒場にくるヤツは全員アルコールしか摂取しないとでも思っているのか。
困っていると、なぜか女の店員が困ったように微笑む。
「ジョークですよ、すみません。まさかそんなに困った顔をされるとは思いませんでした」
炭酸水がグラスで出てくる。輪切りレモン付きだ。
「お仕事でグレイシャルへ?」
「ああ。一応冒険者をやっている」
さして珍しくもない職業だ。華麗なスルーを決め込まれるだけだろう。
――そう思っていたのだが。
「まぁ!」
顔の前で手のひらを合わせる店員。いつの間にか顔が急接近している。
「……近いな」
「あ、すみません! 外から冒険者さんが来ることって滅多になくて、つい……」
オレは横目で店内を確認する。
たくさんの冒険者たちが酒を楽しんでいる。外から来る冒険者がいないということは、この場の大多数がグレイシャルに住んでいることになるな。
寂れた街にも人気な所はある。そんなものか。
「ラーナちゃん、7杯追加で! 勘定はあっちの卓につけといてくれ!」
「はぁ⁉ おまえこないだの仕事でガッポリ儲けたろ! おいラーナ、おれたちも7杯追加だ! 計14杯分、アイツの卓につけておいてくれ!」
オレと話していた店員――ラーナは返事をしつつ、手際よく酒を用意していく。
冒険者の懐事情はずいぶんと景気が良さそうだ。
ラーナが酒を準備している間に、できる情報収集をすることに決める。
だが、これといってめぼしい情報はない。唯一気になったのは掲示板に貼られた『行方不明者捜索』のビラ。年月日が4、5年前になっている。古ぼけた紙の上で(おそらく魔法で転写されて)笑う少年少女たちは、この世に存在している確率は低いだろう。
そこまで考えて、オレはある違和感を覚えた。
「冒険者さんごめんなさい、お話の途中だったのに」
「それが仕事だからな。気にしなくていい。それより気になっていたことがある」
「なになに? あっ、先にお名前聞いてもいい?」
「グレイだ」
思いついた偽名を適当に口にする。
「この酒場は……なんていうか、良い雰囲気だな。ここまで来るときに見た景色とはだいぶ色が違う。なにか商売の秘訣があるのか?」
「そんなふうに言ってもらえて嬉しいな。すごいのはオーナーだよ。わたしはなにもできてないんだよねー」
笑みを崩さないまま、ラーナは己の無力を嘆くようにつぶやく。
オーナー、か。
「どんな人なんだ?」
「どんな人……指示が的確で、人にも自分にも厳しくて、だけど頑張ったら頑張っただけちゃんと褒めてくれる優しい人、かなぁ」
なるほど、この店の状況はおおむね掴めてきた。
頭の中で想像を膨らませていると、ラーナが気まずそうに聞いてくる。
「やっぱり気になったよね、グレイシャルの状況」
「まったく気になっていないと言えば嘘になるな。何か知っているのか?」
ふるふると首を横に振る。
すると、オレの2つ隣の席で飲んでいた老人が話に入ってきた。
「わしらも嘆いとる。15年前はもっと栄えていたんだけどなぁ。本当だぞ?」
老人は昔の栄華を昨日のことのように語りだす。
大抵はグレイシャルが栄えていたというよりも、この老人がいかにたくさんの女の子たちを侍らせてきたかという自慢だったので内容はほとんど入ってこない。
ともあれ、情報収集は完了だ。冒険者ギルドには明日の朝イチで行ってみるとしよう。




