プロローグ
ここは、都内の雑居ビルにある某暴力団の組事務所。
一般人が滅多に立ち入ることのないその部屋に、若い着物姿の女性がいた。
真っ赤な着物の背中には、青い薔薇の絵が描かれている。正直、あまり趣味が良いとは言えない派手な着物だ。腰には、なぜか木刀を差している。不思議な出で立ちの女性であった。
長い髪を後ろで一つに束ねただけのその女性は、背筋をピンと伸ばして、革張りのソファに腰かけていた。
女性を取り囲むように数人の、こちらもあまり趣味が良いとは言えない色とりどりの派手なスーツを着た強面の男たちが立っていた。
男たちの刺すような鋭い眼光を浴びながらも、着物の女性は涼しい顔をしている。
まだ少女のような幼い面影を残しつつも、くっきりとした目つきの整った顔立ちは、気の強さを感じさせる美女であった。
「それで、お嬢さん。あんた、うちの組に何の用だい? ここは見てのとおり、女子供が遊びに来る所じゃないんだがね」
女性の正面に座っているのは、男たちのボスであるこの組の若頭だった。タバコを吸いながら静かに、しかしドスの効いた声を響かせる。
女性は、馬鹿にしたように「ふっ」と鼻で笑い、柔らかく微笑みを浮かべながら口を開いた。
「まあ、そう邪険にするでない。せっかく遊びに来てやったのじゃ。客に茶のひとつでも出したらどうじゃ?」
若く透きとおるような声だが、老婆のような話しぶり。それを聞いて、若頭は「はぁー」とため息をつき、灰皿にタバコの火を押しつける。
「俺の話を聞いてたか? ここは、女子供が遊びに来る場所じゃねえと言ったよな? おい! お客さんのお帰りだ!」
若頭は、あごをクイッと動かして近くにいた男に合図する。叩き出せというジェスチャーだ。
「おらッ! 帰れって言ってんだよ!」
女性の近くにいた男が、その肩に手を触れようとした、その瞬間だった。
女性は、素早く腰に差していた木刀を抜くと同時に、居合斬り一閃。男の顔を打ち払った。
「ぐあッ!」
男は顔を両手で押さえて、その場にうずくまる。
「汚い手でレディーに触れようとするからじゃ。天罰じゃな」
周囲の男たちは殺気立つ。懐から短刀を取り出してかまえる者もいた。
若頭の男は、2本目のタバコに火をつけた。
「やってくれたな、お嬢ちゃん。うちのもんに手を出した以上、簡単に帰す訳にはいかなくなっちまった。ちょっと痛い目にあってもらうぜ」
「さてさて、痛い目にあうのはどちらの方かの? 我が、無色流の奥義。おぬしらにとくと味あわせてやろうぞ」
着物の女は、立ち上がると静かに木刀をかまえた。目を閉じてささやくように念じる。
「色即是空、空即是色。我はここに在りて、ここに在らず。無色流奥義、無色の境地」
女性は、念じただけだ。しかし、その途端部屋の男たちはパニックに陥った。
「お、女の姿が消えた! いったいこれは!?」
「何だ!? 手品か!? イリュージョンか!? 突然消えやがった!」
必死の形相で周囲をキョロキョロと見回す男たち。その様子を見て、着物の女性は満足げに頷いた。
「ふむ。我が姿ここにあれど、お主たちに見ることは叶わぬ」
女性は木刀を上段にかまえて振り上げた。そして、一番近くにいた黄色いスーツの男の頭部めがけて振り下ろす。
「ぐわッ……」
黄色いスーツの男は、短い悲鳴を上げ、その場に倒れる。それを見て、男たちはますますパニックになる。
「おい! どうした? ヤス!」
「どうした? 死んだのか?」
男たちの慌てふためく様子を女性は静かに笑う。
「殺してはおらんよ。気絶させただけじゃ。と言っても我の声はお主らの耳には届かんがな」
女性は木刀を振り上げると、次々に男たちの頭部に打ち下ろしていく。男たちは次々とその場に倒れていく。
最後に残ったのは、男たちのボスである若頭だけだった。その場に座りこみガタガタと震えている。その震える手で拳銃をかまえている。
「な、何なんだ! 女が幽霊みてえにスゥーッと消えたと思ったら、野郎共が次々倒れて。いったい何が起こってやがる」
手の震えで拳銃の照準はブレている、それどころか、銃口は女性とはあらぬ方向に向けらている。
「ふむ。拳銃〈チャカ〉とは物騒なものを出しおってからに。まあ、当たらなければ意味のないものじゃがな」
女性は、若頭の震える手に木刀を打ち下ろす。
「ひぃッ!」
拳銃は手から転がり落ちた。若頭の顔は恐怖で引きつった。
「突きぃッ!」
女性は木刀で若頭の喉を突いた。若頭は口から泡を吹くと、ガクンとうなだれて意識を失った。
「やれやれ、これで静かになったのう」
女性は木刀を腰に差した。そして、若頭が持っていた拳銃を拾い上げて、まじまじと見る。
「せっかくの記念じゃもらっておこう」
女性は、拳銃を懐にしまった。そして、倒れている男たちを見おろす。
「お主らのおかげで無色流の奥義は、ここに完成したぞ。礼を言おう」
女性は振り返る。赤い着物の背中に派手な青い薔薇の刺しゅうが、存在感を際立たせていた。
「さて、帰るとするか。無色の境地の効果も解除せねばな……」
女性は目をつむった。
「………………」
しばし沈黙の時が流れる。女性は静かに目を開ける。
「解除って、どうやるのじゃ?」




