贖罪
旧魔族領の街のはずれに旧魔族の食堂があった、魔族敗戦前には知る人ぞ知る名店だったが店主は当然殺されている。
海が近い魔族領では魚料理の店が多く、工夫を凝らした多くの店が味を競い合いあっていたが、かの店は魚だけではなく肉料理にも精通し、旅人にも人気があった。
人族のファンも多く、店の味を懐かしがる者も多かった。
大戦終了後人族の移住が進む、多くは魔族の痕跡を嫌い大改装を施して人族の様式で立て直すものがほとんどだった。
店の名前はパルマン亭、十席ほどの小さな店だ。
店主はカレンという十歳の娘がいる四十台の女料理人だ、旧パルマン亭の主人の弟子でもあった。
カレンが主人なき店を初めて訪れたとき、店内は整然と整理され、塵一つ落ちていない。 異世界人の侵略により殺される運命を悟っても店主は営業をあきらめてはいなかったのかも知れない。
カレンは修行時代の思い出の詰まった棚を開ける、見慣れたフライパンや包丁、食器が懐かしい。
「師匠・・・」
賄いで使っていた自分用の皿が残っていたのを手に取る、当時の厳しくも楽しかった空気が蘇る。
魔族であっても父親のような人だった、怒鳴られた事はなかったが味に対する妥協は許さない、また自分の真似もさせなかった。
「俺も真似をしているだけでは小型の俺が出来るだけだ、自分を見つけるんだ」
伝統の味やレシピを守る事にはこだわらない、美味しいを追及することが本題であり、より良い物を作るためには常に変わらなければならないが口癖だった。
革製のメニュー表の一番上にカレンバーグの文字がある、弟子のレシピを一番上に書いてくれていた、注釈に(おすすめ)とある、牛挽肉を編み油で包み焼したハンバーグ、レシピが完成した時には泣きながら喜んでくれた。
カレンの目から零れた涙がメニュー表に染みを作った。
独立して人族領に店を出した、最初は魔族の暖簾分けだと馬鹿にされて経営に苦労したが、異世界人勇者にカレンバーグが受けて、固定客となってから勇者行きつけの店として評判となり店は繁盛した。
病死した夫との間に出来た娘も不憫な思いをさせる事無く育てることが出来ている。
流行っていなかった店を贔屓にしてくれたのが、異世界人勇者の一人、技術班ノーマン少尉だった。
四十代半ばのノーマンは中肉中背の特に特徴のない男だ、技術屋らしく温和で物静か、客なのに腰の低い珍しい客だった。
最初はガラガラの店の中で、手持ちぶたさの空気を埋めるための世間話が二人を近づけ打ち解けさせた。
なにより一人娘のアグネスがノーマンに懐いた、温和で優しいノーマンを膝の上に乗る程慕っていた。
ノーマンも転移前の世界に娘が居たのだという、もう会えないだろうと最初は落ち込んでいたがアグネスと接するうちに元気を取り戻していった。
そんな彼から終戦前にプロポーズをされて快諾した、ノーマン個人には何の不満もない、事実愛している。
師匠のパルマン亭を戦勝国民として引き継ぐ事になった、経歴を知っていたノーマンが計らってくれたものだ。
しかし、戦争で師匠は殺されたのだ、武器を持たない一般市民までローマン帝国軍と異世界人は虐殺した。
戦争で一般市民まで殺されるとは想像していなかった、師匠も殺されて埋められてしまった。
カレンにとって親同然の師匠だった、それを夫となるノーマンの部隊と自分の祖国が殺した。
師匠の店を失くしてしまうならと思い悩んだ末に今の店舗を畳んで引っ越すことを決めた、しかし、今思い出深い店の戸を潜ると、やはりやめておくべきだったと後悔の念が押し寄せる。
師匠を殺してしまった罪と毎日向き合いながら料理を作ることになる、そんな気持ちで美味しい物が創れるだろうか。
「カレン、カレン?どうしかしたのか?」
開店のための準備作業を手伝いにきてくれていたノーマンが放心していたカレンを心配して声をかけた、染みの出来たメニューを慌てて閉じる。
「ううん、何でもないわ」
ノーマンはカレンの葛藤を分からないほど馬鹿ではない、当然の反応だろう。
技術班とはいえノーマンも実戦に参加し魔族を撃っている、殺した数は三桁を超えるだろう、さらに琥珀石から生成した火薬が完成すればこの世界のもっと多くの命を奪うかもしれない。
「カレン、私がこの店の戸を潜るのが嫌なら・・・」
「それを言ったら私もこの店を継ぐ資格はないわ、でも考えてしまうの」
「戦争とはいえ民間人まで虐殺するのは許される事じゃない、だがそれをしたのは俺達だ」
今、この街では魔神信仰は禁忌だが、店の奥の居住スペースに魔神の祭壇が隠されてあった、師匠の遺影が奉られている。
ノーマンの贖罪、いくら祈ったところで死者は帰ってこない、取り返すことはできない。
罪深き生者が死者に対して出来ることは祈ることだけだ。
カレンとノーマンは二人で魔神の前に跪いて祈る、これからのために。
娘、アグネスのために。
自分の罪と屍を踏み越え、この世界の片隅で誰かのために生きることを選んだ異世界人がここにも一人いた。




