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太陽の申し子〜竜に選ばれた少年の旅物語〜  作者: 日孁
第1章~純白の支配者~
2/86

1,エイディン

 

「綺麗だ……」


 それを見た時、無意識にそう呟いていた。


 軽い鍛錬をするためにハーカバに入っていくと、見覚えのない洞窟を見つけた。魔物の巣かなとも思ったけれど、そんな感じもしない。

 もう一度、周囲の安全を確認し、足を踏み入れる。

 広いな。

 周りの壁が僅かに輝いていて、とても幻想的な空間だ。

 けれど、それすら霞むぐらい美しいものが最奥の、祠らしきものに置いてあった。

 それは丸い丸い球状で、淡く光っていた。中心に近づくにつれ緑色が徐々に濃くなっているが、その中心は緑ではなく紅い。透き通っていてまるで水晶のようだが、そうではないことが直感的にわかった。

 まず、祠に置いてある時点で普通の代物ではなさそうだし……

 思考を巡らせていると、ふいに背後から巨大な気配を感じた。

 なんだ?

 後ろを振り返ると、遠くから巨獣がこちらに向かってくるのが見えた。


 ……はい? 獣?

 DE・KA・KU・NE?

 この山にあんなのいるって聞いたことないゾ!?

 と、とりあえず、どこかに身を隠さないと!


 この場に留まるのは危険だと素早く判断し、身を隠せるものがないかと周りを見渡す。


 えと、あそこの岩陰ぐらいしかいいとこがない。

 えぇい! ないよりマシだr……?

 え?

 体が……体が動かない……!?

 おい! 動けって!

 ちょ! ホントに!

 頼むから!


 獣が近くに来て、それがどれほどの巨体かが分かった。分かってしまった。


 あははー。

 少なくとも僕の20倍は、ありそうかな?


 焦りと恐怖で乾いた笑いが込み上げてくる。

 洞窟の入口からは足しか見えない。けれどその足でさえ僕の体よりだいぶ太いし、巨大だ。


 これは、死んだな……


 なんて現実逃避してると突然体が動いた。

 正確には動かされた、がいいかな。


 さっきまで指先ひとつ動かせなかったのに……今は誰かに優しく押されたような感覚だった。ともあれ、これで岩陰に身を隠すことが出来た。

 ほんの少し、顔を覗かして獣の様子を伺う。そして、獣の全容が見えてきた。


 黄金と漆黒の体毛に、ナイフのように長く鋭い犬歯と爪、燃えるような真っ赤な瞳の大虎だった。


 僕は、この特徴を持つ獣を知っていた。

 でも黄金と漆黒の大虎なんてただ1匹、神話でしか聞いたことがない。

 まさか実在するとは思ってもみなかった。


 『金虎 ネピューナルテロス』


 生き物の絶望を見ることが何よりの幸せであり、世界中を転々として様々な悲劇を引き起こしてきたとされる、邪獣。

 そして、この世に12柱存在するとされる【王種】。その1柱でもある。


 まじまじと観察をしていると、目が合った。

 そりゃそうか、最強と謳われる【王種】なんだ。こんな岩陰に隠れたぐらいじゃ直ぐにバレる、か。

 近づいてくる奴の目は、完全に僕を捉えている。


 ……殺される。


 本能が訴えてくる。

 恐怖で足がすくみ、立ち上がることすら出来ない。いや、立ち上がったところで逃げきれるとも思えないが……


 ほぼ目の前、岩を挟んだ正面まで来たところで、僕は目を瞑った。

 村のみんなに今までの感謝と、先に逝くことへの謝罪をして。


 けれど、その必要はなかったらしい。何も起きないのだ。恐る恐る目を開ければ、もう奴はいなかった。

 いや、もう天国へ着いたのかな?

 そういうことか。ここが天国かー。

 そっかー、あんまり現世と変わんないなー。


 ─弱きものよ─


 !!!


 ふざけたことを考えてたら声が聞こえてきた。

 へ? ナニコレ? 心に直接?

 え? てかダレ?


 ─弱きものよ─


 はい! わたくしのことでありますね!

 なんでありましょう!


 ─今はここから去れ。そして、春になったらまたここへ。それまでは近づくな─


 澄んだ声だけど、どこか威厳が感じられる声だ。

 落ち着く……


 ここから去れってことだし、帰るか。

 もう、いないよな?





 村に戻るとドロフィンさん達が村を発つ準備をしていた。

 時期的に、いつもより少し早い気がするけど、もう村を出るのかな? 邪魔するのは駄目だけど……気になる。


「ドロフィンさん、もう出てくの?」


 ドロフィンさんはこの旅商人たち一行のリーダーで、ちょっと強面なおじさんだ。顔は怖いが、ものすごく優しい。顔は怖いが。

 事実、村の人達と同様に僕を本当の息子のように育ててくれた。最近だと、もうすぐ成人の儀式があるからって、僕や僕と同い年の子供たちに剣術の指南役もかってでてくれた。忙しいはずなのに、故郷の村でもない子供たちを気にかけてくれている。優しくないわけがない!

 なのにお嫁さんが来ないのは何故だろう? 不思議だな。


「おぉアレン。またハーカバに行っていただろ。訓練になるとはいえ、あんまり行くようなもんじゃないって毎回言ってるだろ?」


 ドロフィンさんは仲間達へ指示を出していたが、振り向いて返事をくれた。

 ハーカバねぇ。いやー、流石に今日のは、ねぇ?

 本気で死ぬかと思った。多分あの声の主がなんかしてくれたんだろうけど、助けてくれたのかもまだ分からないし。


「うん、行ってきたよ。けど、本当今日はこたえた……当分は近づかないよ」


 うん、当分は近づきたくない。

 いや、でも儀式の時行くことになるわ。

 あー。嫌だー!

 僕の答えが予想外だったのか、ドロフィンさんが目を丸くする。


「ん? なにかあったのか?っと、話が脱線したな、えーと、もう出発するのかだったな」


 そうだなぁ、と一拍置いてから彼は続ける。


「本当はもう少しゆっくりしていたいんだが、今年の冬はいつもより厳しそうでな。早めに発った方がいいって判断したんだ。明日の朝には出発の予定だ。冬を越すと魔物達が活発になっちまうし、山も超えるのが厳しくなる。今がちょうどいいからな」

「そっか、じゃあまた会うのは来年になるのか……」

「おいおい、また会えるんだ。そんな寂しそうな顔すんなって!」


 ドロフィンさんは僕の肩に手を置いて笑う。

 ま、そうだね。べつに最後のお別れって訳でもないんだし!

 あっ、でも儀式は終えたあとになるかな?

 なら、いい結果を報告できるようにしておかなきゃな!


「それもそうだね。あぁ、忙しいなら手伝おうか?」

「いや、もうそんなやることないから別にいいぞ。ありがとな!」


 確かに他の人たちもそれほど急いでる様子はない。

 本当になさそうだね。


「そっか。じゃあ、あんまり邪魔するのもよくないし行くよ」

「気をつけるんだぞ。またな」

「うん、ありがとう。また」


 ドロフィンさんと別れ、自宅へと向かう。

 明日出発か。早起き出来たら見送ろうかな。

 早起き……出来るかなー。出来ないだろーなー。

 おばさんもう寝ちゃったかな? 起きてたら明日起こすように頼みたいけど……あぁ、タマに頼むか。

 どうせ暇だろうし。


「誰が、暇だって?」


 ギクッ。

 こ、この声は…?


 声のした方を振り返ると、茶トラの猫がいた。

 タマだ。


「や、やぁ、タマ」


 なんでバレたし。心を読んだのか?

 こいつ、勝手に心を読みやがって!

 苦笑すると、タマも苦笑を返してきた。


 タマは魔法猫だ。

 今もきっと、魔法かなんかで心を覗いたに違いない。

 きっとそうだ! 異論は認めん!

 魔法猫は魔獣の1種だけど、知性があって、人類と共存している、とても珍しい魔獣だ。魔力もそこそこあって魔法も使える彼らはよく、土着神として崇められているらしい。あと、この世界の最高位最強種である(ドラゴン)のように、種族問わず、自分が認めた者と契りを交わすらしい。


 このあたりはタマ本人……本猫から聞いたことだから実際のことは分からない。

 タマは、このガスティグ村を代々見守り続ける魔法猫の一族、その14代目。だけど、この事実を知っている人は僕しかいない。タマ達の一族が、村人達と関わることをしなかった為だ。

 タマも例外ではなかったのだけど……数年前にハーカバで僕に発見された。そして餌付けしたら懐いた。とてつもなくチョロい、残念な魔法猫である。

 結構な年月を生きているはずなんだけどね……


「別に心を読むなんてしてないからな……」


 いや、当たってるから。やっぱ読んでるだろ。


「読まなくてもお前の考えてることぐらい分かる」


 嘘だ! そんな嘘、僕は騙されないぞ!

 タマは前足で頭をかいて、言う。


「そんなことより何があった? さっき話してたのをちょっと聞いたんだが」


 僕がずっと疑いの目を向けていたら話を逸らしてきた。

 うむ、これは黒だな!


「いやー、ヤバかったよ。本気で死を感じたね」

「ほほう? 気になるじゃないか。詳しく聞かせてもらおうか」

「いいけど……ひとまず帰ろう」


 僕の家は村長宅の隣にある。村の人達が建ててくれた立派な家だ。僕一人だけの家だから大きさはあまりないけど、それでも、人を招き入れるぐらいには立派だ。


 家に入った途端、タマにものすごく急かされる。

 僕は、さっき起きた出来事を包み隠さず話した。タマは最初の()の話を聞いた時は怪訝そうな顔をし、次に金虎の話を聞くと、驚き呆れた表情を浮かべていた。

 なんだろ?


「アレン、今の話本当か?」


 タマが慎重に尋ねてきた。

 まぁ確かに金虎とか意味不明だもんな。

 でも、どうだ? 本当……だよな?

 見たのは本当だし……うん。


「うん。この目でしっかりと見た。でも、本当に金虎かは知らないかな……」

「あぁいや、金虎はどうでも良くてだな……」

「え」


 金虎がドウデモイイ、だと?!

 こいつ! 実物を見てないから!

 この世の終わりだぞ! こんちくしょう!

 顔に出ていたのかまた心を読んだのか、タマが付け足す。


「すまん。どうでも良いって言ったのは、それより重要なことがあるから、だな」


 金虎よりも、大切なこと?

 強いて言うなら、あの祠かな?

 でも、なんで?


「そうだ。その祠は本当に、あったんだな?」


 これは間違いない。

 幻覚……の可能性も捨てられないけど、僕に見せる意味はない気がするし。見せたくないものがあったりしたのか?

 判断に迷うところだな。

 でも、声の主がまた来いとも言ってたからあるにはある、のか?

 そこまで考えて首肯する。


「マジかー、アレンがなー。そっかー」


 何故か頭を抱え込むぐらいの勢いで、ため息を吐くタマ。


 よく分からないが、なにかとても失礼なことを言われたような気がする!

 殺るか! いや殺られるか!!


「いいか、アレン。もしかしたらその洞窟は、俺たち魔法猫に代々伝わるものかもしれん」


 魔法猫達に代々伝わるもの…洞窟が?


「まぁこれだけ聞いても分からないよな。今から詳しく話すからよく聞いとけよ」

「あんまり長くしないでね」

「はぁ……はいよ」


 タマは語る。


『むかしむかし、竜がいた時代。

 竜王らが子を身篭った。その後、無事に生まれたようなんだが、生まれた直後に、その子供はエイディンへとなったらしくてな。

 エイディンになるってのは、簡単に言えば獣の冬眠みたいなものだ。

 エイディンは丸い丸い球で、その竜の持つ鱗の色に輝くらしい。で、エイディンなって春を待つんだと。

 もちろん、その春ってのは季節の春じゃないぞ? 新たな時代に幕を開ける、新たな世界を創り出す、自分との調和率が100%の存在のことだ。

 まぁ生物を超越した竜なんだから、エイディンになることなんてそうそうないんだってさ。そんな事しなくても大抵は自分たちの力でなんとかなるからな。

 で、その子がエイディンになっちまって、普通なら数回も文明が栄えては滅んでを繰り返してれば、そのうち適応者は出てくるんだ。

 なのに、その子の適応者はどれだけ経っても、それこそ数回、数十回、数百回、数千回、数万回も文明が滅んでも現れることはなかった。

 だから、竜王達は失敗したんだと思った。まぁ、どれだけ経っても適応者が現れないなんて異常、だったからな。

 彼等はその子を洞穴の祠へ祀ったんだ。普通なら入ることなんてのは勿論、見つけることすらできないと言われる洞穴だ。竜王自ら魔法をかけたからな。

 せめてもの供養、そして、もしかしたらいつか適応者が現れるんじゃないか……と、ひとつの希望も託してな』


 タマの話が終わる。


 重いな。

 そして意外に短かったな。

 多分ところどころ省いてくれてるんだろうけど……

 にしても、竜か。

 竜。

 【王種】をも超える力を持った、生物を超越した存在。宇宙全域を合わせても数十(たい)しかいないんだったかな?

 この世界には、確か七体……七星竜とか言ったっけ?……がいるってのをずっと昔に聞いたことがあったけど、それこそ単なる御伽噺かと思ってた。

 いや、【王種】の金虎もいたんだし、有り得なくはないのかな?

 でも、まさかそんなすごいのがこんなとこに……

 というか今の話だと、その洞穴があの洞穴?

 あ! じゃああの声の主って竜王その人だったり?

 その竜か。

 え? マジで? ヤベーな!

 春になったらまたこいかー。まだかなー春。なにがあるんだろ? いやー楽しみだー。


「おーい。帰ってこーい」


 タマから声がかかり、現実世界に引き戻された。


「あぁ、ごめん。色々考えてた」

「まぁいきなりスケールがでかくなったからな。無理もない」

「それで、なにが重要なの?」

「は? 分からないの? やっぱお前馬鹿だな」


 イラッ。

 なんだよこの猫め。

 いくら可愛いからって言っても良い事と悪いことがあるだろ!

 どうせ僕は馬鹿ですよ!

 はいはい、馬鹿だよ馬鹿!

 まぁそんな馬鹿に餌付けされたお前も相当だがな☆


 引っ掻かれた。

 ホントこいつは……


「いいか? アレン。普段は、世界へ不干渉の存在の竜が、人を待つのは、竜が関わるほどの、大きな、出来事が、起こるって、ことだ。もし、今回のが、本当に、その竜王の子だとしたら、この、歴史上、類を見ないほどの、重大な、出来事が、起こることになる。そして、選ばれたのが、アレン、お前だとしたら、お前は、その、災禍に、巻き込まれるかもしれないんだ。これでどれだけやばいことか理解したか?」


 タマが、()鹿()な僕にわかりやすいように一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 うん?

 ちょとまて。竜王じゃないのか?

 うーん?

 ちょっとまて。そんなことよりあれか?

 もしかして僕、だいぶ危険なんじゃ?

 え? あれ? ヤバくね?! え?

 生きて帰れた!とか思ってたのに、もしや金虎とか以上の大変なことに僕巻き込まれるの?

 なにそれきょわい!


 命の危機を感じた1日だった

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