表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/86

0,アレン

「―――そして神皇ノアは、邪神を討ち果たしたのじゃ」


 老人の声が、夕暮れの広場に静かに響いた。


 西の空は燃えるような紅に染まり、その光は山々の峰を黄金色に縁取っている。


 ガスティグ村。


 高い山々に囲まれたその小さな村は、世界から忘れ去られたかのような辺境の集落だった。


 広場と呼ばれる場所も決して広くはない。


 石造りの井戸と、いくつかの木造の家々。


 それだけだ。


 だが村の子供たちは、まるで宝物を前にしたように老人の話へ耳を傾けていた。


 語り部は長い白髭を指先で撫でる。


 年老いてはいるが、その瞳には衰えがなかった。


 細く鋭い目は、遠い昔を実際に見てきたかのような輝きを宿している。


「邪神との戦いは七日七夜続いたという。大地は裂け、空は燃え―――」


 老人の声は続く。


 しかしアレンはもう聞いていなかった。


 十四歳の少年にとって、その英雄譚は何度も聞いた物語だったからだ。


 幼い頃は胸を躍らせた。


 だが今では結末まで覚えている。


 アレンは小さく息を吐いた。


 輪の外へ抜け出し、誰にも気づかれないよう広場を後にする。


 背後ではまだ老人の語る神話が続いていた。


 村外れの道へ出ると、冷たい山風が頬を撫でた。


 その風を受けて、アレンの表情は少しだけ明るくなる。


 彼は山が好きだった。


 村の誰よりも。


 ハーカバ。


 ウルノメリア大陸北方にそびえる巨大な山。


 幼い頃から何度も足を運び、季節ごとの表情も、獣道の位置も、湧き水の場所も知り尽くしている。


 少なくとも彼自身はそう思っていた。


 もちろん危険がないわけではない。


 山には魔物が棲む。


 高所へ行くほど寒さは厳しくなり、現れる魔物も強くなる。


 だから大人たちは頻繁に近づこうとはしなかった。


 だがアレンにとっては庭のようなものだった。


 慣れ親しんだ獣道を進みながら、彼は夕暮れの森を眺める。


 風が木々を揺らす。


 枝葉が擦れ合う音だけが静寂の中に響いていた。


 二刻ほど歩いた頃だった。


 ふいに違和感が彼の足を止めた。


「……ん?」


 視線の先。


 岩壁の一部が大きく裂けるように口を開いていた。


 洞窟だ。


 しかしアレンは眉をひそめる。


 こんな場所は知らない。


 何度も通った道だ。


 見落とすはずがない。


「こんなの……あったか?」


 胸の奥に小さな不安が芽生える。


 同時に、抑えがたい好奇心も。


 しばらく迷った末、アレンは洞窟へ近づいた。


 入口の周囲を調べる。


 魔物の痕跡はない。


 獣臭もしない。


 慎重に中を覗き込む。


 すると奥に何かが見えた。


 祠だった。


 古びてはいるが崩れてはいない。


 まるで誰かが今も手入れを続けているかのようだった。


 そして祠の中心から、淡い緑色の光が静かに漏れている。


 その光は洞窟の壁や天井を柔らかく照らし、不思議な幻想感を生み出していた。


 アレンは唾を飲み込む。


 右足を一歩だけ踏み入れ素早く飛び退く。


 だが何も起こらない。


 風もない。


 音もない。


 ただ静寂だけがあった。


 彼はもう一度周囲を見回した。


 危険は感じない。


 少なくとも今は。


 ゆっくりと奥へ進む。


 足音だけが洞窟に反響する。


 やがて祠の前へ辿り着いた。


 そこで彼は息を呑んだ。


 祠の中央に置かれていたのは、()()()()()だった。

 次回からはアレン視点で進行していきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ