第86話:電脳戦
「さて、伯爵の持つ空戦騎士団の件ですが……」
ネーヅクジョイヤに向かいながら、尊はバラクに尋ねる。もう、戦闘を仕掛けてくるのは明白だった。
「旗艦『ゲンゲンウェル』の形状は普通の航空機である、とのことですが……?」
「姿を隠したことが無いからね。ただ、どんな攻撃をしているのか、全く情報が無い。」
バラクはばつが悪そうだった。
「すまん。情報将校の肩書きが泣くな。」
「いえ、何も情報が無い、というのが反って怪しいとは思いませんか?」
バラクの表情が曇る。
「何か思い当たる節でも有るのか?」
「ええ、実は攻撃兵器は積んでいない、と考えるとどうでしょうか?実は光平の持つルシフェル(武器担当アプリ)によると、先住民の記録にも似たような形状の兵器があります。ただし、2種類ですが。」
「2種類……とは?」
「ええ、一つは外部の兵器を……例えば、衛星兵器や巡航ミサイルなどを扱うタイプです。もう一つは、電脳攻撃型です。」
「つまり、内部にレーダーや、強力な指向性アンテナが入っている、ということか。」
バラクはすぐに理解したようだ。
「そうです。完全な遠距離攻撃型で、自分は戦場の外において対象を攻撃する、ということになります。」
「なるほど、それなら、何も戦闘に向いた機体である必要は無い、ということになるな。まあ、後ろから殴りかかって来たあとは、手の届かないところから石を投げつける……性根が腐っているとしか言いようがないな。」
バラクの身もふたもない論評に周囲の笑いがこぼれた。尊も苦笑する。
「ここは、慎重である、といっておきましょう。彼らは立場上負けるわけにはいかんのです。勝っていることが貴族としての証なのですから。ただその高すぎるプライドが、我々を対等な交渉相手であると認めることを邪魔している要因ともなっているのですが……。」
そうなると、ネーヅクジョイヤの帰路は、クルーの戦いでもあった。ミサイルなどの飛翔体などを見極めるレーダー士はもとより、システム士も電子戦闘をしかけられる恐れからほぼ手動操縦に近い状態でのコントロールを強いられていたからだ。いつもは網膜モニターに浮かぶコマンドを正しく選んでいけばよいだけだったのが、それを切って、何でも自分で操作しなければならなかった。
一方、尊は敵の攻撃が外部兵器だった場合の指揮はバラクに任せ、独り、電脳攻撃だった場合に備えていた。
「ネーヅクジョイヤ、メインシステムに外部からコンタクト。ハッキングです!」
システム士が叫ぶ。
「電脳戦か! 総員、レティーナ(網膜モニター)オフ。全システム手動に切り替え。士師に全回線廻せ!……電脳戦か。」
シモンが指示を飛ばす。尊の持つC3(大脳皮質コンピューター)が、ネーヅクジョイヤの全システムを支えることになる。そして、そこに攻撃が加えられるだろう。
尊はプライベートエリアのベッドに寝かされ、アーニャとエリカが付き添っていた。
一応、船医はいるのだが、まだ経験が浅い上にヌーゼリアル人であるため、尊と村の診療所でテラノイド相手に場数を踏んだアーニャが特別に呼ばれて来ていたのだ。尊は交渉担当がイノケンティウス伯爵だ、と聞いた時点での対応であった。
「ゼロスはこんな攻撃になることは解っていたの?」
エリカはアーニャに尋ねた。アーニャは心電図や脳波を計測する機械をてきぱきと尊に取り付ける。
「ええ、五分五分だ、とは言っていましたが。」
「アーニャは怖くないの?」
エリカが真顔で尋ねたので、アーニャは驚いた。
「え?」
エリカが自分が怖い顔をしていることに気がついたのか、慌てて自らの頬をパチン、と叩いた。
「それは、怖い……というより心配というのかしら。でも、私は信じていますから。何があってもこの人と共に生きていく。私がそう望み、自ら選んだのです。」
アーニャはにっこりと笑った。少し弱々しい笑顔だった。
「大丈夫。ゼロスは結構痛みには強い方だから。よくドツキ回したあたしが……って慰めになんないか……。ごめん、アーニャの大切な人なのにね。」
エリカはアーニャを後ろから抱き締めた。
アーニャもエリカの手を握った。
「エリカの拳には恋心がこもっていたのにね。鈍いんだから、尊さんは。」
尊とだけつないだ回線でアーニャはささやく。
突然、メインモニターに尊の顔が映る。
「あーあー、テスト、テスト。ども、メインシステムの尊ちゃんです。エリカ、アーニャとなにしてるんですか?」
エリカの顔が真っ赤になる。尊はいつもの丁寧語ではなく、心の声モードだった。
「恐らく、これから電子戦闘が始まります。戦闘自体は見えないものとなりますので、可視化した様子はこちらのモニターでご覧ください。」
尊の姿は、頭身を落として幼児向けアニメのようにデフォルメされているためか、少しも緊迫感が伝わって来ない。
「ネーヅクジョイヤ、メインシステムにハッキング ! 凄い勢いで障壁を超えてきます。」
「敵、解析指向をさらに分析、防御に備えよ。」
シモンが落ち着いて指示を出す。
「カレブ、ラザロ、地の利はあちらにある。どこかに潜んでいるはずだ。2機で索敵にあたってくれ。」
バラクが命じる。
「了解。出撃使用許可を申請します。」
「許可する。無理はするな。」
「了解。」
カレブとラザロが索敵に向かった。
「俺は?」
手持ちぶさたなジョシュアが尋ねる。
「君は"取って置き"だ。切り札は最後まで残しておくものだ。」
バラクにしては珍しくおどけた表現だった。
「りょーかい。待機してモニターを注視します。」
ジョシュアも素直に従った。ここが彼の美点である。
一方、システムエンジニアを束ねるシステム士はまさに修羅場であった。
「防壁、突破されます。メインシステムに侵入。カウント3,2,1最終ライン到達。」
鉄壁の防御を誇るネーヅクジョイヤのシステムがいとも簡単に破られていった。
「まるでパイのシューを剥ぐかのようだな。」
シモンが呟いた。帰ったらパイシチューでも作るか……。自分で例えておいて、少しお腹が減ってしまったシモンであった。
モニターの画像に変化が生じる。"和室"風の部屋にちゃぶ台を置いて待っている尊のもとに侵入者が現れたのだ。やはりアバターは低頭身のデフォルメキャラになっている。艦橋内に笑いとどよめきがおこった。




