第85話:老伯爵との交渉
アマレク政府とテラノイドの代表者を名乗るテロリスト、不知火尊一派との交渉はフェニキア惑星連邦の駐メンフィス大使館で行われた。フェニキア惑星連邦は、スフィア王国を国家として承認したため、いわば、どちらの"国"とも国交関係にあるといえる。
最初の交渉が決裂したあと、尊はエドモンドと交渉して、国としての承認を引き出したのだ。とりあえずは、この先20年間、スフィア王国の惑星間貿易における独占取引契約を締結したのである。10年を主張する尊と50年を要求するエドモンドの交渉戦だったが、この形に落ち着いた。
今回は、エドモンド・ジェノスタイン駐メンフィス・フェニキア大使を仲介者として交渉することになった。アマレクも今回はあっさりとその条件を認めた。というのも、初回の交渉でいわば騙し討ちをかけた上に失敗してしまったため、アマレクが用意した会場を強硬に主張することができなかったからである。勿論、いまだにスフィアを国家として認めていないアマレクにとって、面子を保ちながら、実務的な交渉するのには有難い条件ではある。
今回のアマレク側の交渉役はジョルジオ・タハルカ・インノケンティウス伯爵である。
齢にして70は超えているだろう。騎士団を運営する貴族の中では最年長である。
アマレク側は条件として、新たに政府内にテラノイド労務者(奴隷)の労働条件の向上を検討する諮問委員会の設置を提示してきた。しかし、解放は論外、というスタンスは変わっていなかった。
一方、尊の提示した条件には、即時無条件解放だけでなく、これまで悪環境のもとでの奴隷労働の対価としてヘリオポリスの返還を新たに要求に加えられていた。これによって、テラノイドが本拠地を、取り分け、解放奴隷の新天地を求めていることが明らかになった。
「君は、あの程度の"手品"で、我が国家に損害を与えたつもりになっているようだが……」
インノケンティウス伯爵は明らかに不機嫌そうであった。尊はすぐに答えず、インノケンティウス伯爵をじっと見つめた。
「あんな手品で、我が政府を脅したり、動かすことが出来るとでも思っているのかね? ワシも奴隷の我が儘の聞き役などごめん被りたいものなのでな。」
伯爵は心底尊たちを見下しているのか、あるいはこちらを挑発しているのか。尊は、残念そうに軽くため息を付いた。
「そうですか。この二つの災厄に込められた我が国のメッセージにはお気づきいただけなかった、ということですか。」
尊は明らかに落胆した口調であった。
「どういうことかね?」
憮然とした表情で伯爵が尋ねた。
「これまでの貴国の歴史は、あたかも『根なし草』のようでした。」
「君はこの私に、しかも我が民の歴史を講義するつもりかね。」
伯爵はいきなりアマレクの歴史を語りだした尊に対していきり立つ。
「そのとおりです。これまで貴卿の国が"わずか"500年の定住生活ですっかり忘れておられることです。かつて……いや、今もですが、貴国の先人たちは環境保護にとにかく無頓着で、可住惑星を次々に食い潰して来ました。どこかの人たちは皆さんを"イナゴ"と呼んでいるそうですよ。」
調停者または仲介者として同席していたエドモンドが咳払いする。
「実際、あのヘリオポリスもわずか200年足らずで生物の生息すら怪しい状況になってしまいました。ところが、これまでメンフィスで300年、同じように過ごして来たにも関わらず、海にせよ川にせよ汚れていなかったのはなぜでしょうか?」
「それは……」
伯爵は答えようとして口ごもった。なぜなら、テラノイドの大気組成管理システム『テスタメント』のお陰だったからだ。ただ、それ以外何の機能もないと踏んで放置してきた。まさか、兵器転用可能だとはこれまで思ってもみなかったのだ。
「そして、テスタメントは突如、機能を停止した。さらに今は再び機能している。それも貴国の与り知らぬところでです。では閣下、今、このシステムのコントロールは誰の手にあるのでしょうか?」
伯爵の顔色が変わる。
「そうです。"テスタメント"は私の手の内にあります。そのことをご承知知いただくための2つの災厄だったのですが。」
尊は一旦、息を止める。
「この星の環境はこれからも我がスフィアの民が守るでしょう。むろんこれは、貴国のメリットでもあります。ただし、これは無償で、というわけには参りますまい。」
伯爵の体が若干前にのめる。
「しかし、兵器として使おうものなら、大気の組成から天候まで操る悪魔の手先にも成りうるわけだが。そんなものは報告されていなかった。しかしなぜだ。貴様らごときの技術力でそんなことができるというのか。」
「左様です。閣下……、閣下は我々がいつまでもうずくまって、愚鈍なロバのように鞭で打たれるのをただ待っているとお思いですか? この星に伝わる偉大な叡知を見出だしのは貴国だけとは限りません。我々はかつてこの星を整え、生物が住むに相応しい場所へと変えてきました。その矜持を忘れはしても、手放したつもりはありません。」
尊は一気にそこまで言うとテーブルに置かれた水を口に含んだ。
「さて、我々の要求が容れられない場合の、条件の提示です。このメンフィスにブヨが生じることになるでしょう。それが第3の災厄です。ただし、今回からは奴隷の居住区に対してこの災厄は起こることはないでしょう。我々の技術がコントロールされていることの証です。それでは良いご返答を期待いたしております。」
尊は立ち上がる。
「今回のお見送りは紳士的なものを期待しております。」
「ふん。わしゃあ、そんな姑息な手は遣わんよ。」
尊の嫌味を鼻であしらった伯爵はソファーで身動ぎもしなかった。
尊は仲介の役を買って出てくれたエドモンドに一礼すると部屋を辞した。




