第84話:動き始める「時代」
大統領直属の元老院(閣議)では、けんけんがくがくの議論が戦わされていた。二つの相次ぐ災厄によって、
民衆に不安と不満が満ち溢れ、大統領の支持率が 目に見えて落ち込んでいたのである。
「ある者は、"神からの奇跡"と呼んでいる向きもあります。やはり……」
ある議員が不安そうに声をあげる。
「"神" ?そんなものに頼っておるのは土人ども(テラノイド)だけだ。我々は科学の民だ。そんな非科学的なものが入り込む余地など存在しない!」
無神論国家のアマレクの威信に関わる風評に皆黙ってはいられなかった。罵声にも似た非難が次々と浴びせられる。
「そうだ、あれはあくまでも環境テロに過ぎない。」
「大河が血に変わったのも、藻が異常繁殖したに過ぎない。そして魚が死んだ。天敵のいなくなったカエルが異常繁殖した。今回の事件はそれで説明が付く。」
科学者の分析を声高に叫ぶ者もいた。
「結局、抗生物質をぶちこんで浄化してやって終わったではないか?」
藻の除去に薬品を大量投入していたのだ。
「カエルの処理で余計な仕事が増えた。結局、奴隷どもが苦労を買っただけだ。やつらに勝利など無い。」
結局、問題の根本的解決からは目を反らすのであった。
護国官(騎士団長)としてそこに出席していたアモン・クレメンスは、繰り広げられる低レベルな議論に目眩をおこしそうであった。
「年寄りどもには危機感が足りなすぎる。もはや、これは戦争なんだ。」
その場では言えぬ不満を、バーのカウンターで、久々にあった大学の同窓生にぶちまけていた。
「オヤオヤ、あの自信満々のクレメンス閣下とは思えませんな。奴隷の集団は国家とは言えぬから、戦争ではないのではなかったのか?」
同窓生にからかわれ、アモンも少し落ち着いた。
「そうだな。俺はどうやら焦っているらしい。」
アモンは自嘲するだけの余裕を少し取り戻した。確かに、焦りはある。最初のテラノイドとの交渉の際、彼はボニファティウスの作戦に記者に紛れさせてスパイを送り込んでいた。
撮られた動画は、5年前に出会ったはずの、あのゼロス・マクベインは別人のようであった。あのころの印象は、「控えめで有能だが、リーダーの器では無い」と踏んでいたのだが、ボニファティウスの思惑を看破した上で交渉に乗りこんで来た上、堂々と罠を喰い破ってみせるとは、有能を超えて、まるで老獪であった。
もちろん、アモンの以前の見立ては決して誤りではない。ゼロス時代の尊とは全くの別人と言って過言ではないからだ。覚醒して以前の記憶を取り戻した尊は、意識だけは数百年の時を経ており、青年の皮を被っているに過ぎない。ただ、そのことをアマレク側は知らない。
「俺はもっと"力"が欲しい。」
アモンは残念そうに呟いた。そう、圧倒的に情報が少ない上に、それを活かすことのできる手段も限られている。しかも、敵はこちらと同等以上の力があり、唯一対抗しうる力を持ち合わせた自分は、国家の意思決定では蚊帳の外である。
「それで? 君は僕になにをして欲しいんだい? 無論お代は出世払いということになるが。」
旧友はアモンの本題を引き出そうとしていた。彼は情報局に勤めていたからだ。
「俺は、密かに不知火と接触した。」
アモンの告白に、友人は危うくグラスを落としそうになる。
「あの、カエル騒ぎの時だ。あいつの持っている『機体』は恐らく俺と同等のものだ。」
友人も画像で尊が現れたことは知っていたが、そこにアモンが出張っていたとは知らなかったのだ。
「それ、上に漏れたら大問題だぞ。まあ……いい。なるほど、そういうことか。」
級友は煙草に火を付けた。
「実を言うと、どうもかなりヤバイ。……というか、ヤツの学生時代以外のデータが全く無いんだ。人造奴隷出身、ということにはなっているが、ヤツの能力を説明することは不可能だ。ヤツの術式は完全に、テラノイドを超えている。」
「四つの生き物か……」
アモンが絞り出すような声で言う。
「そうだ。テラノイドどころか、アマレクすら凌駕しているかもしれん。だから、大統領官邸の重鎮どもが、喉から手を出して欲しがっているよ。あれをバックにしている以上、もはや別人、って可能性もある。」
旧友の分析にアモンもうなずく。
「なるほど。俺が感じた違和感の正体はそれか……」
アモンもグラスのカクテルに口をつける。よく冷えたグラスは汗をかいていた。
「まあ、まだ仮定だがな。それでだ。逆に、学生時代に接触があったお前にサーチを頼んでくれ、というのが上司のお達しでね 。実はこっちも尻に火がついた状況でね。とりあえず今度の交渉、お前また付いていって調べて欲しいんだが。」
アモンもため息をつく。
「なんだ。我が国の諜報機関をもってしてもそれか。」
「まあ、焦るな。俺たちはこの国じゃまdまだ「ひよっこ」に過ぎん。でもこいつはある意味チャンスだ。上が失敗すればするほど、お前の上司の数は減っていく。不知火が頑張ってくれればくれるほど、上に痞える連中が減って。お前にお鉢が回ってくる、って算段だ。それじゃアモン、乾杯しようぜ。」
「何に?」
アモンは苦笑しながら尋ねた。
「俺たちの時代に、かな。」
数日後、アモンのもとに入ったニュースは衝撃的であった。
「フェニキア惑星連邦政府、スフィア王国を承認。通商関係へ。」
尊とて、アマレクだけを相手にしていたわけではない。あの、桜の咲く川原で出会ったエドモンド・ジェノスタインと交渉を重ねていたのである。逆に、第三国による承認を受けることによって、アマレク側にも交渉に応じるよう促す目的があるのだろう。
「そう、きたか。」
アモンは尊の外交センスに舌を巻いた。
一体、尊はあの"ごうつくばり"にどんなエサを用意したのだろうか?
アモンは時代が動き始める前兆を感じていた。




