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20 エピローグあるいはアイン・ジャールート

 クトゥズことムザッファル・クトゥズは、他のマムルーク諸将の「何でお前が国王スルタンに」という憤懣を抑えるため、「この国難を切り抜けたら、国王スルタンに、よりふさわしい者が誰か、話し合おうではないか」と言って、協力を取り付けた。


「ふん、愚か者どもめ、モンゴルに相対する勇気もないくせに」


 クトゥズとしては、モンゴルを退かせれば、その多大な功績は「暫定」の国王スルタンである自分に帰す。

 あたかも、シャジャル・アッドゥルが十字軍を退けて女王スルターナになったように。

 とはいえ、クトゥズとしてもモンゴルが脅威であることには変わりない。


「……ここは、あの十字軍フランクを倒した連中とも手を組むべきだな」


 クトゥズは愚かではない。

 必要とあらば、おのれを「仇敵」と憎む相手とも、平然と手を組むことができた。


「ホラズム族のベルケはおるか? バフリー・マムルークのバイバルスと連絡つなぎを取りたい」



 マムルーク朝の軍――クトゥズとバイバルスら二万の兵は、アイン・ジャールートに向けて進んでいた。


 モンゴル帝国のフレグは、メソポタミアまで進撃したものの、兄・モンケの死を知り、次期ハーンを選ぶクリルタイに参加すべく、モンゴルまで戻るのを余儀なくされた。

 代わりに、キト・ブカなる腹心を残した。


「おれは、単なる留守番に終わるつもりはない」


 自身がネストリウス派のキリスト教徒だったと伝えられるキト・ブカは、フレグの帰還で減ってしまった兵力を、服属させた十字軍国家に兵を出させて補い、ダマスクスを陥落してしまう。


「どうだ、見よ。フレグさまがいなくとも、おれがモンゴルを広げてみせる、地の果てまで!」


 意気軒昂のキト・ブカは、エルサレム王国のアッコンへと向かって南下する。

 アッコンに至り、その兵力と糧食を吸収し、そのままエジプトへと乱入する算段である。

 キト・ブカはエルサレム王国に檄文を飛ばす。


「共にキリスト教の仇敵たる回教徒イスラムを討たん!」


 キト・ブカ自身がキリスト教徒であること、そして共通の敵であるエジプト・マムルーク朝を倒すことを訴えれば、すぐに靡くだろうという計算である。

 もし、言うことを聞かなくとも、問題ではない。


「……そうなれば、踏み潰すまでよ。そして押し通る!」


 キト・ブカはアッコンへと向かう進軍中に、そう豪語した。

 そしてその豪語を、進軍路の路傍の木の陰に隠れた間者に聴かれていたことなど、想像だにしなかった。



 ゼノビアからキト・ブカの豪語を聞いたバイバルスは、即座にエルサレム王国、アッコンに向かった。

 モンゴルのあまりの容赦なさに、エルサレム王国は悩むが、そこをバイバルスが進言、あるいはそそのかした。


「エジプト、マムルーク朝としては、貴国に『中立』さえしてもらえれば、それでいい」


 むろんマムルーク朝としてはそれを「協力」とみなすし、モンゴルが勝ったとしても、それはマムルーク朝(われわれ)を欺くための方便だ、と言い張れば良い、とも。

 この甘言に、エルサレム王国は、乗った。


「われわれは中立する。モンゴルにも回教徒イスラム、どちらにもくみしない」


 そして──ここからがバイバルスの策の肝だが──中立であるがゆえに、領内の通過は自由とし、どちらが通っても良いとした。



「首尾が良いな」

「恐悦至極」


 クトゥズのぶっきらぼうな誉め言葉に、バイバルスはうやうやしく応じた。

 クトゥズとしては、「マムルークらしさを演出した」と言いたいだろうが、実際は臣従を強要しているのだろう。

 一方のバイバルスはここで揉めるよりも、モンゴル討伐の方が優先だし、せいぜい礼儀正しくしてやって、その上でどこかに領地をもらおうと目論んでいた。

 仲間たち――そしてゼノビアとの「家」を手に入れるために。


「なら、アレッポの総督になれ」


 進軍中、クトゥズはこともなげにそう言い放った。

 この時、アレッポはモンゴルに征服されていた。

 それの「総督」ということは、まずはモンゴルを討たなければならない。

 そうでなければ、空手形だ。


「……言ってくれる」


 クトゥズは冷然とシャジャル・アッドゥルを惨殺した過去がある。

 それゆえ、モンゴルに勝ったとして、その総督就任も果たされるかどうか。

 和解と言っても、せいぜい利用している間は殺さないでいてやるだけ、ということか。


「……ではモンゴルと戦い、勝ってみせるか」


 バイバルスはクトゥズに一礼してから、馬に鞭をくれた。

 目指すは、巨人の泉(アイン・ジャールート)

 そこでバイバルスはマムルーク朝の先鋒として戦い、そしてモンゴルを罠に嵌める役割を担っていた。

 過酷な役割だ。

 だが、勝つためにはこれしかない。

 そして、勝ったとして。


「約束を果たさないやもしれぬ……いや果たさないこと必定じゃな、あのクトゥズ


 ゼノビアは、クトゥズがホラズム王の子孫と称しているのを嘘と断じた。

 それゆえ、約束も嘘だと断じた。


「ホラズム族としての意地ではない、おぬしを心配しておるのじゃ」

「それが言いたかったのか」

「そこは流すか、素直に感謝せい」


 そして二人は笑い合い、仲間たちの待つ、戦場へと向かっていった――巨人の泉(アイン・ジャールート)へと。


 一二六〇年九月三日。

 アイン・ジャールート。

 この地にてバイバルスはキト・ブカ率いるモンゴル軍と激突する。

 そしてその戦いの果てに、イスラム世界に冠絶する王となるのだが、この時はまだ知るよしもない……。




【おわり】

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