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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第二章 見知らぬ少女
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第9話 ひかりと楓3

 楓は陸上短距離から幅跳びに転向した。

 周囲からは挫折した人を見る様な眼で見られていたが、楓は特に気にしていなかった。

 それに幅跳びグループに入ったことで、あの少女漫画から飛び出してきたようなあの子とも一層仲良くなれそうな期待感も有ったのだった。


 ちょっと周りにいないタイプなのよね……。


 そう思ったが訂正した。


 いや、絶対どこを探してもいないタイプだわ……。


「ねえ同じ幅跳びの仲間なんだし、今度から私のこと楓って呼んでいいよ」

「楓ちゃん?」

「ちゃんはいらないって。楓でいいから。あ、そんで私はひかりって呼ぶからよろしく」

「うん。分かった」


 あっさりと名前で呼び合うことを決めて、また二人の仲は深まったのだった。

 幅跳びに転向した楓はいきなり一年では二番手になった。つまりひかりの次に跳べる選手になったということだった。

 あの小学校の特訓の成果以外考えられない。一体あの先生何者なんだと思いひかりに聞いてみた。


「え? 早瀬先生? さあ、分かんない」


 予想以上にスカスカだった。


 楓はひかりと同じグループということもあり、学校でもプライベートでもしょっちゅう一緒にいる仲になっていった。

 そしてあの休日の猛特訓は相変わらず続いていた。

 そしてその甲斐あってか、ひかりは次の大会で二年の先輩を押しのけて代表に選ばれたのだった。


「すごいねひかり。とうとうやったね」

「うん。嬉しいような、申し訳ないような」

「先輩のことだったら気にしなさんなって。監督が成績順で決めたんだから誰も文句ないって」

「うん。そうだね……」


 やや浮かない顔をしているひかりのことを、その時はそれほど心配していなかった。

 だがある日ややこしい事件が起こった。

 二人が部活の後、帰っている途中で、ある男子生徒からひかりは告白されたのだった。

 楓は遠慮して少し離れて見ていたが、ちょっとカッコいい感じの二年の先輩だった。

 楓は初めて生で男子が女子に告白しているのを見てしまい、男子生徒がいなくなった後、すぐにひかりに首尾の方を尋ねた。


「それで、それでどうなったの? オーケーしたの? 付き合っちゃうの?」


 ひかりは楓の興奮を跳ね返すかのように不思議そうな顔をした。


「え? もちろんお断りしたよ」

「なんで?」

「そんなの決まってるじゃない。本当に心から大好きって思える運命の人が現れるまで、お付き合いなんてする訳ないじゃない」

「え? そうなの?」

「そうよ。そんなの当たり前だよ」


 爽やかな笑顔と共にそう言ったひかりを見て楓は確信した。


 この子、天然でしかも純情乙女だわ。


 この美貌で天然純情乙女。死に絶えたと思っていた奴が普通に元気よく生きてたわ。カブトガニ? いやシーラカンスとたとえた方がいいのかしら……。


 楓は凄いのと友達になったと、またあらためて思ったのだった。



 だがその後、ひかりはあの男子生徒をあっさりフッたことでややこしい事態を招くことになった。

 実はあのちょっとカッコいい男子生徒は、ひかりに代表を奪われたあの二年の先輩の彼氏だったのだった。

 意外と潔癖だった彼は、あろうことかひかりに告白する数日前に彼女と別れていたのだった。

 ひかりには何のことやらさっぱり分かっていなかったみたいだが、代表を奪われてもしかたないと我慢していた二年の先輩も、彼氏と別れた原因がひかりだったと知って、とうとう切れてしまったみたいだった。

 二年の先輩は同じようにひかりの人気をやっかむ連中とつるんで、ひかりに冷たく当たるようになった。

 天然のひかりも、流石に露骨に無視されたり陰口をたたかれるようになったりで、かなり落ち込んでいた。

 楓はひかりを元気づけて応援していたが、ひかりは日に日に元気を失っていった。


 そして大会の日。


 楓が心配していたことが現実になってしまった。


 予選の三度の跳躍で二度踏切を失敗してしまい、記録も伸びず、ひかりは予選で敗退したのだった。

 期待をしていた監督からも厳しく叱られ、ひかりは解散後のグラウンドの隅で涙を流していた。


「仕方ないよ。次がんばろうよ」


 ぽろぽろと涙を流すひかりの傍について、楓は背中をさすってやっていた。


「さあ、帰ろうよ。帰りにたい焼き奢ったげる。好きでしょ?」

「うん……」


 楓に促されひかりはやっと立ち上がった。


「なに、あんたたちまだいたの」


 ひかりに陰口を叩いていたあの二年生たち三人だった。


「お疲れさまでした」


 楓は無表情でそう言って、ひかりの肩を抱いて帰ろうとした。


「待ちなさいよ。あんた今日、どんだけみんなに迷惑かけたのか分かってんの?」


 先輩はねちっこくひかりに話しかけ帰らせようとしない。


「まぐれで記録だしていい気になってると思ったら、やっぱりこんな結果じゃない。あんた向いてないんだよ。いい加減気付きなよ」


 楓はひかりの手を引いて、強引に三人の横を通り抜けようとした。


「男に媚び売ってチヤホヤされてるのがあんたにはお似合いよ。顔しか取り柄のないお人形さん」


 ひかりの手を引いていた楓の足が止まった。


「なんだって?」


 振り返った楓の目が怒りに燃えていた。


「あ? 橘、あんた私らに盾突こうっていうの?」


 凄んで見せた先輩だったが、楓には逆効果だった。


「顔しか取り柄が無いって言ったわね。あんたらどこに目えつけてんだ!」


 一度切れてしまった楓の口からは、ずっと我慢していた罵りが溢れだした。


「顔だけじゃない。スタイルも、性格も、運動センスも体力も、数えだしたらきりがないくらい、ひかりは人としてもアスリートとしても凄い子なの。あんたたちがひかりに勝ってるのって何かある? ただ一つ歳くってる以外何にもないでしょ。あるんならここで言ってみなさいよ!」


 楓の勢いに三人は言い返せず黙り込んだ。

 さらに楓の悪態は切れ味を増していく。


「あんたらは顔は悪いし、スタイルはオエーだし、性格は腐ってるし、運動センスはスカみたいだし、練習はすぐへばるし、本当はこうしてあんたらと話しているだけで時間が勿体ないのよ」


 ビシッと指さして一呼吸も挟まず言い切った。


「ひかりは本物よ。必ずこの先すごい選手になる。あんたらみたいなまがい物とは違うんだ。あんたらこそ陸上に向いてないのに気付いた方がいいわよ」

「あんた、ただで済むと思って……」


 楓は話をまるで聞いていないかのように遮った。


「私はひかりとこの先へ行く。もうあんたらがついて来れない所に私はひかりと行くって決めたんだ。あんたらはせいぜいこの辺りで不平不満を垂れ流して、誰かと足を引っ張り合ってなさい。いい? 今後一切私らに近づかないで。ひかりにこれ以上なんかしようもんなら私は本気であんたらを潰しに行くからね。言っとくけど私は悪態をつく天才なの」

「な、何よ。そんなのにビビると思ってんの?」

「へえ、私を敵に回す気? いい度胸ね」


 楓は悪魔のように笑った。


「あんたの元カレ、ひかりに告った時なんて言ってたと思う? 私、近くで聞いてたのよね。そうそう、あいつとは別れた。もともとしつこく付きまとわれて付き合ってただけだから気にしないでくれって言ってたな。それからもっと強烈だったのは……」

「もうやめて!」


 顔を真っ赤にして制止した先輩は、ようやく思い知った様だった。


「分かったから変な噂流さないで。もうお互い干渉しあわない。それでいいんでしょ」

「そうよ。分かってるんじゃない。でもそれだけじゃあ私の気が収まらないのよね」

「なに? 何が言いたいの」

「ちゃんと謝りなさいよ。でないと私は許さない」

「調子に乗るんじゃないわよ」

「調子にのってるのはどっちだ!」


 すごい迫力だった。


「謝るか、元カレのきつーいコメントを詳しく流されるか選びなさい。噂と言っても私のはあんたのと違って本当のことだから悪いことじゃないよね」


 先輩はそう言われて、もう何も返せなくなってしまっていた。相手が弱みを見せたことで楓の勢いはさらに鋭さを増す。


「こういう話題ってすぐに学校中に知れ渡っちゃうものなのよね。私はほんのちょっと火をつけるだけ。明日が楽しみだわぁ」

「分かった。分かったから。ちょっと待って」


 楓の脅迫めいた説得は効いた。

 先輩三人はしっかりひかりに謝らされた後で、もう二度としないと誓約して帰って行った。


「あーすっきりした」


 ひかりと並んで歩きながら、楓は可笑しそうに高らかに笑った。

 その横でひかりはなんだか微妙な表情だ。


「楓って怖い人だったんだね」

「え? そう取るの? 感謝されるのかと思ってたんだけど」

「だって先輩を脅してたし」

「あのぐらいやっといた方がいいんだって。ね、ひかり、今後ああいう手合いが現れても私がついてるから安心してね」

「また脅すんだ……」

「いや、悪者だけだよ。そんな深刻に受け止めないでよ」

「うん。まあ、でも、ありがと」


 ひかりは少し上目づかいではにかんだ。

 それはそれはびっくりするほど可愛かった。


「もう、可愛いんだから。ひかりー!」

「やめて、楓、そんなにすりすりしないで」


 恐らく楓のひかりに対するすりすりは、この日から始まったのだった。



 楓の話を全部聞き終えて、誠司は何となく微妙な表情だった。

 楓の予想通り、誠司は中学の時からひかりがモテてたことを突き付けられてまた胃が痛くなっているみたいだった。


「高木君また深刻になってない? ひかりがモテてたのは仕方ないことだよ。でもちゃんと高木君と出会うまで私が守り通したから安心してね」

「それは凄い感謝してるよ。ホントありがとう」

「中学から今まで、言い寄ってくる奴を蹴散らしたり結構大変だったんだ。とにかく数が多くって……」

「やっぱり……」


 また誠司は少し元気がなくなった。

 そこへ勇磨が戻って来た。


「あ、なんだいたのか」

「なによ。その言い草は。いちゃ悪い訳?」


 また二人が揉めだしそうになった時に、ひかりが教室に入って来た。


「お待たせ。あ、みんな揃ってたんだね」


 ひかりは教室に入ってすぐ、誠司が少し落ち込んでいることに気付いた。

 すぐにひかりの疑いの視線が楓に向けられる。


「私のいない間に余計なこと言ってないでしょうね」

「え? ちょっとした雑談だよ。待ってる間、高木君と時間潰してただけ」

「それならいいけど……」


 ひかりは誠司の座る席にやって来て、ちょっと心配そうにその顔を覗き込む。


「ごめんね。待たせちゃって、後輩の子たちしつこくって」

「いいんだ。ひかりちゃんが人気者なのは良く分かってるから」

「高木君は待ってる間もひかり一色だよ。そのスケッチブックの中身凄いんだから」


 誠司は楓にほのめかされて、慌ててスケッチブックをしまおうとした。


「もしかして描いてくれてたの? 私のこと……」

「いや、その、うん……」


 誠司は恥じらいながら頷いた。


「見せてもらってもいい?」

「え、いや、うん……」


 ひかりにまっすぐ見つめられると誠司は断れないのだった。

 そしてひかりはスケッチブックを楓と勇磨に見えない様に開いた。

 そしてページをめくっていく。

 やがてみるみるうちにひかりの頬が紅くなっていった。


「あれ? ひょっとして他のページもひかり一色なの?」


 楓はからかい半分に言ったつもりだったのだが、本当にそうだった。

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