駅弁
「では、まだ記事を書いていないんですね」
「ええ、私じゃだめですか?」
「いいえ、ちょっと調べてほしい事があって」
「何でしょう?」
澄子はノートとICレコーダーを取り出した。
「立原への報告がありますので録音してよろしいでしょうか?」
「はい、けっこうです」
亮は佐藤敦子殺人事件の概要を話し、
扼殺で犯人の身長は185cmから195cmの
大男、個人名を明かさず自分の調べた内容を話した。
「それで、佐藤敦子さんの交際相手を調べたいんですね」
亮の話をメモしていた澄子が亮に聞いた。
「はい、アメリカで起こった事件なのでもちろん
ボストン警察は捜査をしていますが、
日本人で旅行者という事で交友関係が
わからないまま通り魔の犯行となりそうなのです」
「通り魔の犯行じゃないと言うんですか?」
「その可能性が高いと思うのですが・・・」
「疑わしい事があるんですか?」
「行きずりの犯行なら全裸にする必要がありますか?
アメリカでは年間10万人以上被害者がいますけど
そのような事件はあまり例がないようです。
通り魔犯は全裸にしてその衣服を処分する時間の余裕が無いはずですから」
澄子は亮が言うリアルな場面を想像して鳥肌が立った。
「という事は証拠を隠す必要がある交際相手か顔見知りという事ですね」
犯人を見つける事が出来れば大スクープになる、そう確信した澄子は
本気で取材がしたくなった。
「そういう事になります」
「つまり日本人?」
「ええ、ひょっとしたら有名人がかかわっているかも知れないので
それなら週刊誌さんの方が得意ですよね」
「まあ、そうですけど。上司の許可を取らないと」
「そうですか。犯人は押し出しの力が強いスポーツを
していた可能性があります。例えばバレーボールとかバスケットボールです」
「そうするとバレーボールかバスケットボールの選手が殺人と言う訳ですか?」
「はい、ボストン警察ではその可能性で動いています。特にバレーボール選手を・・・」
澄子は目を輝かせてメモを取った。
「つまり、妊娠した女性がアメリカに傷心旅行へ行ってその先で
バレーボール選手に殺害され全裸で放置されたという事ですね」
「はい、ただ佐藤さんは3か月前に妊娠していましたが、
その後流産したか堕胎したかわかりません」
「では、そのバレーボール選手が佐藤敦子さんを妊娠させた男?」
「まあ、そんなところです」
「じゃあ、犯人は日本人という事ですか?」
「それを調べたいんです」
「わかりました。いったい誰から調べましょうか?」
「木村健吾さんです」
「えっ?」
澄子は今人気絶頂のバレーボール選手の
木村健吾の名前を聞いて唖然とした。
「おそらく・・・、そういう事で明日佐藤さんの
実家に遺品を調べに行きます」
「私も一緒に行きます!」
澄子は女の観点から佐藤敦子を調べたかった。
「泊りになると思いますが・・・」
「大丈夫です」
「会社の許可は?」
「少しの間会社に内緒で動きます。だから明日、明後日はお休み取ります」
「そうですか、では明日上野発6時38分の
秋田新幹線に乗ります。起きられますか?」
「はい、大丈夫です・・・念のために起こしていただけますか?」
澄子はちゃっかりと答えた。
「良いですよ。何時ですか?」
「5時半に」
「はい、では電話番号教えてください」
「ありがとうございます」
亮は女性との二人旅に乗り気ではなかったが週刊誌の記者との接触を望んだのは
自分だったので仕方なしに承諾した。
「團さんですか?」
澄子と別れるとすぐに亮の所に電話がかかって来た。
「はい。森さん」
「今日、東京都内の産婦人科を当たったんですが
佐藤敦子が通院した痕跡がありません」
「そうですか。ご苦労様でした。そうすると
東京以外の可能性が高いですね」
「はい、その可能性は高いです。この先は
保険事務所で保険の使用履歴を調べないと」
「手間がかかりますね」
「はい、上司の許可を取らないと」
「わかりました。僕の方で動いてみます」
「よろしくお願いします」
亮が日本にいると知らない森はいつか
正式にボストン警察から捜査依頼が来ると思っていた。
翌朝、亮は上野駅地下4階の20番ホームで澄子を待った。
6時25分過ぎにエスカレーターを駆け降りてくる澄子を見た。
「おはようございます」
澄子は息を切らして亮に挨拶をした。
「おはようございます。大丈夫ですよ、まだ時間がありますから」
亮はそう言って乗車券を澄子に渡した。
「あ、ありがとうございます。お金は後程」
「こちらです」
亮はグリーン色の車体と連結している茜色の車両こまちに澄子を案内した。
「あっ、違う車両が連結している」
「ええ、秋田新幹線は盛岡で切り離し秋田へ、東北新幹線は新青森へ向かいます。
到着時間は10時24分です」
亮と澄子は、こまちの11号車に乗った。
「えっ?グリーン車」
「そうです。秋田新幹線は狭いので普通車では疲れますから
グリーン車で行きましょう。交通費は僕が払います」
「でも・・・」
「大丈夫です。経費で落ちますから」
「経費?」
アメリカのエリートビジネスマンは自腹で払ってまでもビジネスクラスの
飛行機に乗ると言われている。
それは、移動で疲れを出さず仕事に集中して結果を出すための
投資と考えているからである。
3時間46分の長旅を亮は考慮していた。
澄子はそんな事などつゆとも知らず
亮は若いのにずいぶん贅沢な男だと感じていた。
「さすがアメリカの警察は気前が良いんですね」
澄子は亮の経費と言うのは警察の経費だと思っていた。
「まあ、そんなところです。朝ごはんは?」
「ま、まだです」
それを聞いた亮は駅弁を澄子に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
澄子が財布を取り出すと亮はそれを止めた。
「大丈夫、これは僕のおごりです」
「で、でも・・・」
「昼飯は割り勘にしましょう」
亮は澄子の目を見て笑った。
「では、ごちそうになります」
澄子が弁当を開くと亮はペットボトルの
お茶を出し黙ってテーブルの上に置いた。
「わあ美味しそう」
「あったか牛焼肉弁当です。下の紐を引くと温かくなるそうです」
「うふふ、面白い。團さんのは?」
「米沢の駅弁で牛肉ど真ん中、上野駅のランニング1位だそうですよ」
「美味しそうな牛丼ですね」
澄子は亮の持っているそれを覗きこんだ。
「ええ、駅弁も旅の醍醐味です」
亮は美味しそうに牛丼を頬張った。
お腹がいっぱいになると人間は穏やかになり、澄子は亮に
なぜアメリカで警察の仕事をするようになったか聞いた。
亮はどこまで話をしていいか悩んでいたが記者の卵の澄子の
質問が上手く、亮がボストン警察の手伝いをする経緯を聞き出した。
「すごーい、AKK48の白尾尚子さんを助け出したのは團さんだったんですね。
あの事件は日本でも話題になっていたんですよ」
「まあ、逮捕したのはニューヨーク市警ですけど」
「私、日本人のヒーロー團さんの事を記事にしたいです」
澄子は亮が将来大きな事をしそうな予感がして興味を持ち始めていた。
「それは勘弁してください。あまり目立ちたくないので
今回の事件を解決することに
努力しましょう」
「はい、そうですね。すると経費と言うのは?」
「はい、実家の仕事の件でちょっとやる事があるので」
「えっ、それで私の交通費も」
「あはは、僕のお手伝いという立場で」
「まあ、ずるい!」
やはり亮はボンボンで贅沢なんだ、澄子はそう思った。
「星野さんは最初から週刊誌の記者志望だったんですか?」




