第五フロアは救いが少ない件について 〜 夜の神 〜
【紅城】
〈意外と粘るわね♡〉
「【回帰】」
結論から言えばレインは《吸血姫》自体にそこまでの脅威は感じていなかった。
攻撃方法は状態異常を引き起こす香りの撒布と血液を凝固させた槍【血槍】のみ。たった2種類の【スキル】でレインが時間を掛けられているのは闘わされているのが《吸血姫》ではないからだ。
「すまな、」
香りによる洗脳効果が【回帰】によって解除されるが、常時展開されている香りにより、すぐにまた洗脳に掛かってしまう。
〈あなた達風に言うなら【スキル:蠱惑芳香】ってとこね♡。私の血液で作った香りが体内で溶け込み操るんだけど、死ぬまで奴隷状態♡。になるはずなのに、どうにもその外套が浄化してるみたいね♡。まぁいいわ♡〉
足を組み替え、怠惰な様子を崩さない《吸血姫》を庇うようにプレイヤーが前に構える。
〈替えはいくらでもいるもの♡〉
不敵な笑みを浮かべる《吸血姫》の壁になっていたプレイヤーが1人が『☠GAMEOVER☠』になる。
HPが続く限りは洗脳状態になる【スキル:蠱惑芳香】はレインの【スキル】にも相性が悪く、状態異常を治すための巻き戻しはそのまま洗脳状態の時間を延長するためのものにされている。
「【スキル:操影】」
〈に・く・か・べ・♡〉
影の剣山を生身で受け止めるプレイヤー達。
レインの攻撃が届かない要因の1つは仲間であるはずのプレイヤーが操られて壁になっているため迂闊に手を出せなくなっている。
「【憤怒:堕天零剣】、【暴食:悪食魔剣】」
〈あら悪魔憑きの剣じゃない♡〉
【スキル】切断と上限無しで威力が上がる魔剣の二刀流。
「【色欲:魅惑幻朧】」
装着されたのは手の甲に宝石の埋まった手袋。
宝石同士を打ち鳴らすと、もう1人のレインが《吸血姫》の背後に出現し、全員の目が自ずと向く。
〈分身?〉
「強制的な視線の誘導だよ」
〈え?〉
あまりにも腑抜けた言葉が漏れる。
《吸血姫》の振り返りざまに見えた景色は周囲を埋め尽くしていた香りの鱗粉を灼き斬り、禍々しく輝く剣が自らを斬り裂いた瞬間。
鱗粉を排除したおかげでプレイヤーが盾にされるのを防ぎ、その事に違和感を覚えた僅か数秒後に振り遅される剣。容易く肌を裂きHPを吐き出させたレインは警戒を解くことなく追撃を試みる。
早鐘を打つ心臓など無視して、ここぞとばかりに斬りかかり、《吸血姫》が攻撃を放つ素振りを見せれば手の甲を打ち鳴らして【魅惑幻朧】で誘導。
〈それだけ強力な技なら何かしらの制限があるはず〉
《吸血姫》の指摘通り【特殊武器:大罪の指輪】には強力な能力と比例するように使用者に代償を求める。
『傲慢』は、他者を寄せ付けないため、指輪以外のアイテムを使えない。
『憤怒』は、怒りに翻弄され、自身の身を削る。
『強欲』は、欲に溺れぬよう地に足をつけさせる。
『暴食』は、痛みすらも喰らうように戒める。
そして今回、『色欲』の名を冠する手袋が求めるのは色恋に怠けたものに枷を与え、スタミナを一定時間半分にする。
移動や攻撃に至る戦闘には不可欠なスタミナを制限させられることは致命的。
〈でも全てのデメリットを帳消しにしているのが〉
「【回帰】」
〈それ、欲しい〜♡〉
全てを元に戻す規格外の能力。
だがそれよりもレインが驚いたのは目の前にいる敵が今までの敵とは明らかに異なり自我を持っているのように思えたからだ。
『死』そのものと、『傲慢』の能力によって減らされた最大HP値以外に作用する能力は傷を癒し、体力を戻し、失った四肢すらも復元させる。
〈その【スキル】をくれたら第6フロアに行ってもいいわよ〉
「は?」
あまりの発言に素の言葉が出る。
(なんて言った?第6フロア?何でゲームの中のNPCである《吸血姫》がそんな発言をする?)
自身の持つ参加券の存在に加え、それによって至る次のステージの存在の匂わせ。無論、ゲームの演出と言ってしまえばそこまでだが拭えない違和感をレインは感じていた。
そして、1つの結論に行き着く。
「お前、プレイヤーか?」
恐る恐る尋ねたレイン自身ですら、自分の口から出た言葉を信じられなかった。
だが彼がその答えに行き着くだけの情報は既に提示されていた。
プレイヤーが敵として立ち塞がる場面を。
2周目と称して過去を生きたプレイヤーがいることを。
そして。
〈あら、よく分かったわね♡〉
レインの中で全てが結びつく。
「俺が、悪いのか」
〈どうしたのいきなり〉
「ソラも、シノブも、ドラも、YAIBAも、みんな俺が殺したんだ」
フラッシュバックする過去の戦闘。
そして何故忘れていたのか。
2周目ならば、どうして現実世界の誰も騒がないのか?
まるで何も無かったかのように誰も覚えていない。
巻き戻ったのだ。
〈何だか分からないけど、戦闘中に考え事なんて〉
「少し黙れよ」
レインの隙を狙った《吸血姫》の夥しい【血槍】が一振りの刃によって全て叩き落とされる。
まるでレインの時間だけ遅くなっているかのように、
〈え?何でその【神刀】が?〉
この世界に3本しかない【特殊武器】の中で最たる能力を有する【神刀】。その内の1本であり、夜を司る神の名がついた刀が持つ能力は『◯◯◯◯◯◯◯したプレイヤーの能力の使用』。
〈【神刀:月詠尊】。話が変わってきたわね〉
「【スキル:明鏡止水】」
〈使いこなす前に!〉
早期決着をつけようと、ありったけの【血槍】を放つ《吸血姫》だが、レインはそのすべてを躱し、捌いていく。
ーーーまるで飛んでくる全ての槍の軌道が視えているかのように。
「羽生さん、お借りしますね。【スキル:盤面観測】」
戦場を盤面と捉えて、行動を先読みする能力。
それは時に自身と相手の行動を予測し、未来観測として機能する。
まるで通り抜けたかのように【血槍】がレインの後ろに抜けていく中で、更に追い打ちをかけるようにレインは手の甲を打ち鳴らす。
〈しまっ、〉
視線の強制誘導。
それにより目の前の敵から目を離すという致命的な隙。
【特殊武器:月読尊】を【特殊武器:悪食魔剣】に切り替え、斬りつける。
「終わりだ」
今際の際、《吸血姫》の薄れゆく意識で見た最後の景色。
自分を殺す少年は武器を持たず、握りしめた拳に風を集中させ、それを射出させていた。
「【暴風!】」




