プロローグ
「――まずい様子がおかしい、家族の方に連絡してくれ」
白衣を着た医者が看護婦に指示を出している。医者は俺をちらりと見ると部屋を出て行ってしまった。
白い部屋にはベッドと俺の命をつなぎとめるための機械があり、機械から伸びた管は全て俺の方へ伸びている。小さい頃から病弱だった俺はずっと入院を繰り返していた。それがここ1年で非常に悪化してベッドの上から出られなくなり、ついには自分の力で呼吸すらできなくなった。
医者からはここ3日が山場だと言われていた。家族は付きっきりで見舞いに来てくれたし、ずっと話しかけてくれた。俺はまだ生きたいと思ったが、体が許してくれないみたいだ。忙しい足音が聞こえると、父さんと母さんが入ってきた。弟も遅れて入ってきたが、弟の顔は涙の跡があった。
「…ト……!……っ!?い…」
耳が遠くなる。おそらく母親が俺に声をかけてくれたのだろう。目も見えなくなってきているが、最後に家族の姿が見えたのは運が良かった。神様が最後の力をくれたのかもしれない。
(俺はやっぱり死ぬのか……母さん父さん弟…今までありがとうな…)
家族に別れの言葉を言えなかったのは辛いが、最後まで家族に愛されていたことを実感できた。鼓動が弱まる。意識にもやがかかってきた。
(生まれ変わっても今の家族のもとに生まれたいなあ……)
「○月×日△時□分、死亡を確認しました」
この日、地球でひとりの少年がいなくなった。魂ごと。
俺が意識を取り戻すと、さっきまでいた病室とは違う白い部屋の中にいた。高級そうな机と椅子があり、実物を見たことはないが、社長室とはこういうものを言うのだろうと思った。少し部屋を見渡していると、不意に背後から声が聞こえた。
「君に話がある。」
いつの間にか向かいの椅子にヒゲを蓄えたじいさんがいた。俺が驚いていると、じいさんは話を続けた。
「異世界に転生して第2の人生を歩んでくれんか?」
異世界に転生……俺はどうやら家族のもとには生まれ変われないみたいだ。