スローライフはまだ始まらない
スライム幼生を採ってきて、三か月ほど経った。ダンジョンの外では夏も盛りが過ぎようとしていた。
その頃、俺とジャックは毎日ニコニコしていた。
やはりスライム幼生は十倍に育ってくれていた。しかも最初から栄養状態がいいから、C級がほとんどいない。A級とB級が半々ぐらい。これは笑いが止まらない。
「そろそろ売りに行くわ」
俺はジャックを置いてドラゴン牧場に行った。
俺は比較的自由になったが、ジャックと二人で外に出ることができない。
「もう一人雇わないといけないかな……」
俺はぼんやりと考えていた。いや、思い切って二人雇ってもいいかも知れない。
「そして俺は楽隠居でもしようかな……」
ふと呟いた。元手もあるし、そろそろ辞めてもいいかなと本気で思っている。
ドラゴン牧場に着いた。いつも通り柵はどこかが壊れている。1年ほど前に俺、ここで修繕作業をしてたんだよな。まさか今、養殖したスライムを売りに来てるとはな。
「今日はどうした?」
「養殖スライムを持ってきました」
すぐにオーナーさんに大桶を見せた。オーナーさんはしばらく大桶の中を見つめている。厳しい視線で値踏みしているのだ。しかしすぐに驚きの表情に変わった。
「はーっ!」
オーナーさんが叫んだ。
「はーっ!」
驚きが止まらないのか、何度も声を出している。
「こんなにA級ができるのか!?」
「ええ。どうですか?」
俺が尋ねると、まだ信じ切れないと言いたげだ。
「いやもう、驚いたとしか言いようがない……」
「お買い上げいただけますか?」
「もちろんだ!」
オーナーさん、かなり乗り気だ。
「ただ、今回は試験なので、半額をお支払い下さればと……」
オーナーさんは、少し止まった。それから「あー」と得心した表情を見せながら言った。
「今でもエドワードさんの弟子なんだな」
「そうですね」
俺はうなずいた。
* * *
いつものようにスライムにエサを与えているとき、知らない足音が背後から聞こえた。
誰だいったい?
「誰だいったい?」
俺じゃない、ジャックが怒鳴っていた。
「ああ、邪魔したか」
その声を聴いて驚いた。そして振り返った。
「エドワードさん!」
ずいぶんと日に焼けたエドワードさんが立っていた。
「気づかなかったか?」
エドワードさんに聞かれた。確かに分からなかった。何でかは分からない。エドワードさんの足音を忘れていたんだろうな。
「俺の靴が変わったからだろうな」
エドワードさんが右足を上げて指さした。
そうだ。以前はもっと柔らかい足音だった。さっき聞いたのは厚めの靴底の音だったんだ。
「野生のゴブリンを狩るには、結構歩かないといけないんだ」
そうなんですか。なるほど……。
「それはともかく!」
エドワードさんが俺の肩を何度も叩いた。
「聞いたぞ!養殖に成功したんだってな!」
「ええ!成功しました!」
俺は何度もうなずいて答えた。
「それもこれもエドワードさんと出会えたからです。それと……ジャック、ちょっとこっち来て」
「承知しました」
ジャックは丁寧な返事をして、俺のそばに来た。
「ジャックが頑張ってくれたお陰です」
「そうか、そうか」
エドワードさんは笑顔でうなずいた。
「そうだそうだ」
エドワードさんが何かに気づいた。バッグの中をまさぐって、何かを取り出した。
「食ってみな?」
受け取ったものを見ると硬い肉のようなものだ。だいたい想像はついている。ゴブリンの干し肉だろう。もう一度言う、ゴブリンだ。俺はあからさまに嫌な顔をした。
「肉、嫌いですか?」
ジャックが不思議そうな表情で尋ねてきた。俺は静かにうなずいた。
「じゃあ俺が食べていいっすか?」
俺はエドワードさんの方を向いた。
「いいんですか?」
「いいぞ」
ジャックはしっかり噛んで、しっかり引っ張ってちぎって、ゴブリンの干し肉の破片を口の中で咀嚼し続けた。
「ああ、うまいっすねこれ!」
ジャックは喜んでいる。それを見てエドワードさんも喜んでいる。こうなると俺も食わざるを得ない。俺はジャックから返してもらって、噛みちぎった。
――クチャクチャクチャ。
「あ、うまいな」
エドワードさんがニヤリとした。
「だろう?初めから逃げるのはいけない。まずは試す。いいな?」
「……はい」
エドワードさんとは一晩中話をした。分かれて数か月しか経っていなかったが、お互いに話すことは山ほどあった。ゴブリン猟の苦労話を聞いたり、スライム幼生を見た話をしたり。いくら時間があっても足りないんじゃないかと思った。
次の日、三人とも徹夜明けで目がくぼんでいた。
「これからどうするんだ?」
エドワードさんが俺に聞いていた。
そりゃもうここまで来たら、待ちに待ったスローライフ生活ですよ……。
「次は光るスライムを養殖したいです!」
ジャックが言い放った。そうだ、確か雇ったときにそういうこと言ってたな。すっかり忘れてた。って言うか付き合わないといけないか?
「おおそうか!頑張れよ!」
エドワードさんがジャックの肩を叩いた。
「はい!」
ジャックも元気よく答えた。
「お前も頑張れよ!」
俺の肩も叩かれた。
「……はい」
まだ俺のスローライフは始まらないようだ。
お読み頂きありがとうございます。
全15話の最終話でした。
養殖は大成功でした。
結局「S級」の話は出てきませんでした。ジャックがやりたがってるので、きっと「俺」は巻き込まれるでしょう。
お金を儲けて、あとはスローライフ生活に入れるはずなんだけど、もう少し先になりそうです。
エドワードさんが最後に、ゴブリンの干し肉を持ってお祝いに来てくれました。ゴブリン猟で元気にやっています。
ここまで本当にありがとうございました。
また別の作品でお会い出来たらうれしいです。
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ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。




