スローライフを夢見て冒険者を辞めたらスライム猟師手伝いになった
冒険者が冒険できない時代だ。それなりに苦労してきたのにだ。
冒険者は意外にも必須スキルがない。元冒険者の自分が言うのもおかしな話だが、地道に身体を鍛えればなんとかなる。
ところが、思うことはみな同じだ。
富と名声を求めるあまたの人が冒険者になって、ダンジョンを巡っている。
新しいダンジョンができたと聞けば、すぐにダンジョンに向かう。
魔法使いも僧侶も手練れは、相応に強い冒険者と組むことになる。冒険者が多すぎて、クセが強い魔法使いや僧侶も売れていく。そこここに転がっている冒険者はパーティーさえ組めない。
一度あったが、盗賊と二人一組のパーティーを組んだら、その盗賊は地下1階で俺の財布を盗んで逃げた。
宝箱のトラップ解除要員だからと戦闘を免除されてる盗賊、それが仲間の金貨を盗んで逃げるんだよ。ちなみに、その盗賊とは後に再会した。かなり強く返済を求めようと思ったが、そいつは魔法使いも僧侶もいる完璧なパーティーに入っていた。そこではおとなしくしていた。
「この盗賊は正義の盗賊だ。仲間の金貨など盗むわけがない」
そう僧侶が言ってた。いや。盗んだんだよ。でも言えなかった。
ダンジョンもひどいものだった。地下1階はモンスターよりおそらくパーティーの方が多い。
「ああ、こんにちは」
「お久しぶり」
そういう能天気な挨拶がダンジョンに響き渡った。
そういう日常を過ごすうちに、俺はさすがに危機感を覚えた。
こういう人生かなりまずいよねと。
ここは思い切って冒険者のグダグダ人生に終止符を打って、スローライフ生活を始めよう。決めた!
俺は静かに冒険者グッズを置いた。正確には革の鎧と剣を道具屋に売り払った。冒険者になる者が多いと辞める者も多い。ということはグッズを売る者も多い。これでもかとばかりに買い叩かれた。
ともかく、俺は身軽になった。春の風が心地いい。混雑の極致のダンジョンを尻目に、俺は放浪の旅に出た。
道中モンスターに警戒しながら歩く必要がある。街道で出るモンスターなんかそんなに恐くなかった。冒険者のときは。
今の俺は丸腰の元冒険者だ。モンスターは低レベルでもめっちゃ怖い。これは心底反省しないといけない。武具ぐらい確保しとけよと。無鉄砲すぎた。
それでも頑張って街から街へと渡り歩いた。街には単発の仕事はある。選り好みしなければカネは稼げる。問題なし。カネも多少は貯まった。
しかし、スローライフとはほど遠い。ダンジョンから抜けてのんびり暮らせると思ったが、言ってみれば街もダンジョン。言うほど変わらない。
それに最近は、何か足りないようなかんじを抱えている。じゃあ足りないものは何だろうと考えても出てこない。
ただ、ぼんやりと、その仕事に惚れ込むことがなくなったかなと思ってる。
冒険者をしていた時は、ダンジョン制覇を目指して、地下を這いずり回り、モンスターを倒していた。目標があった。今は?何もない。
ぼんやりとしたジリジリ感を感じながら仕事をこなしている中で、ドラゴン牧場での仕事が見つかった。内容は「柵の補修」だった。うん、いたって普通の仕事だ。
初日は牧場のオーナーさんの挨拶があった後、普通に始まった。初めての場所ではあるが、日々黙々と働く点では、いつもと変わりない。
休憩時間になった。休めるときには休む。休むときは座るか寝るかする。俺はすぐに木陰に入って地面に座った。
遠くでドラゴンが調教を受けている。空を飛んだり、電撃魔法を見せたりしていた。
――あいつら、何食ってるんだろう?
余計なことを考えていた。
パカパカ……ガラガラ…
遠くから荷馬車の音がする。荷台にはバケツが山積みされていて、リズム良く水しぶきが上がっている。
荷馬車は俺のことを無視して、近くに止まった。
何を運んできたのか見たくなった。見てもいいことが起こることがないのは知っている。でも悪いことも起こらないだろう。
立ち上がって荷馬車に近寄った。
あ、スライムか。
スライムはどこにでもいるモンスターだ。しかも強くない。ただドロップされるアイテムもしけている。スライムを倒すのを面倒臭がるヤツも結構いる。
ただ、この荷馬車は異様だった。
積み上げられているバケツ一つ一つにもれなくスライムがひしめいているのだ。照りのあるカラフルな泥水が不規則にうごめいていると言えるだろうか。湿り気の多い音を立てている。ときどき得体の知れない液体がバケツから飛び出してくる。うう、見てはいけないものを見た気分だ。
とはいえ、冒険者時代にスライムはよく見ていた。特に恐怖心もなく、ビチャビチャ音を立てているスライムを眺めていた。
「どうした?スライムだぞそれ」
振り返ると男が立っていた。
俺はバケツを指さして、作り笑いを見せながら言った。
「しかし、こいつは立派なスライムですね」
業者でもないので本当に立派かどうかは知らないが、元冒険者の直感として言った。
男の表情が緩んだ。
「お、お前、分かるか?」
「ええ」
元冒険者から見たら分かる。
「こいつらツヤがいいですよね」
「これぐらいのヤツをそろえるのには結構苦労するんだぜ」
打ち込んでいるものを褒められると喜ぶものだ。男の雰囲気が変わった。
「でもこういうの、どうやったら遭遇するんですか?ここまで色ツヤのいいスライムって見ないですよ」
「そんなもの言えるわけねえだろ……」
「そうですよね……すみません」
ただ、これが野生で跳ねまわっているのは見てみたい気がする。
ふと疑問に思ったことをそのまま口に出した。
「これ、観賞用ですか?」
「は?こんな人の少ないところで?観賞用スライムを売る?そんなわけねえだろ」
男は苦笑している。俺は渋い表情で「すみません」と言った。
「こいつらはドラゴンの主食だ。すりつぶして食わせる」
――え?そうなんですか?
俺ははっきりと驚きの表情を見せた。
「ああ、野生のスライムを獲って、ドラゴン牧場に売っている。俺たちは自分らのことを『スライム猟師』と言っている」
そういう名前も、仕事内容も全く知らなかった……。それを悟られないように話を合わせた。
「それで、こんな立派なスライムを一杯持ってきてたんですね……」
「そうだ。スライムの出来には自信がある。品質が良いと言っていくつかのドラゴン牧場にひいきにしてもらってる。この牧場もそうだ」
なんとなく想像はつく。一番多く食べるものだからこそ、立派なものを食べさせたい。そうして立派なドラゴンを育てたいのだろう。
「品質をよくするのってどうするんですか?秘密とかあるんですか?」
「秘密はないよ。しっかり見分けて、良いものだけをより分けて納品するだけだ。」
男はこともなげに言った。
「やはりこのへんは腕の見せどころですか?」
「腕も何も、どれだけ丁寧な仕事をするか。それだけだ」
こういう手合いは信用しない方がいい。おそらく何か見極めポイントを持っている。
「そして、特に高級なドラゴンを生産する牧場ほど、いいスライムにはカネを惜しまない」
男が言い切った。
「へえ!」
俺は変な声を出した。
スライムで大金が動くというのは、元冒険者としては想像もつかなかった。スライムごときでだよ?商売のタネになってるんだよ?
カラフルな泥水なんて言って悪かった。バケツの中は宝の山だ。このスライムたちは雑魚ではないのだ。まもなく食われるみたいだけど。
「それって……品質がいいほど儲かるんですよね?」
失礼とは思いながら聞いてみた。
「まあそうだな……。品質差は価格にかなり差が出ると思っていい」
男は困った顔をしつつも答えてくれた。
「なるほど……」
俺は納得した。ただ俺の前にいる男は、おそらく俺の失礼さに納得していない。
「いきなりずけずけ言ってくるんだな」
そうですよね、本当に失礼ですよね。
「すみません。単発の仕事で食いつないでいて、つい……」
「まあいいが、雇えないぞ」
おい、はじめから断られた。いや、雇ってくれと言う前から断られたぞ。なんだよそれ……。
「俺たちの稼業は、良いとき悪いときの浮き沈みが激しいんだ。今の季節は猫の手も借りたいぐらいだが真冬の獲れ高はかなり減る」
「そうですか……」
相槌が精いっぱいだ。もう俺、説明を聞けるような状況ではない。それでも男は続ける。
「野生モンスターが相手じゃあ先行きも不透明だ。一年通しては給料が払えない」
――そうそう簡単に単発脱出はできそうにないな……。せめて短期雇用とか季節雇用とか……。
そのとき、俺はひらめいた。
「季節雇用ならいいんじゃないですか?今は猫の手も借りたいと。猫の手よりはましですよ」
男は驚いている。
「えらい食いついてくるな。まあ……確かに今から忙しくなるから雇いたいんだが……」
「ではぜひ繁忙期だけでも」
男は腕を組んで、顔を上向けて、目を閉じた。何か考えてくれてる。数秒考えたみたいだ、すぐに目を開けた。
「本当に冬になる前に解雇するぞ?本当にそれでもいいのか?」
「もちろんです。単発の仕事よりは安定しますから」
俺の言いっぷりに、男は苦笑を見せた。
「本当に必死だな」
すぐに少しだけ優しい笑顔に変わった。
「分かった。ここの仕事が終わったら雇おう」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げた。素直にうれしかった。ただスローライフが来るのだろうか…?




