十一 更なる追い打ちの事
前回までの、あらすじ。
異世界に転生したと思ったら、釣具になっていた?
しかも、竹竿と貧弱な仕掛けっ。
これでは、小物しか釣れないぞ。
今いるのは、荘厳な森の中。
どんな生き物が、生息しているのかも分からず。
どこに水場があるのかも分からず。
水場に行けたとしても、この釣具では何が釣れるのか?
もう、悲し過ぎて、思わず溜息を吐いちゃう。
それから。それよりも。そんな事よりも。
自分が釣具だとしたら、誰が釣りをするのか?
どうなる物語? どうする私?
あらすじ終わり。
私は、釣具(良く言えば通好み。悪く言えば、ショボショボ)になっていた事に、いたくショックを受けていて、 いつの間にか、激しく現実逃避を決め込んでいて、混乱してこんがらがって、こんな、どうしようもない事を、頭の中に思い浮かべていた。
そんな事をしていても、もちろん、この現実が好転する事などはなく、ただ、ただ、虚しく時間だけが過ぎ去って行き、木々の緑と、ここに住む生き物達が、織りなしている、壮大な命の循環が行われている、森の中に落ちていた陽の光りも、その勢いを、静かに失って行ってしまって、やがて、しんとした静けさが、訪れて、それから、一部の者達を除いて、ほとんどの、者達が、就寝する時間がやって来た。
森の中の雰囲気が、がらりと変わり、昼間は、あれだけ、生き物達の気配に満ちていたのに、誰もが息を潜めていて、ともすれば、何者かの襲来に怯えているのではないのだろうか? とも思えるほどに、物音がなくなって行く。
い、いか~ん。
現実逃避をしている間に、夜になっていやがる。
どうすんだこれ?
そういえば、昔、前世で見た、何も持たずに、一人きりで、人里から離れた、森の中や孤島に行って、サバイバルしているテレビ番組にあったぞ。夜は気温が急に下がったりして、下手をすると、低体温症とかになってヤバいってやつ。
そうだ。こういう時は、火だ。火がないと野生動物も、私を襲う為に、寄って来てしまう。ああ。あれもだ。屋根もない。雨が降って来たら、お終いだ。
なんとか、何かしらをやらないと。まずは、ええっと。
私は、そこまで思うと、体を動かす事ができないので、見える範囲で周囲を見回した。
木の枝や落ち葉が大量に落ちているのが、すぐに目に入って来たので、取り敢えず、あれらを集めて、中に潜り込めば、身を隠す事もできそうだし、暖を取る事もできそうだと思うと、行動に移ろうとする。
は、はうわっ!
私、釣具じゃ~ん。
動けないじゃ~ん。
てぇぇ。そもそも、釣具って、低体温症とかになるの?
獣とかに襲われたりするの?
いや~ん。
私は、また、自分が釣具であるという現実に、改めて、打ちのめされて、現実逃避に走ろうとしてしまう。
「不思議な事もあるキ。突然現れたと思ったら、言葉も話さず、動きもせずに、ただただ、じっとしていてキ。何度話しかけても何も言わないしキ。おい。この木に、寄りかかっているお前さん。お前さんは一体何者なんだキ?」
不意に誰かが話しかけて来て、私は、また、見える範囲で周囲を見回す。
うお!? 誰もいないぞ。ま、まままっままま、まさか? ゆ、ゆゆゆゆゆゆ、幽霊? ゴースト? お化け? 霊魂? だ、駄目だって。私は、そういうのは、駄目だって。
ちょっと汚い話なってしまうが、幼い頃に、某チャンネルでやっていた、〇なたの〇らない世界を、お昼ご飯の時に、うっかりと見てしまって、夜にトイレに行けなくなってしまって、思わず、大きい方を布団の中で、漏らしてしまったほどなんだぞ!!
そんな私に対して、これは、どんな仕打ちだ!
私は、恐怖を通り越して、最早、怒りすら覚えて、逆ギレしながら、お前は何者だ? どこにいる? 私は釣具だぞ? 何かしても無駄だからな。と叫んだ。
「まただんまりかキ。まあ、良いキ。好きなだけ、そこにいると良いキ。見たところ、道具を使える種族が作った物のように思えるキ。その内に、誰かが取りに来るかも知れないキ。それまでは、ゆっくりとしていれば良いキ。ただ、寂しいから、何かしらを言ってくれると嬉しいキ」
再び、声が聞こえて来て、暫くの沈黙があってから、また、声がする。
「まだ名乗ってもいなかったキ。この木は、この森に生えている木だキ。宜しくキ」
そう言ってから、何も言わなくなって、森の中に満ちていた、静寂が、私の周りに戻って来て、恐怖と驚きと緊張と怒りとで、てんやわんやになっていた、私の心が徐々に、落ち着いて来る。
木だって? 今、確かに、自分の事を木って言っていたよな? ここは、木が喋る世界なのか?
だが、そうならば、ありがたい。話が早い。おい。木、えっと、木さん? ここはどこだ? この森の近くに人は住んでいるのか? おお。そうか。さっき、誰かが取りに来るかも知れないとかって言っていたか。なら、近くに誰かが住んでいるんだな? 良かったら、そこまで、案内、あ、違った。誰かを連れて来て、おっと、これも駄目か。木だもんな。貴方も動けない。じゃあ、誰か、今、ここから呼ぶ事ができて、私を動かせそうな誰かを、紹介してくれないか?
私は、必死になって、木に話しかけた。
けれど。木からの返事はない。
どうして無視をする? 話しかけてくれたら嬉しいとかって言っていたじゃないか。まさか、寝てしまったのか? だったら、頼む。起きてくれ。貴方の助けが必要なんだ。このままでは私は、凍死をしてしまうかも知れないし、何かに襲われてしまうかも知れない。釣具だから、平気かも知れないけど。
やっぱり、返事はない。相手はただの木のようだ? さっきは喋っていたのに。
何かしらの理由があって、答えられないのなら、その理由になっている物が片付いてからで良い。お願いだから、あれだ。せめて、今すぐに、何か、一言だけでも、返事をしてくれ、いや、して下さい。
「おい。木よキ。変な物に寄りかかられて大変だなキ」
「これは、隣に生えている木じゃないかキ。そうなんだキ。いつの間にかここにいたんだキ」
「そういえば、そうだったキ。誰が持って来たのか、この木も見てないんだキ」
私の言葉には、何も答えなかったのに、別の何者かが話しかけた途端に、私が寄りかかっている木が、言葉を返す。
どうして無視するんだ? 何かの嫌がらせとかなのか? でも、さっきは声をかけて欲しいみたいな事を、言っていたじゃないか。なんであんな事を言ったんだ?
「そういえば、木よ。別の木から聞いたが、何やら、魔物が、この森の近くにも現れるようになったとかキ?」
「その話なら昨日聞いたキ。だが、問題はないと思うキ。魔物は、動物や、我々のような者達には手を出さないキ」
「そうだが、戦いなどが起これば、それは関係ないキ。燃やされたり、倒されたりしてしまうキ」
お二人さん。私の話を、どうか、聞いてくれ。なあ、お二人さんってば。
また、無視か? どうしてだ? なんで、無視をする? なあ、おい。聞こえないのか?
私は、必死になるあまりに、思わず叫んでしまう。
おい。おいって。私の声が聞こえないのか?
私は、もう一度、声の限りに叫んでから、不意に、ある事に気が付くと、その事に、ショックを受けて、呆然としてしまった。
……。
……。
はっ。いかん。魂が抜けそうになっていた。
我に返った私は、頭などはないのに、頭がクラクラとするような、感覚に襲われ、猛烈な無力感と脱力感と徒労感が、私の全身をこれでもかと苛んで来る。
……。
……。
私は、今まで、一度も、叫んでなど、いなかったのだ。
それどころか、声という物を、出してすらいない。
どういう事かと言えば、私は、一度も、自分の声を、聞いてはいないのだ。
記憶を辿ってみても、こっちに来てから、私は、一度も、自分の声を聞いた事がない。
でも、いくらなんでも、そんな、まさか。きっと、気のせいだ。
私は、一縷の望みを託すような心持ちになりながら、確認する為に、チコの名前を、今まで、声を出していたと思っていた時と、同じように言ってみた。
……。
駄目だ。やっぱり、声は出てはいない。
考えてみれば、当たり前だ。私には声を出すような、喉や舌や口などの、器官がない。
確認なんて、しなければ良かった。
森の中で息を潜めている何者かが、蠢いて、落ち葉や朽ちかけた枝などが、踏み潰される音が鳴り、静寂が一瞬だけ、破られる。
今、森の中で、音がした。音は聞こえている。声以外は、前の、人間の時と、変わっていないように思える。音も聞こえているし、目も見えているし。
私は、耳の方は、体が動かせないので、無理だと思い、諦めたが、目の方の、目を閉じるといった、機能の確認をしてみた。
目は、閉じられる。そのまま、何度か、目を閉じたり開いたりを、繰り返してみる。
違う。違和感があるぞ。瞼が、おかしい? 何か、これは、瞼が閉じてはいない、存在してはいないという、可能性もあるのか? 私はそこまで思うと、意識して周囲の音を消してみるという、前の世界の常識で考えれば、奇妙な事を試してみた。
なんて事だ。これは、多分だけど、目とか耳とかっていう、人の体にある器官の働きで、見たり聞いたりしているんじゃないのかも知れない。何か、意識の力みたいな、何かは分からないけど、そういう物が、働いて、私に、視覚や聴覚みたいな物を、与えてくれているみたいだ。
私は、己の中に、生まれ出た、重く硬い、絶望やら、恐怖やら、悲嘆やら、といった物に押し潰されそうになりながら、そう思った。
……。
……。
ああ。でも、そうか。
そりゃ、そうだよな。
なぜ、声だけ出ない? とは思う。思うけれど。
私は、酷く投げやりな気持ちになって、諦観して、思う。
だって。
私は。
そう。
釣具なのだ。
釣具は、決して、言葉などは、話さないのだ。
釣具は、生き物ではない、ただの、物、なのだ。
私には、言葉を出す事など、最初から、できるはずもなかったのだ。




