一 突然始まった裁判の事
一 突然始まった裁判の事
背後から発せられている、あんた、そりゃ、何ルーメンあるんだよっと言いたくなるようなほどの、光量の後光に照らされていて、姿形が良く分からない、声からすると、老人で男性であろう人物が、突如として告げた。
「人間の男、四十二才、厄年真っ最中の、開玉聖よ。本来なら、お前は、野良の猫ちゃんとてもかわいがり、更にはその猫ちゃんを命の危機から救ったという、立派な行為によって、異世界に転生して、チートな能力を与えられて、ウハウハウへウへの来世を過ごすはずであったのだけれども、お前の、現生でのとある所業の所為で、クレームが入ってしまっているのじゃ。それで、ここに来てもらう事になってしまっているのじゃよ」
「は、はあ」
私は、まったく意味が分からず、状況も呑み込めず、ただ、そんなふうに答える事しかできない。
「あ、そうそうそうじゃった。開玉聖よ。お前は、もう死んでいるのじゃ。ここは、現生と来世の境にある謎の時空間じゃ。まあ、そういう余計な事は気にせんでよろしい。そんな事よりも早速裁判を始めるとしようかの。何せ、原告の数が星の数のように多いのじゃ。まったく、お前は、良くもまあ、こんなにたくさんの生き物達を殺したのう」
「え?! えええ~!? 私は死んだんですか? それに、異世界? それにそれに、裁判? たくさん殺した? えええええ~!?」
頭の中が、一瞬にして、混乱の極みに達し、まるで沸点を大きく通り越した液体のように、沸騰して煮え立ち、思わず、私は、絶叫してしまった。
「ええから。そういうのは時間の無駄じゃから。先に進めるでの。それで、ほれ。右を見るのじゃ。あっちにいるのが、原告の生き物達じゃ。あれらが、お前の罪の数というわけじゃな」
私は右を見る。そこには、いるわいるわ、無数の数え切れない、たくさんの魚がいて、私は、それを見て、すぐに、自分の罪とは何かを理解した。
「たくさんの魚を釣ったのが、罪って事ですか?」
「違うのじゃ。たくさんの生き物を殺したからじゃ」
「それは、でも、だって、釣りをしていただけですよ。私だって、殺したくって殺したわけじゃないんです。釣りをすれば魚を殺す事にもなってしまうんです。けど、そうです。たくさんの魚を逃がした事だってある。猫ちゃんを助けた事で、立派だと言われるのなら、その事はどうなんですか? その辺を考慮して、情状酌量を」
「黙らっしゃい。その辺を考慮しても駄目だという話じゃ」
「そんな」
「罪を認めたくない、と言うのじゃな?」
「いえ、それは」
私が口籠っていると、右手から声が上がった。
「神様。発言を許して欲しいタイ」
「うむ。誰じゃ? マダイか? 発言を許すのじゃ」
「ありがとうございますタイ。では。失礼しますタイ」
そう言って、立ち上がったのか、周囲にいるたくさんの魚達から離れて、その顔がはっきりと見えるようになったのは、なぜか、眼鏡をかけていて、インテリふうに見える、マダイだった。
「被告人。お前は、私の事を覚えているかタイ?」
そう言って、インテリふうマダイが、眼鏡をクイっと上げる。
魚なので、さぞや眼鏡が良くずれる事だろう。
「い、いや、覚えてない。それにその語尾は? 鯛って、話すとそんな語尾が付くのか?」
言ってから、余計な事を言ったか? 語尾の事もそうだし、ここは、嘘でも覚えていると言った方が、良かったのではないか? と思ったが、時すでに遅しだった。
「語尾はお前の為に付けてるんだタイ。神様が、その方がお前が分かりやすいだろうと、言ったからなんだタイ。そんな事は今はどうでも良いんだタイ。なんという嘆かわしい事かタイ。お前は、卑怯にも、生き物の三大欲求の一つである、食欲を利用し、とても美味しそうな、魚類が普通に海で生きていたら、まずお目にかかれない、調味料で味付けをした、アミコマセと、オキアミを使って、私を釣ったではないかタイ。更には、その場で、血を抜いて、締めて、家に持って帰ってからは、鱗を剥ぎ取り、頭を落として、落とした頭を梨割りにして、それから、身の方を三枚におろして、兜煮と刺身を作ったんだぞタイ? その悪逆非道な行為のすべてを、忘れたと言うのかタイ?」
インテリふう真鯛が、文字通り口角泡を飛ばすような勢いで、一気に捲し立てるようにして言った。
インテリふうマダイに、叩き付けられるようにして、言われた言葉を聞き、私の意識は、ふうーっと、今にも消えそうな灯火のように揺れて、気が遠くなって来て、なんだか、目の前が暗くなって来ているような気がして来た。
私は私なりに、釣り好きなりに、懸命に釣りと向き合って来ただけだ。釣りという物を通して、魚や海や自然から多くの事を学んだだけではなく、たくさんの人や猫ちゃんのような、他の生き物とも交流する事もできていて、そのお陰で私の人生はとても豊か物になっていた。私にとって釣りとは、そんなふうに、私の人生の一部を、形作っていると言って良いほどの、とても、深い意味を持っている物だった。
それなのに、その釣りの所為で、こんな事になってしまうのか?
この奇妙な現実を受け入れたくない、私の全身全霊が、現実逃避の為に、不意に、海辺に立って、水面に向かってキャストしている時の、あの感覚を、潮の匂いを、キラキラと陽光に輝く美しい海の姿を、これから起こるであろう、魚との出会いへの期待感などを、思い出させる。
……。危ない危ない。思考が停止してしまうところだった。
違うのかも知れない。そうではないのかも知れない。
私は、釣りという行為の、自分にとっての、良い部分だけを、抜き出して、自分に都合良く、解釈しているだけなのかも知れない。
例えば、釣った魚を締める時に、鋭く尖ったナイフの切っ先を魚の体に突き刺す瞬間や、釣りの醍醐味の一つである、魚の引きを楽しむあのやり取りや、釣った魚をリリースした時に、泳いで行く魚の後ろ姿。
自然やその中にいる生き物達は、果たして、私の事を、私が思っているような存在として、受け入れてくれていたのだろうか?
そんな事を思っていると、とても強い確固たる意志に彩られている声音と、しっかりとした口調で、異議ありにゃんと、誰かが言う声が聞こえて来て、私は、声のした方に顔を向けた。
声の主は、私が良く行く釣り場にいた猫ちゃんであり、最初に神様が話した件に出て来ていた、私が助けた猫ちゃんであった。
その猫ちゃんは、私が釣りに行くと、いつもすぐに、私の傍に寄って来て、ちょこんと座って待機し始めて、私が釣った魚をあげると、その魚を咥えて、まるで、その魚を自分が捕らえたとでも、言いたげな様子で胸を張って、これから始まる至福の時間を期待して、目をキラキラと輝かせて、歩き出し、ちょっと釣り場から離れた所にある自分の寝床で、ゆうゆうとのんびりと食事をするのを常としていた。
猫ちゃんの姿を見て、猫ちゃんの事を思い出すと、自分が死んだであろう時の、前世での最後の記憶が、私の頭の中に、鮮明な映像とともに蘇って来る。
運命の瞬間の、その時は、折悪しくも、魚が釣れずに、待つ事に飽きたらしい猫ちゃんが、どこか、しょんぼりとしたような様子で、私から離れ、寝床に向かって、歩き出して、釣り場に併設された、駐車場の中を進んで行っていた。
一台の大型トラックが駐車場の中に入って来たので、私は、猫ちゃんの事もあったので、トラックの方に目を向ける。大型トラックは、明らかに、猫ちゃんに、気が付いていない動きで、猫ちゃんの方に向かって来た。
私は、なんとかして運転手に猫ちゃんの存在を知らせようと、具体的には、何を叫んだのかは、覚えてはいないが、何かしらを叫びながら竿を振り回し、身振り手振りを繰り返し、それから、いくらそんな事をしても、大型トラックの運転手が、猫ちゃんと、私の存在に、気が付く事がないであろうと悟ると、竿を投げ捨てて、猫ちゃんの方に一目散に走っていた。
それから後の記憶は、判然とはしない。
気が付けば、私は、今、いる、この、まったく良く分からない場所に、立たされていたのだった。




