死体焼却アルバイト
そこには、少なくない数の遺体がこんもりと積み重ねられていた。
ヘルガたちが回収した、運悪く行き倒れた探求師たちの亡骸である。
多くは死亡してからそこまで時間は経っていないらしく、そこまでひどい悪臭は漂ってこない。もともとエドラズワースの迷宮、とりわけ現在盛んに探索が行われている墓廊層《カタコンベ層》の環境が、寒冷で乾燥しているおかげもあるのだろう。
とはいえ、真逆の状態にある隠し部屋においてはその限りではない。彼らをこのまま放置しておけば、名状しがたい腐臭を絶え間なく放つようになるだろう。迷宮という、ただでさえ活動困難な極地環境で、徐々に状態が悪くなっていく仲間の遺体の扱いに、冒険者たちは常に難儀させられてきた。正規の蘇生術を施すにも、物言わぬ死体という数十キロの負担を強いられながらの行動が課せられるわけだし、緊急蘇生術にすら頼れないのであれば、もはや捨て置くほかにない状況も珍しくはない。
「そこで、この遺灰筒を使う」
ガーデルマンから受け取った荷物の中から、ワイナは銀色に輝く円筒形の道具を取り出した。無機質に輝く筒を手渡され、ペシェはしげしげとそれを観察する。
「これは?」
「上のほうをヒネると、ロックが外れてヒンジが開くようになる。そうしたら、中の粉末薬剤を遺体にふりかける。このとき、筒の番号を遺体の足の裏に記しておかないと、あとあと面倒なことになる」
ペシェに筒の構造を実際に示しながら、ワイナは手近な男の足首をわしづかみ、亡骸の山からひっぱりだした。そして防火の術が編まれた銀のシートの上に、男を寝かせてやる。
筒の番号を確認し、同じ番号を男の足裏に脂鉛筆で書き記す。そうしていそいそと彼の装備や着衣を取り外し、生まれたままの丸裸にしてやった。頭部からつま先にかけて、筒の中に封入されていた銀の粉末を振りかけた。
何か忘れている気がする。そうだ、あれだ。ワイナは男から剥いだ装備類を探り、認識票を見つけると、カラになった筒の内部に滑り込ませた。
「さて。これで、遺体に着火する」
マッチを擦り、火種を放る。すると、軽い爆炎を伴いながら遺体は発火炎上した。粉末状の薬剤が激しく反応を伴い、やがて青白い火柱を生じさせながら、男の亡骸を焼いていく。
「おお」
「十分もすれば、シートの上には遺灰だけが残る。それを番号と紐づいた筒に納めてやれば、まずは一人分の遺体回収が完了になる」
「そうすれば、この方は助かるということなのですね」
「筒を無事に地上に持ち帰れさえすればな」
「それが、今の小生たちに課せられし仕事……そう考えてよいのですね」
「ん……まあ、そうだな。クエスト……だな」
「承知しました、謹んでがんばります!」
鼻息も荒く、ペシェは脂鉛筆と数本の遺灰筒を抱えて、死体の山へと駆け寄っていった。
「遺灰は混ぜるな。蘇生失敗の原因になる、くれぐれもシートの洗浄を忘れないように」
ペシェの背中にそう声をかけてやると、ワイナは自身の作業の支度をし始めた。
ワイナたちがヘルガから提案されたのは、遺体回収に伴う雑務である蘇生の下準備、遺灰筒を用いた遺体の収納作業だった。キャンプで軽い仮眠をとらせてもらってから、ワイナはペシェを連れて作業へと向かった。
遺灰筒を用いた蘇生は、緊急蘇生術と同様、蘇生後症候群の問題がついてまわる蘇生手段である。しかし蘇生術が扱えなくても遺灰筒さえあれば仲間を死地から連れ帰ってやれるという手軽さから、界隈の探求師からは重宝されている仕事道具だった。
遺体の着衣を脱がし、番号を書き記し、認識票を回収し、それなりの注意を払いながら遺体を焼却、遺灰を回収する。それなりの数の遺体を筒に収納するにあたっては、いったんすべての遺体と筒を焼却できる寸前の状態にし、しかる後にいっぺんに着火してやるというのがセオリーとなっていた。
複雑な手順があるわけではないものの、少なからず労力が必要となる。そのため、ワイナが組合に属していたころから、遺体回収業務にあたってペシェのような浮浪児を雇うことは過去何回かあった。
おそらくは、それを見越してのことだったのだろう。ヘルガは本当に、作業代を救助費用から天引きするつもりだと、ワイナはなんとなく察していた。
ヘルガは不器用な女である。およそ探求師などという稼業には向いていない、正直で、善良で、健康的な少女である。
お世辞にも裕福とはいえない貴族の身の上で、なんとかヴィッテルスバッハ伯爵家の家名と、家に連なる従者たちの生活を守るために探求師稼業に参入し、死に物狂いで迷宮での一攫千金を追い求めるようになった。
しかしベルペラが指摘した通り、ヘルガが率いる組合が何がしかの大きな実績を残せたためしは、今のところない。潰れない程度には仕事は回っているが、その負担の多くがヘルガや、その秘書兼執事のガーデルマンにのしかかっている、というのが現状である。なまじ想術に関して不得手でなかったことが、彼女たちの多忙に拍車をかける結果となったのだろう。
爵位継承の際、なけなしの財産と領地を取り上げられた現当主ヘルガに、先代のような影響力や発言力などありはしない。産業革命を経、資本主義の法則が大陸を覆い始めた昨今、ヘルガのようないち貧乏領主よりも、小規模事業所の工場長や小売店の店長のほうが、財政的にも安泰なくらいである。
にもかかわらず、なぜヘルガが迷宮行を切り上げないかというと、そこはやはり偉大な先代たちの存在が大きいのだろう。多くの戦争で名を馳せた女傑を祖先に持つという彼女が、いかなる想いで探求師を続けているかは、正直なところわからない。血を分けた家族のいないワイナにはいまいちそのあたりの感覚は掴みかねたが、それでも尊敬する英雄、あるいは勇者に少しでも近づこうとする彼女の姿勢に、悪い印象を抱くようなことはなかった。
だからこそ四年もの間、彼女の組合で探求師のキャリアを積むことができたわけだし、彼女を疑うことへの心苦しさにも繋がっているのだろう。
二時間ほど使って、ようやく二人は三七人分の遺体の下準備を終えた。続いては順次遺体を焼却し、遺灰を筒へと納める作業が待っている。ガーデルマンから受け取った防火シートは五枚なので、七セットで作業を終えることができるだろう。
ワイナは手早く五人の遺体に着火すると、近くの小川へ向かうことにした。
さらさらと流れる水は非常に美しく、水底が透き通っていた。死臭のこびりついた手袋を取り去ると、あらかじめ懐に用意していた石鹸で手を洗い始めた。出発前に購入した、タイムとローズマリーが練りこまれたものである。切り刻んで小分けにしたうちの一つを手にとって、水とともに泡立てる。
その様子を、ペシェは横でじっと観察していた。
「あのう」
「なんだ」
「なぜワイナは、小生をかばってくださったのです?」
「かばう?」
「ヘルガは小生に、働いてお金を払うようにいいました。でもワイナは、そのぶんも自分が払うといいました」
聞こえていたのか。鉄兜越しでありながら、かなり耳聡いほうらしい。
「それはとてもありがたくて、感謝しています。それにヘルガにも、こうして働く機会をいただけて、感謝の言葉もないのです」
「彼女、昔からああなんだ。貴族にも探求師にも向いてない。さっさと辞めちまえばいい」
「小生は、ワイナも探求師らしくないと思います」
「まいったな。退職を勧められちまった」
「探求師は成功を、名誉を、財産を築くために戦うものだと聞いています。時には非情に仲間を切り捨てることもあると。ええ、ええ。迷宮において勇者たらんとする者の考えが千差万別なのは、百も承知であるのですが」
「君みたいな文無しのガキを助けたことが、そんなに変か」
「上では、そういう人はあまりいませんでした。勇猛ではあれど、その……血気盛んな方が、やや多かったように思います」
「そりゃそうだ。探求師なんか、その日暮らしのクズモンばっかりだ」
「では、なぜ? ワイナはなぜ、その、クズモンではないのです?」
「さあなあ……」
決して安くはない石鹸の香りが、ふわふわと鼻腔をくすぐった。
「俺も、そうしてもらったことがあるからかな」
「ワイナも?」
「俺も、君と似たような野良のガキだった。他人様の財布盗んで暮らすような。そんでまあ、一度手ひどいしくじりをした。二度と立てないくらい、ボコボコにしばかれた」
「まあ」
「そのとき、おんなじように仕事しくじったクラリネ……義姉に会った。それで、なんというか、姉弟になって……拾ってもらった」
「それは、なぜ? どうして、お姉さまはそんなことを?」
「『世の中クソだと思ってるクソ同士、仲良くなれると思ったから』だと」
「小生が、世の中をく……くそだと思っていると、そうおっしゃりたいのですか」
「違うのか?」
「小生はそうは思いません。姫勇者が駆け巡ったこの世の中が、そんな、とるに足らないものであるはずがないでしょう」
「その年で久遠の花嫁求めて命を懸けるくらいだから、そりゃそうだろうさ」
「ワイナはどうなのです? 久遠の花嫁がどんなものか、気にはならないのですか」
「そうだな。いくらで売れるかは気になるが……」
ワイナはフードごしに頭をかいて言葉を探した。
「俺自身が金持ちになったり、誰かより偉くなったりしたいわけじゃない」
「それでは……なぜ、遠征隊に?」
「人を探しにきた。死人だが」




