5.答え合わせ(中編)
クロエは1人王室の馬車に乗り、護衛に囲まれ王都を目指した。
その後ろをジャック・フランドル公爵が馬車で追う。馬車に乗り込む父の背中にジョンは語りかけた。
「クロエに何かあったら、俺は必ずこの地に連れ戻す。例え西の塔に幽閉されたとしても、愛する人のためなら、俺は悪魔に喜んで命を売りはらい、助けだすんだ。」
「……何が言いたいんだ?」
ジャックは、息子に振り向かず話した。
「俺はあんたとは違う。ただ見ていただけの、何もしない男じゃない。俺は愛する女のためなら悪魔にもなれて、父親だって殺せる。」
ジャックは振り向き、息子を睨みつけた。
ジョンは優しく微笑み返す。
「行ってらっしゃい、お父様。」
ジャック・フランドル公爵の馬車は出発した。その後ろを、騎士団長のレオナルドが護衛する。
「レオナルド、リアムを連れて行け。コイツは俺の眼だ。お前らよりも仕事が出来る。」
(ただ、クラウス王子を殺さなかったのは意外だったがな…。)
ジョンは、嬉しそうに擦り付くリアムの頭を撫で、返事の無い弟に視線を移す。
「…わかりました。」
歯を食いしばり、何か言いたそうな顔をするレオナルド。でも、あまりにも兄の眼が怖くて何も言えない。そのまま騎士団を従えて出発した。
残されたジョンは、父の代わりに北部総督の仕事をする。
「おい、ダンテ。ご主人様がいなくて暇だろ?俺の仕事を手伝え。」
「はぁ、…また、何をやらせるんですか?」
「〝備えよ〟だ。そう遠くない未来で戦いの予感がする。」
※
王宮では、皇后が怒りで金切り声を上げていた。
「ふざけるなっ!!クラウスが勝手に王を名乗り、王命を出しただと?!王の代理は私よ?あの男ふざけやがって!!」
「皇后さま、落ち着いて下さい。クラウス王子はフランドル家の次男の嫁に面会したいようです。」
それを聞き皇后は顔を真っ赤にさせて、ガシャン!とワインのグラスを投げ捨てた。
「たかが、フランドルの次男の嫁に会いたいがために王命を出したのか!?その女は一体誰だっ!!」
「ま、マリオ・ガーランド公爵さまの長女です。名前は確か、クロエだったか…。」
側近はしどろもどろで答えた。
「いいか、お前たち。クラウスに従った家紋達を覚えておきなさい。時が来たら兵も含め殺してやる! それから、クロエと言う女が来たら教えなさい。どんなアバズレか見てやるわ。」
もう既に王室の勢力は皇后とクラウスで二分されている。ただ、王室と密な関係でもあるルミナス家の力はまだ絶大だった。
一方、西の塔にいるクラウスは、クロエの到着を焦る思いで待っていた。
「陛下、クロエ様が正門に到着したと連絡がありました。」
「迎えに行く!」
一報を聞いて、いてもたってもいられず飛び出した。従者の制止を振り切り、クラウスは走り出す。
その姿を見て、皆はクラウス陛下が王命を出してまで、逢引きしたい女がどんな人物なのか気になった。
王室の馬車はかなりのスピードで馬を走らせた。中では乗り物酔いに耐え、グロッキーな顔をしたクロエがいる。
やっと到着したと、フラフラしながら馬車を降りた。すると、誰かが遠くで懐かしい名前を呼んでいる。
「美奈子!!!」
美奈子はドキッとした。自分の本当の名前を呼ばれた。声のする方を見ると、あのクラウスが走って来たのだ。
「美奈子!俺だよ、お兄ちゃんだよ!!」
「はっ?へっ?ええええ??」
お兄ちゃんはクロエを抱きしめた。人目なんて気にしない。
「俺、クラウスに憑依しちゃったんだぁああ。」
クロエの耳元で、泣きだしそうなひ弱な声で言った。驚きながらも、クラウスの口を押さえる。
「本当にクラウスの中にお兄ちゃん?ちょっ、ここじゃだめよ!誰もいない所で話そう!」
クラウスは口を塞がれながら頷く。良く見ると、だいぶ血の気の取れた物腰の低そうな青年になってしまった。本当に中身は私のお兄ちゃんなのだと、美奈子は実感した。
クラウスはすぐにクロエの手を取り、1番近い聖堂に向かった。
「誰も人を近寄らせるな、護衛も中には入るなよ!見張れ。もし誰か入ろうとしたらその場で処刑する!!」
本物のようなクラウスの凄みで祐司は言った。誰もが恐れ慄き、命令に従う。
レオナルドは顔を真っ青にして、クロエとクラウスが聖堂に入るのを見届けた。
2人が入った聖堂は、家族旅行で行ったドイツのケルン大聖堂に似た造りだった。天井が高くて、奥には綺麗なステンドグラスがある。
奥まで行き、レトロなパイプオルガンの椅子にクラウスは座った。
「美奈子、大変だ。未来が変わってしまった!」
早々に何を言っているかわからず、兄を落ち着かせる。
「お兄ちゃん、落ち着いて。最初から教えて、どうやってこの世界に来れたの?クラウスはどうなったの?」
「ああ、そうだな。順を追って話さないと…あああ、でもやばいんだって!!」
兄のパニックにすでに頭痛がしてきた。美奈子は少しずつ、質問をしながら兄の話を聞き出した。
すると、この世界はクリスタとクロエの母アリアが、異世界からこの世界に人を引き込んでいる事が分かった。そして、本当の物語の主人公はクラウスだと言う。
「この物語の主人公がクラウスなのは理解した。じゃあ、私はサブストーリーの1人ってこと?私はクロエが主人公だと思ってこの世界にいたのに…。納得できないなぁ。」
「いいか、美奈子。この世界はお前の好きな転生令嬢モノでは無い。俺から言わせればここはホラーの世界だ。そもそも、転生とか言うジャンルは俺から言わせれば全部ホラーだ! 話がそれたがクリスタは言い換えれば〝パラサイト〟誰かの物語に寄生して書き換える〝呪い〟だ。」
「やっぱり、クリスタが悪なのは気がついてたわ。でもどうして、アリアまでが誰かを引き抜いて私のようにクロエにさせているの?」
「アリアについては話が長くなるが、彼女がもっともクリスタの呪いの被害者だな…。クラウスの話しより先にアリアの話をしよう。」
兄の話すアリアの物語にぞっとした。
アリアは亡くなった王に寵愛され、西の塔に幽閉された。
王の異常な性癖で悲惨な毎日を過ごし、アリアは王の子を産む。それがクリスタだった。
マリオとジャックはクリスタを救出するが、王はアリアに刺されて死ぬ。
騒動のさなかで、クリスタはルミナス家のアレンに保護される。
マリオは南部でアリアを匿った。その後、マリオと結婚し産まれたのがクロエだった、
王の死は暫く内密にし、病死と隠蔽したのはルミナス家と皇后だ。皇后は身籠っていて、ルミナス家と結託し王の代わりになった。
一方、クリスタは美しい女性に成長した。そしてある日、呪いにかかる。
「お兄ちゃん…クリスタは最初から悪じゃなかったの?」
「その通りだよ。アリアのように心も美しい子だった。でも呪われたクリスタは、クリスタの為に物語を可変させた。彼女を楽しませるために呪いはクロエを悪役にしたんだ。」
「悪役にされたって?だから私たちはクロエに充てがわれ、クリスタはクロエの死を何度も繰り返して物語を楽しんでいるの?」
「そうだよ美奈子。アリアの子供たちは呪われしまった。2人に自我はもう無い、ただの器だ。アリアの死後、呪いは残酷にもアリアをクロエの中に入れてもう一度殺した。そこで異変が生じた。アリアもまた自分を呪いに変えたんだ。」
「……私も、キャンディーも、お兄ちゃんも連れて来たのはアリア?」
「ああ、アリアはクリスタの呪いに打ち勝てるクロエを探していたんだ。」
兄の話を整理しきれていない頭で、美奈子の心に浮かぶのは、悲しみと怒りだった。
「お兄ちゃん、…あたし帰るわ。クリスタを物理で殺してくるね。」
「待て待て待て、話を聞け〜!ここからだよ、俺の話はっ!」
本当に殺しに行きそうな顔を見て、祐司は慌てて美奈子を引き止めた。
「俺は、この物語の未来が見れるんだっ!!!」
「なんだってぇー?!それを早く言ってよーー!!つか、それチートじゃねーかーー!!!勝ち確、勝ち確ー、もう楽勝じゃん。」
美奈子はクラウスの胸ぐらを掴み詰め寄った。
「最初に言ったけど、この物語の主人公クラウスは絶対に死ぬ運命で死んだら10歳に戻る呪いを繰り返されてるのね。んで、今回も死ぬ予定だったんだけど、死ななくなったの。…美奈子、苦しいぃ。」
美奈子はずっとクラウスの首を絞めるように胸ぐらを掴んでいた。嬉しそうに、パッと話してやる。
「へー、良かったじゃん!めでたい、めでたい!ちょっと、お兄ちゃんそのパイプオルガンで何か引いてよ。お祝いに歌ってあげるよ。」
「はあ?真面目に聞けよ?これはお前にも関わる大事な話しだぞ。」
祐司は怒りながらも、目の前にあるパイプオルガンに興味津々だった。彼は幼少からピアノを習っていた。絶対音感もあるし、即興も出来る腕前だ。
「…まだ時間もあるしな、ちょっとだけ弾いてみようか。」
満更でも無い様子の祐司は嬉しそうに鍵盤に向かって座った。美奈子も横に座る。
「凄いねこのピアノ。やっぱり、王道でヴィヴァルディの春とか?」
「ふふ、美奈子。お前にしては王道すぎるぞ、ここはアニソンメドレーで行こうじゃない。90年代から行くか?」
「流石ね兄ちゃん!いや、80年代後半からアチめでお願い。」
「まかせろ!まずは、指ならしにいつものやなせ先生から行くぞ!」
「任せて、お兄ちゃん!クロエの美声に酔いしれな〜⭐︎」
神聖なる聖堂で、パイプオルガンでアニソンメドレーを熱唱した。クロエの美声と、クラウスの弾き語りが熱くこだまする。
子供時代に兄妹はよく歌っていた。お互い昔を懐かしみながら、ほんのひと時だが現実逃避が出来た。
「美奈子、クロエはめちゃくちゃ歌上手いな。」
「お兄ちゃん、クラウスもイケボだったよ。」
2人は熱い握手を交わす。そして、残酷な現実に戻り話を続ける。
「未来が見れるなら、私はクリスタを倒せる?」
祐司はクロエの手を触れてみた。頭の中にビジョンが大量に流れ込む。何一つ追えない量の情報量だった。
「…なんだこれ?クロエは何回死んでるんだ?俺はクラウスとクロエの死の回数は同じだと思ってたんだけど。おかしいな、クロエはそれ以上に死んでる。犠牲者が多すぎてお前の未来がよく見えない。」
「そんな!良く見て、私は絶対にクリスタを倒したい。ヒントでもいいから良く見て!」
もう一度集中し、美奈子の未来を見る。
「…弟だ。弟に誰も辿り着いていない。」
「弟?ヨナスの事かな?」
「ごめん、弟が誰なのか良くわからない。それよりも、美奈子…お前マリの母ちゃんに殺されるぞ。」
マリの名を聞いて、美奈子は固まった。
「マリは生きているの?!マリのお母さんもこの世界にいるの?」
「ああ、生きているよ。マリって子はお母さんと一緒だよ。でも、マリの母ちゃんは転生してお前を恨んでいる。厳密に言うと、前のクロエだった奴をな。クリスタを倒す以前に、その女には気をつけろよ。そこまでしか今は見えない。」
マリが生きている事が心から嬉しかった。でもマリの母に殺される事が理解出来ない。美奈子は自身満々に言った。
「大丈夫よ、お兄ちゃん!私、死を恐れなければ、絶対に死なないの。」
(そんなクロエのストーリー設定、俺は知らないけどなぁ。)
祐司はここまで話せたなら、妹の未来も変えられそうだと少しだけ安心した。そして、変わってしまったこの物語の結末を話す。
クラウスは皇后に殺されず、南部に戻ったマリオ・ガーランドが軍を率いて王都を火の海にした。すぐに王都は陥落する。皇后とルミナス家は、クラウスが処刑した。
その後もマリオとクラウスは、北部を侵略しフランドル家を消滅させた。クラウスは北部と王都の制圧だけでは無く、殺戮を繰り返し国を滅ぼした。その後、王族の名を捨て自ら身を隠し、誰も彼のその後は知らない。
最終的には南部が新しい首都になり、マリオ・ガーランドが皇帝として新しい帝国が出来たのだった。
これが祐司が見たこの物語の新しい結末だ。
「なっ!フランドル家は殺されるの?クラウスとマリオに?!」
「ああ、フランドルの一族は皆殺しだ。ジョン・フランドルだけは、最後まで生き残り戦っていた。だいぶ手こずってたけどクラウスが殺したよ。」
淡々と話すクラウスを見て、クロエは涙が溢れた。
「そんなの変だよ。お兄ちゃんがクラウスでしょ?お兄ちゃんが皆んなを殺すわけないでしょ?」
「ああ、俺は人を殺せない。恐らく戻ったんだ…現実の世界に。クラウスはまだ生きていて、今は病院に居る俺の中に憑依しているはずだ。」
祐司はこの先を話すことに戸惑っていたが、少し時間を置いて話し出す。
「俺、皇后さまの事を愛しているんだ。」
「え?」
クラウスの死の元凶は皇后だ。その皇后に恋をした?愛している?美奈子の目は点になる。
「俺と皇后さまはもう愛し合ってるんだ!俺はこの世界で彼女と添い遂げたい!美奈子、現実に戻って俺を殺してくれないか?クラウスさえ居なくなればこの国は滅びないよ!」
「は?待て待て、現実世界の戻り方も知らないし、クラウスを殺すって!何言ってんの? つか、お兄ちゃん、皇后様とどこまでの関係なの?」
「だから、俺たちはもう愛し合っているんだよ!勿論、合体済みだっ! み、美奈子だって、毛皮に裸でレオ様に迫っただろ?あれが妹だと思ったら、お兄ちゃん何だか複雑な気持ちになってきたな…。」
「ちょっとおお!!お兄ちゃんは私のストーリーを見たの?つか、合体済みってなんだよ!! お兄ちゃん、ここはオーディエンス方式の世界じゃ無いよね?観客のパラメータでストーリーが変わる方式。例えば週刊誌の少年漫画みたいに死んだ人気キャラが好評でマーケティング的に復活するとかあるじゃん。私たちの物語、今誰かに見られてないよね?」
爪を噛み色々と推理し焦る美奈子を落ち着かせる。
「深読みするな妹よ。クリスタの場合は、この世界に呼び込むために呪われたウェブトゥーンを読んだ者を呼び込んでいた。恐らく俺たちが死ぬまでこのストーリーは見られる事は無いよ。」
「…そっか、私が読んでいたのは前任者が歩んだストーリーだったね。ん?でも、私が死んだらこのストーリー読まれるの?やばくない?」
「妹よ、何度も言うが。この世界はお前が好きな令嬢やなろう系の世界では無い。ここは、“ホラー”なんだよ!B級ホラーとエロは常に一つだ。…現に俺はもう皇后さまと、ど変態な事をしてしまった。」
「馬鹿野郎!やっぱりここは、悪役令嬢・乙女向けの世界なんだよ!どエロい事してたらなぁ!書籍化とコミカライズの夢が消えるだろーがっ!!!」
「なっ?! 諦めろ、美奈子!それは絶対に無理だ!!」
「うるせー!私はなぁ!アニメ化夢見て推しのイケボ声優を毎夜お布団の中で脳内選出してたんだぞー!!」
「残念だが諦めろ。俺は皇后さまに口では言えない事を、口でいっぱいしてしまった!!」
「うるせー!それ以上喋んなボケカス!!」
美奈子の怒りが最高点に達し、兄を張ったおし、足蹴りする。「ごめん〜」と謝り続ける祐司。
だがクラウスの身体は強靭で、クロエの蹴りは何のダメージも無い。
クラウスとマリオがこの国を滅ぼすと言う危機に、村井田兄妹は論点を大きく外し小競り合いを始めた。
「そこの赤毛!何をやっている!!」
ツッコミ・静止も不在の中で2人を止めたのは皇后の声だった。聖堂に響く声に誰もが固まった。
「不敬だわ!あの女を殺しなさい!」
皇后は連れてきた兵に命令をした。クラウスは慌ててクロエを庇うように前に出て隠す。
「皇后さま、誤解です!俺たちは兄妹喧嘩みたいな戯れをしていただけです。」
皇后はずっと眉間に皺を寄せている。
クロエは怯む事なく、堂々と前に出て皇后に話しかけた。
「皇后様、大変お見苦しい所を見せてしまい申し訳ございません。クラウス殿下は幼少から私の父に育てられました。私は殿下を兄と慕い、殿下も私を妹として接してくれたのです。そして久しぶりの再会で少しはしゃいでしまいました。」
「赤毛、私はお前に話す許可を与えていないぞ?」
皇后は冷たい態度でクロエをせめた。それ以上クロエは何も話さず、皇后の目を真っ直ぐに見ている。
クラウスは慌てて、皇后に近寄り手を取った。
「皇后さま、どうか彼女を許して下さい。俺にとって本当に大切な妹なんです。」
いつもの犬のような目で見られ、皇后の怒りは少しだけ落ち着いた。
「そう、わかったわ。兵士たち、赤毛はもう帰るようだから馬車まで送りなさい。私は王子と2人だけの話をするわ、お行きなさい。」
皇后の兵士は、クラウス王子と2人だけにするのを戸惑った。でも皇后の命令は絶対だ、言われてた通りにクロエを連れて行く。
別れ際にクロエはクラウスに言った。
「お兄様、お手紙を書きますね。」
クロエは無事に聖堂を出て、王室の馬車に戻された。
皇后とクラウスは聖堂で2人きりになると、「バチン」と平手打ちした音が鳴り響く。クラウスは皇后に叩かれた。
「お前!何故、王を名乗り王命を出した!王の座は娘に渡すと約束したでしょ?!」
皇后の気迫とお叱りに、クラウスの目からはポロポロと涙が溢れる。
「ご、ごめんなさい。皇后さま、…フランドル家が妹に会わせてくれなくて、…だから、俺っ…。怒らないで下さい…。嫌いにならないで下さいっ…うう…。」
クラウスは跪き、皇后の足元で泣いている。「ごめんなさい」と繰り返し縋るように言うのだ。
「…クラウス、お前は私の事が本当に好きなのか?」
祐司の声が届いたのか、皇后の声は密夜を過ごした時のような優しい声だった。
「はい、俺は皇后さまが大好きです。愛しているんです。今から外に出てみんなに公表してもいい。大声であなたを愛していると叫べます。」
「…そう。気持ちだけは受け取るわ。もう涙と鼻水を拭きなさい。」
皇后はクラウスにハンカチを渡した。一連の騒動を許してもらえたようで祐司は安心した。
「皇后さま、このハンカチ返さなくても良いですか?」
「どうしてよ?」
「それ、俺の口から聞きたいですか?」
「……いいえ、やめとくわ。」
皇后が聖堂を出ようと扉を開けようとした時、クラウスはその手を止めた。
振り向く皇后に優しくキスをした。外を出たら2人は敵対関係に戻り、互いの塔に帰る。
初めて、皇后さまの部屋以外で触れる事が出来た。
何度もキスを交わしたかったが、皇后はそれを止める。
「今夜も来なさい。」
そう言って、愛しい人は背を向け外に出た。先ほどまでの甘い顔が、冷たい氷の女王に変わる。
寂しさを感じながらも、今日も祐司は早く夜が来るのを待ち望み、愛する人が死ぬことのない未来を願った。




