4.答え合わせ(前編)
次の日朝、別邸では何事も無かったように、また3人での生活が始まった。
ダンテは朝食を本邸から運び、忙しそうにテーブルに並べていた。
「ダンテ、すぐにコーヒー持って来い。」
怠そうにジョンは部屋に入ると、どかっと座り横柄な態度でダンテに命令する。「はいはい」と、こちらも気怠そうにコーヒーを淹れてやる。
ジョンがコーヒーを飲んでいると、クロエも食事をする部屋に入って来た。
「おはよう。」
わざとでは無いのだが、ジョンはクロエの挨拶を無視した。冴え切らない頭でコーヒーを飲む。
クロエは自分の席に座る前にジョンに近づき屈む。一方的にチークキスの挨拶をした。
それを見てダンテからは「ひいっ!」とひきつった悲鳴が漏れる。
平然と何事も無かったかのように、自分の席に座ろうとするクロエの手首を、ジョンは苛立ちながらすぐに掴んだ。
「はぁ?クロエ、何だよこれ。これがあの約束だったら許さないぞ、俺の口にちゃんとっ」
クロエは話ている途中のジャックの口を塞いだ。「ちゅっ」とわざと音を立てながら唇を合わせたキスだった。
「はい、これで今日は終わりね。」
あっけに取られたジョンの手を振り解き、自分の席に座る。
突然のクロエからのキスに、ジョンは顔を赤くしている。その光景を見てダンテはまた叫んだ。
「お、お嬢!何やってんだよ?!気は確かか? ずっ、ずるい!ずるい!俺にもやってよ今の!!」
「ダンテ、朝からうるさいわよ お黙り。早くあんたも座って食べましょう。」
「ダンテは部屋を出ろ!クロエ、今のは何だ?俺は、ちゃんとベロ入れるヤツがしたい!!」
クロエとダンテは、「何言ってんだコイツ?」と言うような目つきでジョンを見た。
「ダンテ、早く座って食べなさい。ジョン、勝手に私の騎士に命令しないで。それで、今日は公爵の息子らしい行いをするんでしょうね?」
ダンテは言われた通りにクロエの横に座り、彼女の好きな紅茶を淹れる。ジョンの不満は募るばかりで、とても不機嫌だった。
「俺の話を聞けよ、畜生が。 ああ、この後は仕事で本邸に行く。」
悪態をつきながらジョンは食べ始めた。クロエにはジョンの仕事が何なのかは知らない、だが彼は約束通りに更生したようだ。一先ずは様子を見守ろう、ジョンを優しい目で見つめる。
朝食が終わり、ダンテは片付けを始めた。ジョンは出かける準備のため自室に戻っていた。
クロエも自分の部屋に行こうとするが、その前にジョンの部屋を訪ねた。
「ねぇジョンちょっと、確認したい事があるんだけど。少しいい?」
扉が開くと、不満を募らせた顔が現れた。何も言わずジョンは強引にクロエを部屋に入れ、鍵をかけた。
「ちょ?何で鍵かけるのよ!」
「お前の腰巾着がすぐ来るからだ。それでお願いって何だよ?」
今にもジョンに襲われそうな雰囲気にたじろぐが、クロエは勇気を持って言った。
「舞踏会までもうすぐでしょ、馬車の手配大丈夫よね?後、早くあなたの招待状を渡して欲しいの。」
舞踏会の参加には招待状無しでは城に入れない。クロエには招待状が無かった。届いていたとしても、舞踏会に行かせないと命じたジャック・フランドル公爵が握り潰しているはずだ。
「ああ、招待状も馬車も手配してやる。その代わり条件がある。」
「は?前は無償で力貸すって感じじゃあ無かった?」
「世間知らずのクロエ嬢、世の中はそうあまくは無いんだ。願い事1個につき5分お前を好きにするって事で取引しよう。だから今回は2つで10分だ。」
それを聞き、ぎゃあぎゃあと騒ぐクロエの手首を強く掴み、部屋の奥に連れ込む。ジョンはベットに腰かけて、クロエを立たせた。
「招待状と馬がなければ何も成し遂げられねーよな?なら、10分我慢しろよ、お前に拒否権は無いぞ。」
「そんなの酷い!1日1回のキスもしてやってんのに、今度は何させる気よ?」
今朝の事を思い出し、ジョンはまた少し不機嫌になった。仕返しのように意地悪く言う。
「お前のデカ乳を見せろ。言うことを聞かないなら、舞踏会には行けないぞ。」
美奈子は怒りに震えた。何故、クロエの美しい爆乳をこの男に見せないといけないのか?
はっ倒したいが、招待状と馬車がどうしても欲しい。
少し考える。私には成し遂げたい野望があるのだと、「クロエごめんね」と心の中で謝り意を決する。
後ろ手で背中の紐を解こうとした。
だがすぐにジョンは引き寄せて、クロエを膝に跨る格好にさせた。
「時間がもったいないだろ。最後まではしないから、ビビるなよ。」
クロエは少し胸の開いた服を着ていた。ジョンは谷間に手を掛けて、思い切り下に引っ張る。溢れそうな胸がぶるんと飛び出した。
「ちょっと、ふざけないでよ!」
流石にこれは酷いと、ジョンをぶん殴ろうと思ったが、彼はクロエの胸に顔を埋めた。しっかりと抱き離さない。そして、豊満な胸にキスをし始めた。
「ねぇ、本当にやめてよ!」
朝の仕返しのようにジョンは「ちゅっ」と音を立てキスマークを付けている。時々強く吸われた。
クロエはずっと拒否する言葉しか吐かないので、仕方なくジョンは提案する。
「これ以上、お前の胸にキスマーク付けられたくなかったら、残り時間は俺とキスしろ。」
どちらにしろ、ジョンから逃げられない選択で嫌になる。
「ねえ?一応、私は人妻なんですけど、わかってる?こんなの酷いわ 服を戻させて」
「ああ、わかってるよ。だから尚更、こんなにキスマーク付け続けたらまずいよな?不貞だとバレるぞ?」
自分の胸を見て赤面するクロエに、ジョンは噛み付くように口付けた。クロエの舌を吸い、絡めて離さない。
逃げられないクロエは顔を赤くしながらも仕方なくキスに応えてしまった。これは全て舞踏会のためだと言い聞かせ、残りの時間を耐えた。
「はぁ、…もう、時間でしょ?離してよっ…んん…」
「…俺の中じゃ、まだ10分経ってねーけど。仕方ねーなー。」
息を荒くする姿が可愛いなと思いつつ、ジョンはやっと解放した。すぐにクロエは服を整える。
ジョンは招待状を突き出した。悔しい顔で受け取るクロエ。
「馬鹿ジョン!当日の馬車も忘れないでよ!」
「ああ、お前も俺への毎日のキスを忘れるな。」
クロエを翻弄し、すっかり上機嫌になったジョンは笑みを浮かべている。それが、本当にイケメンだと思った自分が悔しい。更には、顔が良いだけでこれ以上怒る気にもなれない自分がもっと情けないと、逃げるように部屋を出た。
独りになったジョンは自分の口を触り顔を赤くして、先ほどのクロエを思い出していた。
「やっぱり、本物はクるものが違うな…。」
※
ジョンの部屋を出るとクロエは慌てて自分の部屋へと向かう。
運悪く、クロエを探していたダンテに出会ってしまった。
「ダンテ!私、着替えるから部屋に入らないでよっ。」
クロエは顔を赤くして胸元を押さえ、叫ぶように命令した。
部屋に鍵を掛けて閉じこもったクロエに、ドア越しで声を掛けてみる。
「お嬢、体調でも悪いのか?」
心配しているダンテに「大丈夫だから!」と返事をしながら、急いで胸元が隠せる服に着替える。
着替えの最中に窓から、馬に乗って向かってくるレオナルドの姿を見つけてしまった。
「ダンテ!れ、レオナルドが来るわ。用件を聞いてきなさい。」
ダンテは返事をして、急いて玄関に向かう。
(なんで、こんなタイミングでレオナルドが訪ねて来るのよ!)
昨日レオナルドは妻を蔑ろにしないと誓っていた。彼は真面目で誠実な性格の人だ。顔面に頭突きをしたお陰で、クリスタの呪いから解放されている。
恐らく、これからのレオナルドは本来の姿でクロエに接してくれるだろう。
美奈子は嬉しく思う反面で、先ほどジョンとの行為を思い出した。悪い事をしてしまったと思うと、彼にどんな顔をして会えば良いのかわからない。
(あ、…クリスタの部屋にガサ入れした後も、彼はこんな気持ちだったのかな?)
「お嬢、レオナルド様が面会希望だとよ。どうする?」
ドア越しからダンテの声が聞こえた。クロエはドアを開ける。
「会うわ。行きましょう。」
スタスタと毅然とした態度で玄関に向かう。クロエの顔はもう赤く無い。体調は心配無さそうだとダンテは安心した。
「クロエ、急にすみません。朝食は食べましたか?」
玄関ホールに居たレオナルドはクロエの姿を見て、嬉しそうな顔だ。
「ええ、もう食べたわ。急にどうしたの?」
「これから騎士団の仕事で外出します。その前に、言いたい事があって。…あの、…夕食はここで僕もご一緒しても良いでしょうか?」
「あ、…ええ!勿論よ。」
驚きながらも、了承した。クロエの返事に顔を輝かせるレオナルド。
「ありがとう。では、行ってきますね。」
彼は自然にクロエに近寄り、肩を抱き寄せ額に軽いキスをした。
「へぁ? あっ…い、行ってらっしゃい。」
クロエは気の抜けた変な声でレオナルドを見送る。彼は白のマントをなびかせて、颯爽と白馬を走らせる。その後ろ姿すらかっこ良く見えて、ときめいてしまいそうだった。
暫く、ぼーっとレオナルドの姿が見えなくなるまで眺めていた。気を抜いていた瞬間にドン!と背中を小突かれた。
直ぐに振り向くと、また苛立ちを隠せない顔のジョンがいる。
「どけ、俺も行ってくる。」
「痛いじゃない!何すんのよ、馬鹿ジョン!」
「うるせー、お前が間抜けな顔でずっとそこで突っ立てたからだろ?」
ジョンは本邸に行くのか、気品に満ち何もかもが高級そうな服装に着替えていた。
「行ってらっしゃい。」
ジョンの後ろ姿に声を掛けた。
すると、急に思い出したかのように振り向いてクロエに近寄る。ぐいっと、クロエの腰を引き寄せて口づけた。
ジョンの金色の美しい瞳にはクロエが映る。口を離し、愛おしく、囁くように言った。
「ああ、行ってくるよ。」
急にキスをされて驚き、間抜けな顔をしたクロエ。 その顔を見て、「フン」と見下すように鼻で笑いジョンは行ってしまった。
また不意をつかれ、美奈子はじわじわと怒りが湧いてくる。
「あ、あんにゃろ、またキスしやがって!!」
クロエは顔を赤くして怒ってはいるが、嫌では無さそうだ。ダンテは一定距離を保ちつつクロエを見守り、観察していた。
「ああ、でも。…俺のクロエにこれ以上は誰も触れさせない。」
ぽつりと、心の声がダンテの口から漏れた。
※
王都は毎日、今週開催される舞踏会の準備で慌しい。今回の舞踏会では、皇后はマリー王女の結婚相手を決める噂があった。誰もが注目する中で、クラウス王子の帰還で自体は一変する。
彼は北部周辺領域の侵略戦争に勝利し帰還した。国民は皇后やマリー王女の存在を忘れてしまったように、側室の子であるクラウス王子を讃えている。
派手な凱旋パレードもなく、王子は自ら最前線で戦い勝利した。そして、多くの富を国民に還元する。
謙虚で御心のある方だと、人々は「クラウス王」と呼び始めている。
そして、今回の舞踏会にクラウス王が参加し、結婚相手を選ぶのでは無いかと国中に噂が広まった。もう、誰もマリー王女の話題をする者はいない。
領地の拡大やクラウスの功績を祭り立て、国民感情を動かした陰の立役者はマリオ・ガーランドだという事を人々は誰も知らない、ただ1人を除いては…。
クラウスに憑依した裕司は、この世界の全てを知っている。
国民はクラウスを王になる事を望んで今もはしゃいでいるが、彼は死ぬ。味方する世論や家来・従者に護られていても、彼は必ず死ぬ。それがクラウスの運命なのだ。
裕司はどうせ死ぬ運命ならと、ダメ元でクラウスの命を奪う張本人の皇后に命乞いをした。
でも未来は変わらないと絶望し、最期に女を知らないクラウスに性の喜び教えて欲しいと迫った。否、ただ祐司が死ぬ前に、目の前に偶然タイプだった美女を抱きたかっただけ。
半ば強引ではあるが、彼は人生で最初で最後の身勝手な欲を皇后にぶつけたのだ。そしてソレを成し遂げた後は、本当に祐司は皇后の前で死ぬつもりだった。
だが、思わぬ事に皇后はクラウスの身体に溺れた。
祐司は彼女の過去と奥底にある願望を知っていた。非道な皇后の奥底には、「愛されたかった」と言う想いが強くあったのだ。本人には自覚が無いようだが、これまでの寂しさを埋めるように、毎夜、皇后に愛を囁き、愛情を祐司なりのやり方で伝えた。結果、皇后の氷のような心が少しづつ溶かされていたのだ。
祐司は毎日、夜が来るのを楽しみで仕方が無い。皇后さまの部屋に忍び込み、口では言えない密夜を過ごしている。
たまに、この世界にいる妹を思い出す。祐司は美奈子がマリオ・ガーランドの娘クロエに憑依した事も知っている。
(美奈子にそろそろ会わないとなぁ。あいつは現実の世界ではまだ生きている。お前はクロエに憑依しているだけだと伝えないと。俺は死ぬ運命だとしても、何とか美奈子を戻せる方法はないだろうか…。)
でも、裕司は妹の心配よりも、いつも目先の欲を優先してしまう。
今宵は祐司は皇后を抱きつぶしてしまった。彼女の身体に配慮し、翌日の密会をやめて美奈子に会うと決める。
日が沈むのを待ち、身を隠して1人北部へ向かった。一躍時の人となったクラウスの顔は知られ過ぎている。王子と言う身分も隠して、護衛をも撒いた。クラウスの記憶を頼りに、フランドル家には簡単に辿り着けた。
フランドルの一族は北部の総督を担っている。言わば北の王なのだが、この国で王と名乗れるのは1人だけ。だから「公爵」と言う地位を名乗らせている。他にも公爵はいるがフランドル家とガーランド家は格が違う。貴族達と桁違いな敷地と城のような家を持っている。
フランドル家の護衛が来ない場所に馬を隠した。ここからは徒歩で屋敷に侵入するしか無い。ここでもクラウスの記憶は頼りになった。祐司も現実の世界で読んだ物語と照らし合わせると、クロエは必ずこの別邸にいる。
家の前には白馬が繋がれている。誰か来客者がいるのだろうか?
裕司は不審者のように忍び込まずに、堂々と正面から王子を名乗り訪ねた方が良い気がすると考えた。隠していた王家の紋章を胸に付けて、玄関のベルを鳴らしてみた。
家の外からも賑やかな声が聞こえてくるが、応答が無い。暫くベルを鳴らし続けると、やっとダンテが扉を開けた。
「あの、どちら様でしょうか?どうやってこの家に来れたのですか?何用でこちらに?」
ダンテは帰還した王子の顔を知らない。クラウスを見て警戒を高めた。
不審者扱いをされているのを分かりつつ祐司は話した。
「えと、私は、王都から参りました。クラウスと申します。クロエ・ガーランドに大事な話があります。すみません、会わせて頂けないでしょうか?」
堅いがデカく怖そうな雰囲気の男が、喋ると物腰が引くい青年でダンテは驚いた。彼を良く見ると、胸に王族しかつける事の出来ない紋章が目に入る。
「あっ。…少々、ここでお待ち下さい。」
紋章に気がつかないふりをして、クラウスを外で待たせた。扉を閉めて、大慌てでダンテはクロエの元へ走った。
「お嬢!大変だっ!!クラウス王子が訪ねて来たぞ!!」
「ダンテ!お前またクロエを!否、それよりも、本当に王子なのか?!」
レオナルドがいち早く、ダンテの言葉に反応した。夕食を食べる部屋に、クロエとジョン、レオナルドが居る。先ほどまでダンテも交えて〝賑やかな晩餐会〟が繰り広げられていた。しかし、3人はダンテの言葉に集中した。
「ダンテ、俺が対応する。お前らはここに居ろ。」
ジョンはハンカチで口拭き、それを床に投げ捨てた。立ち上がり、玄関へと向かう。
「待って、私も行く。クラウスと話がしたいの。」
ジョンはクロエを無視し、レオナルドに命令する。
「クロエをこの部屋から出すなよ。」
直ぐに部屋を出てしまう。後を追おうとすると、レオナルドが阻止する。
「クロエ、お願いです行かないで。」
「そ、そんな…。」
「僕も王子の元に行きます。兄さんが対応したら揉め事になりそうだし…。 おい、ダンテ!お前がクロエの側に居ろ。」
確かに、今のジョンでは王族にも横柄な態度を取り問題になりそうだ。美奈子はレオナルドに任せた。
玄関先では既にジョンが対応していた。何やら、入れろ入れないの声が聞こえてくる。レオナルドは慌てて走り、クラウスに問い詰めた。
「王子!こんな時間にお一人で私の妻にどんな用件が?!」
1番冷静で無かったのは、レオナルドの方だった。
「王子、弟の無礼をお許し下さい。話の最中に申し訳ございません。」
ジョンはこれ以上クラウスに近寄らせないように、レオナルドを突き放した。
祐司は、静かに怒りを溜めている金色の瞳が怖かった。
「あ、いえ。俺は大丈夫ですよ 気にしないで。」
敵意ある目で弟のレオナルドは睨んでいる。少し困りながらも、話を戻した。
「何故、クロエに会わせて頂けないのでしょうか?先ほどまで賑やかな声が聞こえてきましたよ。こちらに居るのはわかっています。彼女の身に関わる話でもあるんです。」
「王子、警備を強化している敷地に単身でいらっしゃいましたね。身を隠してまでも、個人的な話がお有りなのは承知致しました。しかし、私がクロエ嬢を保護しております上、彼女が危険に晒される事は決してありません。それでも話がしたいと言うならば、コソ泥な真似をしないで、王命を持って正門から面会を希望して下さい。」
「そんな、…。」
綺麗な顔で笑みを浮かばせる、ジョン・フランドルが怖かった。顔は穏やかでも、今にも殺しに掛かりそうな殺気が肌で感じる。クラウスの身体も本能的に彼は危険な男だと認識しているようだった。
「わかりました。次は必ず正面から、正式に伺います。こんな時間に押しかけてしまい、すみません。」
「ええ、気にしないで。今夜のことはお互い忘れましょう。あと、来る際は王命は忘れずにね。」
ジョンはニコッと笑顔を見せたと思ったら、バタン!ときつく扉を閉めた。
「…くそぅ。ジョンって奴まじで怖すぎだろ。美奈子は大丈夫なのかなぁ。」
祐司は諦めて、来た道を戻った。
「あの、兄さん…」
レオナルドは申し訳無さそうに声を掛ける。ジョンは無視して、飼っている狼のリアムを呼んだ。
「リアム、森に向かった王子の首を噛み切れ。絶対に殺せよ。」
そう言って、玄関の扉を開けてリアムを外に出した。言いつけ通りに、リアムは森に向かって走りだす。
「ちょっ、兄さん!気は確かか?!」
「お前はもう俺に話しかけるな。命令なんかしてみろ、弟だろうが殺すからな。俺の言う事を聞かないクズがっ。」
ジョンは静かに怒りをおさめ、2人はクロエの元へ戻った。
クラウスは、とぼとぼと夜の森を歩く。
後ろからタタタと何者が追いかける音が聞こえた。振り向くと、涎を垂らした白い狼がこちらに向かっている。
「う、嘘だろ?」
クラウスは走り出した。早く、馬がいる場所に向かわないと。
がむしゃらに走っても、狼の足音が近づく。
ドン!と背中に飛びつかれた。鋭い爪が肩と背中に食い込む。ぐしゃりと地面にうつ伏せで転んだ。
「俺は、ここで死ぬ運命じゃないぞ?ふざけんなっ!」
怖くて泣き出しそうになりながら叫ぶ。すると、狼は背中に乗ったまま嬉しそうな声を出し、尻尾を左右に振っている。
あれ?と思い振り向くと、顔を盛大に舐め出した。
「わっ!…ぷっ…待て待て、お前はっ…キャンディーか?」
「ワン、ワン!」
裕司は顔を舐め回す狼の過去を覗き見た。
父の事故で車のフロントガラスを突き破り外に放り出された。誰にも気づかれずに、冷たい雨に打たれながら死んだ犬。美奈子に懐いていた犬のキャンディーだ。
「ああ、お前もアリアに連れて行かれたんだな…。」
アリアが近寄り、抜け落ちたキャンディーの魂を大切に掴み取る姿まで見れた。
あの女に捕まってしまい可哀想にと同情し、興奮するキャンディーを宥めた。
「何も知らないだろうけど、偉いなお前は。この世界でも美奈子を守っていたんだな。ありがとう。」
祐司はキャンディーの気が済むまで顔を舐めさてやった。
「しかーし、あの顔で非道な事をしやがって!あー、もー!ジョン・フランドル絶対にゆるさねー。それに、俺は王じゃねーから王命なんて持って来れねーよ!」
クラウスはボロボロになりながらも、王都に着いた。自分の塔に戻る前に、一目でも良いから皇后さまの顔が見たかった。
少しだけだと、いつものように東の塔にいる皇后さまの部屋に忍び込む。
彼女はベットで寝ていたが、クラウスが来ることを知っていたかのように手を広げて招き入れた。
「こんなにボロボロになって…。どうしたの?シャワーでも浴びなさい。」
クラウスは皇后さまの胸に飛び込む。優しく乱れた髪を撫でてもらった。祐司はもっと甘えたくて、子供のようにぐずった。
「皇后さま〜。俺ね、今日は散々な目にあいました〜。よしよしいっぱいして慰めて欲しいです」
「誰なの?お前に無礼な事をする奴は殺しなさい。」
優しく言うが、皇后さまの「殺しなさい」は本気なので少し怖かった。
「だ、大丈夫です。殺すのは俺だけにして下さいね。あなたの手をもう血で汚させたくない。」
クラウスは手のひらにキスをし、戯れをやめて。浴室に向かおうとした。
皇后はクラウスの服を引っ張て引き止める。
「私が全部洗ってあげるから、連れて行きなさい。」
「こ、皇后さま…。やっぱり可愛くて、大好きです!!」
朝日が昇り、クラウスは皇后より早く起きて彼女の寝顔を眺めていた。幸せを噛みして、今日も生きながらえて皇后さまの側にいれたことに感謝する。
祐司はふと、いつ自分は死ぬのだろうと思った。最近〝死〟のビジョンを見ない。皇后に触れて意識を集中してみた。
「あっ!!!!」
クラウスは叫び、身体が震える。彼の声に目覚めた皇后は、様子のおかしさに心配した。
「大丈夫?どうしたの、クラウス?」
クラウスはキツく皇后を抱きしめた。「皇后さま」と切なそうに呼び続ける。落ち着かせるように、皇后はクラウスの髪や背中を撫でた。
「落ち着きなさい。私はここにいるわ。怖い夢でも見たの?大丈夫よクラウス。」
祐司は見てしまった。未来が変わってしまったこの物語の結末を。
その日、クラウスは皇后にしか出せない、王命を出した。直ちにクロエ・ガーランドを王宮に連れて来させ、クラウス陛下と謁見するようにと伝令が渡る。クラウスの筆跡には王命に歯向かうものは誰であろうと殺せとある。
この王命は直ぐにクロエの元に届いた。既に別邸の前には王室の兵士に取り囲まれている。
窓から覗き込むと、ジャック・フランドル公爵が外で何やら揉めている。
「お嬢、今すぐに王室の馬車に一人で乗るように言ってる。俺を連れて行くと命じて下さい!」
クロエは赤を基調とした豪華なドレスに着替えた。赤い髪、赤色の瞳、今日はいつも以上に男たちを魅了するような、妖艶な雰囲気に包まれている。
「お嬢、聞いているのか?俺を連れて行くと言えよ!」
何も言わないクロエの圧と魅力に圧倒されながらも、ダンテは必死だった。
「ダンテ、あなたはここに居て。私を信じて待っていて。前にも言ったでしょ、私は死なないのよ。」
ダンテの肩を小突いて退かせた。
ただ、ダンテはクロエの後ろを追うことしか出来ない。
玄関に降りて、両手で扉を派手に開けた。これから舞踏会にでも行くような、キラキラと輝く宝石やドレスを纏った女が現れる。美しい赤い髪をなびかせて、堂々と歩く。宝石よりも美しい瞳に、王都の兵士たちは見惚れた。
ジャック・フランドル公爵だけは、少しため息をついて困った様子だった。
「皆様、お待たせ致しました。用意は出来ましたので参りましょう。クラウス陛下の元へ!」
クロエもとい村井田美奈子は、とても楽しそうに馬車に乗り込んだ。




