8.思いがけない告白
私は屋敷に戻りグロウの帰りを待っていた。
朝は一緒に登校しているが、帰りは別々の馬車に乗って帰っている。
グロウが戻って来たら、直ぐにでもカエサルが協力者になってくれた報告をしようと思っていた。
強力なライバルがまた一人消えたのだから、きっと喜んでくれるはずだろう。
しかもライバルどころか協力してくれるまで言っていた。学年の違う私よりも、二人の様子を普段から傍で見て来ているカエサルの方が何倍も力になってくれることだろう。
(グロウ早く戻って来ないかな。この話を聞いたらきっと大喜びしてくれるかな…)
私はグロウが喜ぶ様子を想像して、一人で胸を昂らせていた。
しかしそんな日に限ってグロウの帰りは遅く、結局話をするのは夕食後になってしまった。
***
「グロウ、ちょっと今いい?話したい事があるんだけど…」
「姉さん、どうしたの?」
私はグロウの部屋に来ていた。部屋の中に入ると、中央にあるソファーに腰かけた。
そしてグロウも私の隣に座った。
「今日はね、嬉しい報告があるの!」
「報告?」
私はふふっと自慢げに笑って見せた。
そんな私の姿をグロウは不思議そうに見つめていた。
「何かいいことでもあった?」
「実はね、今日のお昼にカエサル殿下に呼ばれたの」
「カエサル殿下に…?どうして、姉さんが?」
私がカエサル殿下の名前を出すと、僅かにグロウの表情が曇った様に見えた。
しかし、私は気にせず話を進めて行く。
「私はてっきりカエサル殿下もナーシャさん狙いだと思っていたんだけど、どうやら違ったみたいなの!」
「……」
「しかもね、カエサル殿下の話だとナーシャさんの好きな人ってグロウらしいよ!カエサル殿下も協力してくれるって言ってるし、グロウ…良かったね!協力者が増えたよっ」
私はテンションを上げてに嬉しそうに笑顔を浮かべて伝えた。
しかし、肝心のグロウは少し俯いたままで無言だった。
「どうしたの?驚いて声も出ない…?喜んで良いんだよ?」
「……ことを」
「何?聞こえない、今なんて言ったの?」
「余計なことを…って言ったの…」
「え…?」
(あれ?グロウの声ってこんなに低かったっけ?)
普段の声よりもトーンが一つ下がった様な低い声に聞こえた。
そして苛立ってる様子なのは声からも明らかに分かる程だった。
「昔から思っていたけど、姉さんって本当に騙されやすいよね。チョロ過ぎて本当に心配になるよ…」
「……グロウ?」
グロウは私に視線を向けると、盛大にため息を漏らした。まるで呆れている様に。
いつもの可愛らしい雰囲気は今のグロウから消えていて、まるで別人を見ている様な気分だった。
「姉さん、ごめんね。俺、ナーシャの事好きって言ったけど…あれ嘘だから」
「嘘…?」
一体グロウは何を言っているのだろう。
私は驚き過ぎて言葉も直ぐには出て来なかった。
「自分の本当の気持ちがばれない様に、誰でもいいから好きな人がいるって嘘を付いていたんだ」
「どういうこと…?じゃあ他に好きな人がいるの…?」
私の目の前にいるのは一体誰なのだろう。
私はかなり動揺しているせいで、声も僅かだが震えている様な気がする。
「いるよ。どうしようもなく好きで好きで堪らない人。ねえ、誰だか分かる?」
グロウは少し熱っぽい表情で私を視線で捉えると、私の頬にそっと掌を添えた。
今までは可愛い弟のイメージが大きかったけど、こんなにも大人っぽい顔も出来るのだと思わず関心してしまった。
「グロウも成長したんだね。私の知らない所で随分大人になっていたんだね…。私、なんか嬉しいよ」
「は…?ねえ、どこまで鈍いの…?いい加減腹が立ってきた」
不意に視界が揺れ、気付けば視界の先には天井が広がっていた。
そして暫くすると私の目の前にグロウの顔が迫って来る。
「ここまでされても気付かない?」
「え…?」
「押し倒してるんだけど?姉さん、自分の今の立場分かってる?」
(グロウに押し倒されてる…?……っ!!)
そう言われてやっと自分の置かれてる立場に気づくと急激に顔の奥がカッと熱くなっていくのを感じた。
私はグロウに肩を押され、そのままソファーに背中から倒れ込んでしまったらしい。そして今は組み敷く様な体勢で、すぐ傍にはグロウの顔が迫ってきている。
「この気持ちは伝えるつもりなんてなかった。だけど姉さんが鈍すぎて腹が立つし、何より他の奴に横から奪われるって思うと耐えられない気持ちになる。姉さんの傍にいたのは、いつだって俺だったのに…」
「グロウ、何を言っているの…?」
グロウは切なそうな表情で私の事をまっすぐに見つめていた。
「俺は姉さんの事が好きだよ」
「私も好きよ…?」
グロウに好きと言われて、私はあっさりと答えた。その返答を聞くとグロウは不満そうにムッと私の事を軽く睨んで来た。
「姉さんの好きは、弟としての家族としての好きだろ?俺は違う…」
「……?」
グロウは困った顔で答えると、私の髪を一房指で掬い、その髪にそっと唇を押し当て私の瞳の奥をじっと見つめていた。
その表情は真剣で冗談を言っている様には見えなかった。どことなく艶っぽい表情をしているグロウに、弟だと分かっているはずなのに私はドキドキしてしまう。
「恋人になりたいって言えば分かる?」
「……っ…、なっ…何を言ってるのっ…、私達姉弟じゃないっ…!」
信じられない言葉を言われ、私は焦って直ぐに言い返した。
「そんなの分かってる…。だけど俺は小さい頃から…姉さんの事、ずっとそういう対象で見て来たんだ…」
「そんなこと言われても困るよ…」
私はグロウの突然の告白にどうして良いのか分からなくなり、視線を逸らしてしまった。
そして絞り出すみたいに、小さな声で呟いた。
私の言葉を聞いていたグロウは傷ついたような辛そうな表情を見せ、髪から指を離した。
そして「驚かせてごめん」と小さく呟くと、私の事を解放した。
私はゆっくりと起き上がり戸惑った顔でグロウを見つめた。
グロウはそんな私の視線に気付いたのか苦笑した。
「抱きしめてもいい?」
「だ…だめっ…!」
「いつも抱きしめてくれるのに?今日はだめなの?」
「そ、それはっ……」
私が返答に困りあたふたしていると、グロウはふっと小さく笑った。
そして私の事を包み込む様に腕の中に抱きしめた。
「なに動揺してるの?もしかして、俺のこと…男として意識してくれているの?」
「ち、違うっ…!」
「だったらこうしていても何も問題はないよな?普段からしている事だし…」
「……っ…、それは…そう…だけどっ…」
今の私の顔はきっと真っ赤に染まっているのだろう。自分でも分かる程に顔の奥が熱い。
私がグロウの胸板を押し返して逃げようとしていると「だめ、逃がさないよ」と耳元で囁かれ、ぴくっと体が反応してしまう。
「可愛い反応。やっぱり俺、姉さんのこと好きみたいだ」