老人とアンドロイド
ガチャガチャガチャ。
僕たちは今、ロボットに連行されて、薄暗い殺風景な通路を歩いている。僕もずきずきと痛む足を引きずりながら、精一杯歩いている。
「戦闘ロボットとは予想外だったわ……」
ソフィは不機嫌そうな顔でぶつぶつ文句を言っている。
戦闘ロボット。
文字通り、戦闘用に開発されたAI制御型ロボットである。大昔は戦闘ロボット同士による代理戦争が主流であったが、戦闘ロボットは電磁パルス攻撃に弱かったため、その後戦闘用有機アンドロイドが開発された。しかしながら、その有機アンドロイドは人間とほとんど見分けのつかない外観をしていたため、様々な問題が発生し、戦闘目的を含む全ての有機アンドロイドの製造は禁止された。具体的には有機アンドロイドと人間の区別が難しいことによる疑心暗鬼と、人間に酷似している有機アンドロイドを戦場に送り込む苦痛に耐えかねて軍司令部ではうつ病になるものが続出しためである。また、有機アンドロイドの禁止に伴って、戦闘用ロボットも同時に製造禁止となった。しかしながら、戦闘ロボット及びアンドロイド製造禁止条約という長ったらしい名前の条約の適用範囲については今も盛んに議論されている。つまり、AI制御の戦闘機械をどこまで戦闘ロボットというかという議論である。現在はとりあえずAI制御の戦闘機械は全面的に製造禁止となっている。
「パパ、ママ……先立つ不孝をお許しくださいです……」
ミルは相変わらず半べそでネガティブ発言をしている。
「僕たちどこに連れてかれるんだろう」
「決まってるしょ、この基地を統括してる人間のところよ。話の分かる人だったらいいんだけど」
さっきまで全然話のわからない人だったソフィさんとは思えない発言である。自分を顧みないタイプって怖い。
僕らが今後の行く末について相談していると、ロボットたちが足並みを揃えてガチャガチャと止まった。
「拘束解除! 各機警備モードに移行!」
しゃがれた老人の声。薄暗くてよくわからないが、僕らの進行方向にうっすらと人影が見える。
老人の一言によって、ロボットたちは僕たちを解放し、ばらばらと散って行った。
「ふむ。客とは珍しいな。何十年ぶりかのう」
老人はこちらに近づきながら言った。よく見ると傍らには人影がもう一つ見える。
「おぬしら、こんな打ち捨てられた基地に何のようじゃ? もしかしてわしを迎えにきた死神じゃなかろうな?」
はっきりと姿が見えるくらいまで近づく老人。老人の身長はあまり高くなく、ソフィと同じくらいである。老人は古ぼけてぼろぼろになった軍服を着ていた。頭頂部は見事に禿げあがっているが、側頭部は手入れのしていない猫のようなぼさぼさとした白髪が長く伸びている。また顎にはその白髪に負けないくらい長いひげを蓄えている。同じく長く伸びきった眉毛は目を覆い隠し、老人の表情を読み取りにくくしている。
「はじめまして。船長のソフィア・デザートイーターと申します。突然着艦してしまった失礼をお詫びいたします。船のウィングを宇宙イルカにやられたのと、乗組員の彼が足を怪我してしまったので、修理と治療のために急を要しておりました」
丁寧にあいさつをするソフィ。こんな普通の対応もできることに驚きである。上品に振る舞うソフィはどこからどうみても気品あふれるお嬢様である。タンクトップに短パンという服装を除けば。
「ふぅむ……事情はわかった。わしはザジンという。E2―OA77E、その男の子を医務室に運んで、看病して差し上げなさい。医療用プログラムはわしの部屋にあるから、インプラントにインストールしなさい。船の方はこちらで手配しておこう」
E2―OA77Eと呼ばれたのは、老人の傍らにいる少女である。服装は老人と同じく古い軍服のようだが、下半身はタイトなミニスカートに黒タイツといういでたちである。雪のように白い肌、緑に輝く瞳、細くしなやかな、後ろでまとめた淡い青色の髪。目鼻立ちの整った美しい少女だが、顔には氷のような無表情を張り付けている。それ故に、どことなく静謐な雰囲気を漂わせている。
「かしこまりました。お父様」
少女は無表情のままそう言うと、僕の手を引いて歩き出した。表情とは裏腹に、彼女の手は温かかった。
「こちらです。お客様」
「あ、ありがとう」
僕は彼女に手を引かれ、足を引きずって歩き出した。今までのっぴきならない状況が続いていて忘れかけていた痛みが戻ってくる。
***
「船長さん」
案内するザジンの少し後ろを歩いているミルがひそひそ声でソフィに話しかけた。
「今の子ってもしかして……有機アンドロイドじゃないです?」
有機アンドロイドの製造は現在全面的に禁止されている。
「その通りじゃよ」
聞いていたのか、ザジンと名乗る老人が答える。ミルは「うひっ」と変な声を出してソフィの影に隠れた。
「わしとて外の状況はわかっておる。ネットワークは生きておるからな。あの子は正真正銘の戦闘用有機アンドロイドじゃ」
「でもそれって違法ですよね?」
とソフィ。
「その通りじゃ。じゃが誰がわしらを咎めるというのじゃ? ここにはもうわし等しか残っておらん。昔はここや他の島にも人がおったが、数十年前におぬしらのように遭難してきた旅客船に乗ってみな出て行ったわ。それにあの子は……」
ザジンは言いよどんだ。
「おじいちゃんは、なんでその船に乗って出て行かなかったのです?」
ミルが首をかしげて聞いた。
「わしらはロベリア宇宙軍ティリーズ基地の生き残りの子孫じゃ。ここではロベリアの光の恩恵をあまり受けられんでのう。どんどん人口は減っていった。じゃがわしらは祖国とともに生き、祖国とともに死ぬ覚悟を持っておった。その旅客船が来るまではのう」
ザガンは遠い目をしている。
「最初はみな、ここに残ると言っておった。じゃが、いざその旅客船が出立するときになって、ここで死ぬよりも、外に出て子孫を残し、いずれは惑星ベリアに取り残された人々を救出するのが我らの使命ではないかと唱えた者がおった。最初は反対しておったものもみなそれに賛同した」
「それならなおさらどうして出ていかなかったのですか?」
怪訝そうな顔でソフィは尋ねた。
「わしの祖先は、イブズエンブリオという企業の研究員をしておった。その研究とは……有機アンドロイドの開発研究じゃ」
「有機アンドロイド? だってあれはロベリア宙戦のずっと後になって開発されたはずじゃ……」
「それはロベリアから持ち出された技術をほかの企業が改良したものじゃ。それだけ当時、ロベリアの科学力は群を抜いておった。そしてその研究の末生み出されたのが、あの子、イブズエンブリオ社製オーガニックアンドロイド試作77号機じゃ。人間とほとんど見分けがつかんじゃろう。わし等一族は、代々あの子が暴走しないように見張る役目を負っていた」
確かに彼女の造形は完成されていた。少なくともソフィには彼女の呼称を耳にするまではそれとわからなかった。
「人に似せて作られたのは何も外観ばかりではない。研究者の業というのか、わしの祖先は本来軍事用途には必要のないほど高性能のAIを彼女に与えたのじゃ。 その結果、あの子は人の心まで再現できるようになってしまった。そしてあの子は、この数万年の間、多くの人が死にゆくのを目の当たりにしてきた。あまりに辛い記憶を保存し続けるあの子は、あるときついにエラーを出し、全記憶を消去したのじゃ。それ以来、あの子は何百年か周期に記憶を消去するようになった」
「そんなの悲しいです……」
ミルがうるうると涙をこらえている。
「うむ。数十年前、ちょうど旅客船がここに停泊しておったときにもそれは起こったのじゃ。わしも親から伝え聞いておったが、それを目の当たりにするのは初めてじゃった。記憶が消える直前、あの子はわしに向けて言ったのじゃ。人間として生まれ、死にたかったと。それはアンドロイドの管理という使命を忠実に遂行していたわしにとって、あまりに辛い言葉じゃった。そのときわしは思ったのじゃ。みんながここを出てしまってはあの子は一人ぼっちになってしまう。せめてわしだけでもあの子のために残らねばとな。それがあの子を作ったものの子孫であるわしの使命である気もしたのじゃ」
「……グス……」
大泣きのミル。このところ泣いてばっかりである。ソフィは黙って話を聞いている。
「あの子は今、自分のことを人間じゃと思っておる。わしがそう吹き込んだのじゃ。ここで暮らしていくのに必要のない知識は再インストールしておらん。すまんが、今の話はあの子には黙っておいてやってくれ」
ソフィとミルは無言でうなずいた。
「さて、着いたぞ。ここが居住区域じゃ。好きに使ってくれて構わない。どうせわししかおらんからの。船の修理はロボットに任せるが、ウィングくらいなら一週間くらいで何とかなるじゃろう」