宇宙イルカと戯れて
その集落を見つけるのには、なかなか苦労した。なぜならその集落は、ロベリア星系のもっとも外側を公転する惑星よりも系の内側、つまり宇宙イルカの索敵圏内であるティリーズ隕石群の中に存在した。
「間違いないわ。ティリーズ隕石群の中に生体反応がある」
ソフィがにわかに信じられない様子で計器を睨んでいる。
「ありえないです! あったとしても、そこにいくなんて危険です!」
ミルがしっぽをしゅんとさせ、いやいやと首を振っている。
「もしかしたら、宇宙イルカの索敵範囲の情報が間違っているのかも……とにかく、ここ以外だとかなり離れたところにしかステーションはないわ。索敵圏外からそう遠くない距離だし、一気に駆け抜ければ到達可能よ」
ロベリアが滅亡してからというもの、近隣惑星や宇宙ステーションも衰退したため、他を探すとなるとかなり遠くなってしまうらしい。僕らがやってきた亜空間跳躍ゲートは戦前に作られたようで、索敵圏内にある上に、かなり古いため動作は怪しいらしい。
「もし隕石群の中で襲われたら、一貫の終わりですよ!」
「そこにいる人が襲われていないんだから何か秘密があるはずだわ。もし当てが外れても、私の船にはとっておきの秘密兵器が積んであるからなんとかなる! いきましょう! これは船長命令よ!」
ソフィはにやりと笑い、ティリーズ隕石群の方を指差した。なんでさっき追いかけられた時にその秘密兵器を使わなかったんだろうと思わなくもないが、僕は黙っておいた。
「うぅ…盗む船を間違えたかもです…」
涙目になるミル。耳はぺったりと倒れている。
「メインソーラーエンジン全基起動! スタンバイ完了! コソ泥! 予定航行経路の大気を光学分析、摩擦に応じてシールド展開して!」
なんかちょっとノリノリのソフィさんである。無茶は冒険屋の醍醐味の一つであるとはいえ、正直またあのイルカのいる宙域に行くとか、生きた心地がしない。それはミルも同じであるようだった。
「すでに解析完了してますですぅ…予定航路はほぼ真空ですぅ……大気防護シールドはレベル1で航行速度に応じて展開するように設定しましたですぅ……」
若干ふてくされている様子のミル。
「準備OKね! 操縦をマニュアルモードに切り替え! 私が舵を取るわ! 航行中は絶えず広範囲レーダー波を飛ばしまくって、宇宙イルカを警戒しましょう」
そういえば、僕が宇宙に来てから人が操縦桿を握っているのをはじめてみる。普通に航行している限りならオートパイロットで十分事足りるのである。僕はかなり不安を覚えたが、ソフィは自信満々の表情でにやりと笑っている。何か変なスイッチが入ってしまったようだ。
「しっかり捕まってなさい! いくわよ、全速発進!」
ソフィの掛け声とともに、ごおおというエンジン音が鳴り響いた。ものすごい急発進で僕は倒れそうになり、慌てて椅子にしがみついた。船内上部からは、絶え間なくドン、ドンと何かを発射する音が聞こえている。おそらくレーダー波の射出音だろう。亜光速航行ほどではないが、ティリーズ隕石群からはぐれたのであろう隕石がものすごい勢いで通りすぎていく。ソフィは真剣な表情で操縦桿を握り、その隕石をよけることに集中している。
「船長さん! 左翼後方に反応捉えましたです。八機がものすごいスピードで近づいてますです! あと前方にでっかい磁気異常場を捕捉、たぶん隕石群内からです!」
「なるほどね。たぶんその磁気異常のせいで宇宙イルカは隕石群内に侵入できないのよ。そこまで逃げ切れば勝ちってことね」
ソフィがペロリと上唇をなめる。船はどんどん加速しているのか、はぐれた隕石がまるで弾丸のように飛んできている。ソフィはそれを全部すんでのところでかわしている。
「八機めっちゃくちゃ速いです! 隕石群まで間に合わないです……20秒後に射程圏内に入っちゃうですぅ……パパママ、ごめんなさい……ミルはここまでみたいですぅ……」
涙目になって項垂れるミル。
「祈るのはまだ早いわよ。射程圏内に入るまでの時間をカウントしなさい! 2秒前に逆噴射! 反転しつつ奴らの下に潜るわよ!」
「な、何する気ですかぁ……」
「秘密兵器をどてっぱらに一発お見舞いしてやるのよ!」
ソフィは完全に目が血走っている。ハンドル握ると人格変わるタイプなのだろうか。
「射程圏内まで4,3,2……逆噴射しますです!」
「しっかり捕まりなさい!」
すさまじい衝撃音とともに斜め前方向にかかる容赦ない慣性力。僕は必死に椅子にしがみついたが、吹っ飛ばされそうだ。他の二人も何かに捕まって耐えている。後方からソファやチェアーなどもろもろが吹っ飛んできて窓に激突した。割れたらどうするんだよ……と窓を見やると赤い無数の光線が前方に飛び交っていてぞっとした。
「いくわよ! 緊急脱出ポッド四機射出!」
ドドドドンと船艇に衝撃音が響く。脱出ポッドが射出された音だろう。それに一瞬遅れて再びドドドドンと大きな音と、びりびりという振動。窓の外にはばらばらになった宇宙イルカの破片が爆風に乗って飛んできた。
「続いて再反転して、残りを全部射出! すぐさまエンジン再点火! 全速で隕石群に突っ込むわよ!」
再びドドドドンという射出音。しかし今度は衝撃波はやってこない。その代り再びエンジンの点火音と慣性力。
「ちょ……脱出ポッド全部捨てるとか、船長さん電子ドラッグでもやってるですか!?」
半分キレ気味、半分泣き気味でミルが叫ぶ。
「バカね。脱出ポッドなんて使ってもどのみち宇宙イルカの餌食よ。だったらデコイに使った方がましでしょ?」
「だから脱出ポッドで攻撃して煙幕作ったわけですか……そんな戦法聞いたことないです……クレイジーすぎますです……」
得意げな顔で笑っているソフィに対して、青ざめた様子のミルが文句を言っている。より近くにいる獲物を優先的に撃滅する宇宙イルカの習性を利用したらしい。
「ちょっと二人とも! 前見て前!」
前方には隕石群が目前に迫っていた。二人が前を見るのと同時に、断続的に4回の衝撃波が船内を伝わる。
「脱出ポッドがやられた! もう時間がないわ。このまま突っ込むわよ!」
「無茶です! こんなスピードであんなジャングルみたいなとこ突っ込んだら、木端微塵になっちゃいますです!」
「四の五の言わなーい! 私の腕を信じなさーい!」
やっぱりやってんじゃないかな、電子ドラッグ。不自然に笑いながら操縦桿を握るソフィを見て僕はそう思わずにはいられない。
「うぅ……もし無事に隕石群に突入できたら、パパとママに会いにいくです……」
半泣きで死亡フラグをビンビンに立てるミル。かくいう僕もものすごい勢いで迫ってくる壁のような隕石群を前に、腰が浮くような感覚を覚えた。
「ほらコソ泥! 泣いてないで突入と同時にもっかい逆噴射よ! 準備しなさい!」
ぐすぐすと言いながらもしっかりと手を動かすミル。実に頼りになる。僕はしゃべることすらままならない。
「カウントいくわよ! 5、4,3,2……逆噴射!」
再びものすごい衝撃と轟音。今度はソファやチェアーは飛んでこない。なぜなら僕の目の前にあるからである。しかし容赦のない慣性力によって僕は椅子から引っぺがされた。船内上部からガリガリガリガリと明らかにエンジン音とは違う音がした気がするが、気にしないことにした。
「いたた……宇宙イルカは?」
頭を打ったのかおでこを抑えながらソフィが言った。
「磁気の乱れのせいでレーダー使えないです……でもまだ生きてるってことは多分捲いたんだと思いますです……ていうか、うち、生きてる……不思議です……」
どうしてそうなったのかわからないが、ミルは足を窓側に向けて計器類の上に寝そべっている。
「奇遇だね、僕も今自分が生きてることがすっごい不思議だよ……」
僕はなぜか窓と計器の間に引っかかっているソファにうまいこと座っている。傍から見ればちょっと優雅かもしれない。
「あー疲れた! とっとと集落行って休みましょ。エネルギーもチャージしないとやばいし。生体反応は?」
ソフィは片手で肩をもみながら言った。
「こんな異常磁気の中で生体レーダーなんて……って使えてるです! もしかして音響レーダー!? と、とにかく、隕石群の中心に反応ありです!」
「当たり前でしょ! っていうか磁気レーダーだったら外から捕捉できるわけないじゃない。私がグルメハンターだってこと忘れたの? 生体レーダーは特別製なのよ」
それは、ティリーズ隕石群の中心部にあるひときわ大きい隕石であった。いや、厳密にいうと隕石ではない。ところどころ岩石が剥げ落ちて機械部分が露出している。
「これは……どうやら基地みたいね」
よく見ると周りのいくつかの隕石も同じように少し機械の部分が露出している。よって正確には基地群なのだろう。集落じゃないじゃん……
「生体反応は……どうやら一番大きいあの隕石だけみたいです」
ミルが計器を見ながら報告する。これだけたくさん基地があって、生体反応が一か所だけ?
「進入路はどうやら隕石に空いてる穴みたいね」
目の前に迫る巨大隕石には無数の細かい穴が開き、その周りにはそれぞれ緑のランプが点灯している。
「まぁとにかく入ってみよう」
穴を入ると、中は一面金属パネル張りの滑走路になっており、等間隔にオレンジ色のライトが並んでいる。滑走路を中ほどまで進むと、ライトがすべて赤色に変わり、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「船長さん! 通信が入りましたです」
「開いて」
ミルがボタンを押すと、大窓にSOUND ONLYと表示された。
「ザ……ザザ……船籍不明船舶ノ入港ヲ確認シマシタ。ロベリア宇宙正規軍モシクハ、ロベリア宇宙ステーション市民IDヲ送信シテクダサイ」
機械音声の警告。
「んなもんないわ。ゲストよゲスト」
ふんぞり返って答えるソフィ。
「ザザ……入力エラー。入港ヲ許可デキマセン。IDヲオ確カメニナッテ、モウ一度入力シテクダサイ。ID未確認状態デドッキングサレタ場合、我々ハロベリア軍事基本条例ニ基ヅキ、貴艦ヲ武力ニヨッテ制圧スル権利ヲ行使可能トナリマス。繰リ返シマス……」
「ねぇソフィ、なんかやばくない?」
「せっかくここまで来たってのにこんな脅しに屈してらんないわよ。ていうかここでエネルギー補充しないと脱出できないし。さっさとドッキングするわよ」
クールに言い放つソフィ。この人もしかして前世は宇宙イノシシか何かなのだろうか。
「うぅ……この船もう嫌です……」
ミルはさっきからずっと半べそ状態である。
「武力って言ってるけど、なんかプランとかあるのか?」
「あったりまえじゃない。何のためにこのレーザー銃を持ち歩いてると思ってるのよ。これとそこにいる宇宙忍者とやらを組み合せれば、ほら! ゲリラ戦で全部やっつけられるわよ」
「え!? うち!?」
ミルはびくっとなって答える。
「む、む、む、無理ですよ! 相手は軍なのですよ!?」
「しょうがないわねえ。じゃあ私が全部やっつけてやるわよ」
やれやれといった感じで立ち上がるソフィ。
そうこうしているうちにドッキングポートが見えてきた。降り場には多数の人影が見て取れる。
「お出迎え、たくさんいるね……」
「ぐすん……」
ドッキングポートが近づくにつれ、人影がだんだんとくっきりしてきた。よく見るとそれは人間ではなかった。金属ののっぺりとした外観で、頭部にはアンテナらしきものがついている。何より目にあたる部分が顔の中央に一つしかなく、緑に輝いている。そして全ての人型のそれは、銃を構えている。
「せ、戦闘ロボット!?」
ソフィは驚いた顔をして、がちゃんとレーザー銃を床に落とした。そう、お気づきの方もいるかもしれないが、ソフィの銃の正式名称は、絶対細胞破壊レーザー銃。対有機生命体専用である。もちろんロボットには効果がない。
もちろん、僕らはおとなしく投降することにした。
12/1 分割に伴い一部加筆・修正いたしました。




