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宇宙コソ泥は悪びれない

 ブリッジに行くとコソ泥はコクピット席に座ってコンピュータをいじっていた。コソ泥の頭の上では犬のような耳が卵まみれでピコピコと揺れていた。

「観念しなさい! このコソ泥!」

 ソフィが叫ぶ。

「げっ。追いかけてきちゃったですか?」

 振り返るって困った顔をするコソ泥。

「追いかけてきちゃったんですか? じゃないわよ! 大事な商売道具をおいそれと盗まれてたまるもんですか!」

 詰め寄るソフィ。その手には例のレーザー銃が!

「ちょ、ソフィ落ち着いて……ってあれ? ねぇソフィ、この船動いてない?」

 床下に振動を感じた僕はそう尋ねた。

「ちょ、今すぐ止めなさい! ボング商会に突き出してやるんだから!」

「そういうわけにはいかないんですよー。もう亜空間跳躍ゲートに突入するようにオートパイロット組んじゃいましたから」


 亜空間跳躍ゲート。

 いうまでもなく宇宙はとてつもなく広い。亜光速航行でも何万年かかる移動なんてざらである。昔は船にコールドスリープ装置を取り付けてその間眠ることでやりすごしていたらしいが、今では銀河間をつなぐ亜空間跳躍ゲートがいたる所に建設されている。亜空間跳躍ゲート内では時間の概念が無視されるため、文字通り一瞬で何十万光年離れた銀河の彼方に到達することが可能となったのである。ちなみにこの亜空間跳躍ゲートの建設は大銀河連邦の公共事業扱いで、土建屋との癒着が発覚してからは現在まで建設を凍結されているが、水面下ではなおも利権争いが続いている。


 僕が宇宙船の窓を見やると、どでかい金属製の輪っかの中からピンク色のもやがあふれている。。中心部は何色かよくわからない色でうずまき、もやを吸い込んでいるようにも吐き出しているようにも見える。

「ちょ、今すぐ止めなさい! まだ買い物も終わってない……」

 ソフィが言い終わらないうちに、宇宙船は無音のまま眩しい光に包まれた。すぐ近くに雷が落ちたようなフラッシュ。一面が真っ白になったかと思えば、一瞬で真っ黒になった。つまりは別の宙域に到達したのである。

「ここ、どこです?」

 亜空間跳躍を計画した本人はすっとぼけた様子である。

「あんたまさか座標していしてなかったの? だとしたらどこのゲートに出たかはわかんないわよ。ランダムなんだから」

「とっさのことだったので忘れてましたです……」

 よくわからんが、僕らは宇宙迷子になってしまったらしい。とんだドジっ子である。

「ほらアサト。ぼさっとしてないでそいつ取り押さえて。ボングに戻るわよ」

「ま、待ってくださいです! ボングにはもう戻れないです! 捕まっちゃうです!」

 ボング内での窃盗は大罪らしい。少女はおびえている。

「だからそのボング商会にあんたを突き出すためにいくのよ」

 冷たく言い放つソフィ。手に握りしめたレーザー銃がぎらりと光る。

「ま、まぁソフィ落ち着いて。怒るのはわかるけどさ、結局何も取られなかったわけだし、その辺で降ろしてあげれば?」

「神様です!」

 少女の顔がぱぁっと明るくなる。

「あんたが足を怪我したじゃない。それだけで重罪よ」

 ソフィの気遣いは正直嬉しい。しかし、目の前の少女を商会に突き出すなんて、僕にはできない。だって可愛いし。

「僕の足ならさ、ほら病院とか行けばすぐ治るから、許してあげようよ?」

 ソフィを必死に説得する。

「はぁ……もういいわ。とにかくあんたは近くのステーションで降ろすからね」

 心底疲れた様子でうなだれるソフィ。

「あ、ありがとうございますです! うちはミル、ミルスリン・ウルフマンです! お仕事は宇宙錠前屋兼、宇宙忍者です! 短い間ですけどよろしくお願いしますです!」

 宇宙錠前屋? 宇宙忍者? なんでも宇宙ってつけりゃいいってもんじゃねえぞ! と思ったが僕は黙っておいた。どちらにしても堅気ではない。ていうか宇宙忍者ってバ○タン星人かよ。


 ミルと名乗る少女は少々特徴的な外見をしている。頭頂部についている犬耳もそうだが、臀部には立派なしっぽが生えている。茶髪のショートカットで、探検家みたいな服を着ている。身長はかなり小さいが、胸は意外とある。たぶんソフィより。そんなことを考えながらミルとソフィの胸を見比べていると、ソフィが猫なで声でいった。

 

「ねぇアサト。こっち見て」

 僕は視線を胸から少し上にあげると、暗くて真ん中が赤く光る穴が見えた。例のレーザー銃である。こちらに向けられている。どうやらソフィさんはおかんむりらしい。

「どこを見てるのかしら?」

 優しく微笑みながら問いかけるソフィさん。どうしよう冷や汗が止まらない。

「あ、船長さん、気にしなくていいですよ! これでも母星ではグラマーな方だったですから」

 ミルが助け舟を出す。しかしそれは助け舟になってないんじゃ……

 そう思った瞬間、バチーンという音とともに僕のほっぺたはソフィの平手打ちを食らった。

「お前らみんな死んじゃええええええ!」

 とか言いながら船長室に走り去っていくソフィ。たぶんちょっと泣いていた。


 ***


「いてて……それにしてもさ、ミル、だっけ? ボングでの泥棒が重罪なのを知ってて、そうまでして何を盗んだの?」

「ふふん。よくぞ聞いてくれましたです! これを見るがいいです!」

 ばっとミルが胸元に掲げたそれは!

「ど、同人誌?」

 紛れもなく同人誌である。しかもBL系の。へぇー宇宙にもBL系同人誌あるんだーすごーいとか思っていると、

「これは地球という宇宙の辺境未開惑星で発見されたレアものなのです! ただでさえ紙媒体の本は珍しいのに、この内容の甘美さといったらたまらないです!」

 とミルが耳をピコピコさせ、しっぽをぶんぶん振りながら言う。どうやらそれは地球製であるらしい。そして目の前の少女はどうやら宇宙錠前屋でも宇宙忍者である前に、宇宙腐女子であるらしいかった。そう、なんでも宇宙をつければいいのである。もう慣れた。

「へ、へぇーそうなんだー。そういえばさ、さっき母星ではグラマーとか言ってたけど、ミルの星の人はみんな背が低いの?」

「うちの母星はスモーラーヤード星っていう、昔の差別用語を使うなら小人星なのです! まぁうちはおじいちゃんが亜人のクオーターなんですけどね」

 なるほど、そういう組み合わせで、このような犬耳ロリ巨乳の愛くるしい動物が生まれたわけである。

「そうなんだ、僕はアサト・ギュウタンシオ。ヤキニク星系人だよ。くれぐれも僕を呼ぶときはアサトって呼んでね。さっきの怖いお姉さんはソフィア・デザートイーターさん。グルメハンターらしい。僕はソフィって呼んでる。短い間だけど仲良くしようよ」

 そんな感じで、僕とミルは握手を交わした。ミルの驚くほど小さい手は、肉球の名残なのかとてもぷにぷにしていて気持ちよかった。


「誰が怖いお姉さんなのかしら?」

 怖いお姉さんの登場である。不機嫌そうな顔から察するに、まだ怒りは収まっていないようだ。

「それはそうと、今私らってどこに向かってるの? っていうかここどこなのよ?」

「今はどこにも向かってないです! どっかの銀河ハイウェイを流しで航行中なのです。ここがどこかは今から調べるとこです!」

 ミルはずいぶんマイペースな性格のようだ。


 僕はたぶん地球からずっと遠い宇宙なのだろう窓の外を眺めた。宇宙は他の場所から見るのとさして違いなく、星々がきらめいている。なんならその星々の海をイルカが泳いでいる。イルカ!?

「ねぇねぇ、もしかして宇宙イルカとかってのもいたりするのかな? 目の前を群れで泳いでるように見えるんだけど」

「宇宙イルカ!?」

「や、や、や、やばいです!」

 二人が同時に慌てた。

「宇宙イルカがいるってことは、ここはロベリア宙戦跡!? は、はやく宙域を脱出よ! コソ泥! 急ぎなさい!」

 あいあいさーとミルは返事する。イルカの群れはどうやらこっちに向かってきているようだった。

 

 宇宙イルカ。

 はるか昔、ロベリア星系正規軍と、ロベリア宙域ステーション軍との間で、唯一の居住可能惑星である第三惑星ベリアをめぐって宇宙戦争が勃発した。当時、大銀河連邦内でも屈指の科学力を誇っていたロベリア星系正規軍は、宇宙戦に特化した小型無人戦闘船を開発した。それが俗にいう宇宙イルカである。そのフォルムは限りなくイルカに近い。長きにわたる戦争の中で、敵軍から統括AIのクラッキングを受けた宇宙イルカは完全にアウトオブコントロールとなって、宙域内の宇宙船を撃沈しつづけている。今や貿易不能となったロベリア星系は無人の宙域と化し、宇宙イルカが跋扈する死の宙域と化している。今までに大銀河連邦軍によって何度も宇宙イルカの討伐が試みられたが、宇宙イルカは驚くべき戦闘力、自己再生能力、自己増殖能力、ソーラーエネルギー駆動を持っており手に負えないらしい。現在は大銀河連邦政府の発行した宇宙交戦基本条約により連邦軍以外の宇宙イルカの製造は禁止されている。また、このほどでは無人戦闘兵器撲滅の会など、イルカをシンボルとする平和活動団体も多い。


 つまり、今僕らの船は宇宙イルカによって撃沈されかけているらしい。宇宙イルカがこちらに近づくにつれ、結構なスピードで近づいてきているらしいことが見て取れる。よく見ると目が赤く光り輝いている。

「やばい、もうすぐ射程圏内みたい! コソ泥! 亜光速航行の準備はまだなの?」

 幸い、宇宙イルカには亜光速航行の機能はついていないようだ。もともとの目的が宙域戦闘だからだろうか。

「もうちょっとです!」

 緊張のせいか、ミルの耳はピーンと立っている。かわいい。そんなのんきなことを考えていると、大きな衝撃音とともに船が激しく揺れた。

「やば……ウィングやられたかも……」

 ウィングは通常の宇宙航行ではなくても問題ないが、大気のある惑星に降りられなくなる。すなわちいろいろと困る。

「できたです! 亜光速ブースター、スイッチオンです!」

 ミルがスイッチをぽちっと押すと一瞬宇宙イルカが引き伸ばされたように見えたと思ったら、同様に景色の中心部から引き伸ばされてきた光に混ざってわからなくなった。


「船長さん……船内被害状況を確認したら、やっぱりウィングぼっきりいっちゃってるです……」

 悲しそうに被害状況を報告するミル。

「まずいわね……あんたをどっかの辺境惑星にドロップする計画が……」

「そんなこと考えてたです!?」

 今にも泣きだしそうなミル。

「まぁなんにせよ、先に船を修理しないとね。アサトの怪我も治さないといけないし……ねぇコソ泥、あんた身分証さえあればそれ以上深く詮索しないで治療してくれる医者しらない?」

 何ともざっくばらんな問いかけである。というか一応僕の怪我のことも気にしてくれていたことが素直にうれしい。

「え、もしかしてアサトさんってやばい系の人です?」

 目がはてなになるミル。

「違う違う。僕は実はヤキニク星系人っていうのは偽装で、本当は地球人なんだ。ひょんなことからこの船の全自動食べ物飲み物製造機のミックスチャンバーに放り込まれちゃったのさ」

「ええええ! 地球人!? サインくださいです!」

 とかいいながら右手を差し出して深く礼をするミル。それはサインくださいのポーズじゃなくて第一印象から決めてましたのポーズじゃないか? 

「まぁそういうわけで、正規の医者だといろいろ危ないわけ。どっかいいとこ知らない?」

「うーんそうですね、ここってまだロベリアからそう離れてないですよね? だったら近くの古戦場跡に集落があるって噂を聞いたことありますです。ロベリア宙域はデータ上は無人となっているはずなので、もし本当にあれば、たぶん怪しい人たちの集まりのはずですので、たぶん修理もできるしもぐりの医者もいると思いますです。確かぎりぎり宇宙イルカの索敵圏外のどこかだったと思いますです」

「なるほどね。そこならあんたも降ろせるし、ウィングも修理できるし、アサトの足も治療できるし一石三鳥ね。そういうことなら宇宙イルカの索敵圏外ぎりぎりの生体反応を検索して、そこに向かいましょう」

「了解です!」

 船長に向かってビシッと敬礼するミル。そんなミルのふりにソフィもまんざらではない様子。大事にならず、なじんでくれてよかった。


「ミル、自動操縦に切り替えたらシャワー浴びてきなよ」

 と提案する僕。なにせ彼女の頭にはいまだに卵がべっちょりついている。

「え!? もしかして覗くつもりです!?」

 なんでやねんと突っ込みたくなる僕。

「あんた、私のだけじゃなくこんな子供にまで……」

 ひどい誤解である。

「子供じゃないですー!」

 だだをこねるみたいにわめくミルは十分子どもらしくてかわいい。しかし問題はそこじゃない。

「あれはただの事故でしょ! 覗かないから大丈夫だってば」

 ふーんとまるで信じていない目でにらむソフィ。視線が痛い。

「あ、そういえば遅くなりましたけど、お邪魔してごめんなさいです。新婚さんなんですよね? そんなに見つめ合って、仲良しカップルうらやましいです!」

「「は!?」」

 一体どこでどういう勘違いをしたらそうなるのだ。いや、よく考えれば男女二人で旅をしていると傍から見るとそう見えるのだろうか。

「あ、でもでも、アサトさんは地球人だからこれってもしかして禁断の恋!? 二人は駆け落ちなのです!?」

 手で顔を覆ってキャーとなっているミル。僕の隣には真っ赤な顔をしてわなわなと震える手でレーザー銃に手を伸ばすソフィ。ってちょっと!? ソフィさん!?

「だ、だ、誰がこいつとカカカカップルですって!?」

「違うんです?」

 ちょっと残念そうに人差し指を口元にもっていくミル。

「違うも何もただの行きずりよ! 私らはこいつを地球に帰すために記憶消去装置を買いにボングに行ってたのよ!」

「おー! なるほどそうだったんですか! あれれ? でも記憶消去装置って、今人権問題とか犯罪助長がうんたらかんたらで、今は販売禁止なのですよ? 連邦公認の調査団しか持ってないはずです」

「「なんだって!?」」

 またも思わず同時に叫んでしまった僕とソフィ。ちょっと恥ずかしいなとソフィの方を見ると、ソフィも顔を赤くしてうつむいている。

「え、じゃあ僕どうやって地球帰るの? 記憶消去なし?」

「それは残念ながらだめだめなのです。未開惑星は、先進惑星の歴史がデータベース化する以前の社会史や環境史をシミュレートするために観察されているので、特殊な記憶を持つ人がいるだけで、バグが出てしまってばれるのです」

 

 銀河史シミュレート計画。

 それは文字通り、銀河の知的生命体が絡んだ社会史や環境史、生物史をシミュレートする試みである。知的生命体が誕生し、文明を獲得してから長い時を経た先進惑星では、データ化時代以前の古い記録は失われてしまっていることがほとんどだ。そこで、どのような道筋を辿れば現在のような状況になりうるのかを、多数の後進未開惑星をサンプルとして観察することにより、シミュレートしようというものである。この計画は大銀河連邦科学局によって大々的に行われており、未開惑星調査団の主な目的の一つである。ただ、この計画には辺境惑星の視察が不可欠なため、多額の費用が掛かる。そのため、大銀河連邦市民派の議員たちによって、どの時点で目的が達成され、計画を終了できるのかなどの議論は現在も盛んに行われている。ちなみに連邦神学局と哲学局はすべての生命の起源がわかるかもしれないこの計画を問題視し、事あるごとにに反発している。


 ミルの話はよくわからないが、地球に帰るためには記憶消去が必要不可欠らしい。そうなると、記憶消去装置を入手する路線で考えるしかなさそうだ。

「何か方法はないのか?」

「うーん……わからないです。あるとすれば調査船団の船に忍び込んでこっそり拝借しちゃうとかです?」

 可愛く首をかしげてとんでもないことを言うミル。やっぱりただの宇宙コソ泥なんじゃないのかこいつ。

「悩ましいわね……まぁともかく、今はアサトの怪我の治療と船の修理が先決よ。そこで少し滞在して、今後の方針を決めましょう」

「それがいいです! 自動食べ物飲み物製造機のゲルジュースは食感が好きじゃないので食べ物補充です!」

 ぐっと胸の前で握りこぶしを作るミル。

「まぁあんたはそこにおいてくんだけど!」

「はわ、そうでした!」

 てへへと後頭部をぽりぽり掻くミル。しぐさがいちいち小動物っぽくて可愛らしい。

12/1 分割に伴い一部加筆・修正いたしました。

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