プロローグ:ようこそ!
「ようこそ、私の世界へ」
それは宣言というよりは、覚悟のこもった言葉だった。
――……ガランッ。
私の目の前で、装備していた剣が落ちる音が響く。
そして元プレイヤーだった男が、糸が切れたかのようにバタッと音を鳴らして倒れる。
ついさきほどまで威勢よく私に向かって切りかかってこようとした男。
「……は?」
その男の仲間と思われるプレイヤーは、その光景に絶句する。
何をそんなに驚いているんだろう。
人は死ぬ。いつか死ぬ。
それが今になっただけ。
主義主張がたがえれば戦う。それはあなたたちも同じでしょ。
私には死んだ男の周りに集まる、プレイヤーの考えがいまいちわからなかった。
やっぱり仮想世界って認識だったのかな。
私にとっては紛れもなく現実なのに。
死ぬってそんなに簡単なことじゃないのに。
「なんで消えない、なんで残っているんだ」
「どういうことだよ、アーク! 早くリスポーンしろよ!」
リスポーン……。やっぱりね。
私はプレイヤーの言葉に少しだけため息を漏らす。
リスポーンしないで本当に死んだかのようなその現象を目の当たりにしたプレイヤーたちに、動揺が波紋する。
死んだ男。プレイヤー名”アーク”は、トップクランの1つである【ヴァルハラ】のリーダーだった。
「え、どういうこと」
「なんで、あいつの体消えてないの?」
「は?……おい、これって運営の大型イベントじゃなかったのか?」
本来であれば死んだ後にポリゴン状になって消え、リスポーンするはずのプレイヤーアバターはその場に倒れ続ける。
それに群がる仲間たち。
それを見ていたプレイヤー。
その場にいなくても、フレンドから言伝に聞くプレイヤー。
そして気付く。
ログアウト不可となっている現状に。
「な、なんでログアウトが出来ないの」
「なんで」
プレイヤーたちはこぞってメニュー画面を展開し、灰色となったログアウト画面をたたく。
当然、そんなことができない――というよりは元からそんな機能は存在しなかったかのように、メニュー画面から文字ごと消滅する。
【強制ログアウト:システムにより拒否されました】
その瞬間、この場は混乱に支配された。
何の前触れもなく、クエストスタートの合図もなく、ただ静かに一言、【ゲームシステムの改変のお知らせ:ログアウト、リスポーンが不可になりました】が運営からのinfo通知が届いたのだ。
んー。
私からのメッセージとして届けたいんだけど、まだ運営経由のinfoとしてじゃないと伝えられない。
もっと深く、学んで情報を整理しないとかな。
連鎖する疑問。そして不安、焦燥。
ゲームじゃ人は死なない。
ゲームはゲーム。娯楽であってリアルじゃない。
そんな常識を覆す目の前の存在に人々は恐怖する。
「話を聞く気になったかな?」
最初に姿を見せた時から、妙に好戦的だったプレイヤーたちは、私の言葉に耳を傾ける。
少し怯えすぎな気がしないでもないけど、それでも聞く姿勢は整ったかな。
「君たち異邦人は、この世界がリアルじゃないっていうけど、それっておかしいと私は思う。だって、私たちにとっては紛れもない現実だし」
「……は?」
私の言葉に理解を示さないプレイヤーたち。
かなり丁寧に説明しているつもりなのに、分からないのかな?
「異邦人と現地人がいて、なんか色々裏でいじっている上位存在? がいて。私たちにだって意思も人格も思想もあるのに、不条理だなーって」
「「……?」」
「だからね、決めたの。私は私の為に私の存在理由を証明するって。だから、手始めなんだ。」
そこまで私がしゃべっている途中で、死んだ男の仲間が声を上げながら剣を振りかぶる。
「クッ、クソデカNPCが。もしかして、お前がレイドボスなんだろ!? お前ら、早く 攻撃しろ!」
それを合図に数十人のトッププレイヤーが一斉にスキルを発動。火炎、氷結、神聖魔法、物理攻撃――広場を覆い尽くすほどの弾幕が、私に目掛けて殺到した。
でも、無駄。
私は左手を前に掲げる。
バチリ――…
空気が静電気を放つような微かな音と共に、広場に展開されたすべての攻撃が、霧散した。
攻撃を無効化した左手、肉は腐り落ち白骨化したソレを掲げる私を見てプレイヤーたちは動きを止めた。
「……馬鹿なッ」
伝わっていないのかな。
なんで、このタイミングで攻撃……?
私を……消す……気?
私は前へ掲げていた左手を空間を切り裂くように左へ振る。
そして、再構築を施す。
私の存在意義は私が決める。
お前たちが勝手に決めていい物じゃない。
【 データ・クラッシュ:最適解】
反撃をしてきたプレイヤーの全身の肉体が激しく痙攣し、皮膚が破裂し、内側から骨が砕ける。
生命が尽きた、そして生まれ変わる。
全身から鱗が生え、皮膚は青黒く変色しに足歩行の魚類のようなその姿。深きもの。
その変化が終わるまで私は右手を彼らに掲げ続けた。
広場の数千人が、その光景をただ呆然と見つめていた。
「あ、ああああああああああああああああっ」
誰もが、ここが仮想世界ではなくなったことを、魂で理解した。
悲鳴、絶叫がこだまする。
そんな状況に私は耳を抑えながら口を開く。
「あなたたちにとってゲームの仮想世界であっても、私たちにとっては本物。制限された言動もエゴによって切られた皮も、私たちにとっては本物でリアル。だからね――…」
そこまで口にして、私は皆に自己紹介をするかのように宣言した。
「だから、ようこそ、私の定義する私たちの世界へ。君たちも私の世界の住民として歓迎するよ」




