後編
結果として、私たちは魔王に勝利した。
ゲームでは七人メンバーの中から四人選出して戦うのだけれど、現実はそうでもない。
私はアレンの指示で戦闘開始直後にレアと協力して補助魔法を使った後、物陰に隠れた。そして皆が魔王を攻撃して負傷した際に、こそっと移動して回復し、また隠れ場所に戻る、ということを繰り返した。絵的には全く美しくないけれど、これが私の戦い方だ。
最後には醜悪な見た目の魔王に向かってアレンが飛びかかり、勇者の剣で額を貫通した――ことで魔王は捨て台詞を吐いて絶命するのだけれど。
そう、そうでした。
ここは、オリジナルキャラクラー・レアの存在するクソ二次小説の世界線なのでございます。
「たかが人間ごときが……舐めるな……!」
「うわっ!?」
「アレン!」
絶命するかと思われた魔王が吠え、アレンを振り払うと両手に闇の力を凝縮させ始めた。
ゲームにはない――二次小説の展開になる中、飛び出したのはレア。彼女の体が淡く光り輝いて、眩しいばかりの輝きが魔王を完全に討ち滅ぼした。
……うん、そうだよね。そういうふうに書いたのよね。
なんだか……申し訳なくなってきた……。
「レア、レア!」
アレンが叫ぶ中、空中で光り輝くレアは振り返って微笑み――私たちに向かって手を振ってから、ふわっと消えていった。
魔王は、死ぬ間際に発動させた闇の魔法により全てを壊そうとした。
しかし勇者アレンの仲間だった謎の女性・レアは最後の力を振り絞って、魔王の闇魔法を砕いて――そして、消えてしまった。
アレンの声が、魔王城のホールに空しくこだまするのを、仲間たちはただ見守っていた――
レアを失った私たちは、魔王城を脱出した。
「レア……」
「アレン、元気を出せって」
「そうよ。何も、レアが死んだと決まったわけではないわ」
「そうだよ! アレンがうじうじしていたら、戻ってきたときにレアが悲しむぞ!」
「こういうときこそ、勇者様は堂々としているべきでしょ」
落ち込むアレンに、仲間たちが声を掛けている。そんな様を、私は少し離れたところから見ていた。
……私は、知っている。
この後、アレンは行方不明になったレアを捜すべく旅に出る。そうして、力を使い果たして神々の国で休んでいたレアのもとにたどり着いて、神の許しを得た上で彼女を地上界に連れて帰るのだ。
――神と人のハーフではなく、ただの人間になったレアとして。
それまでにはまず、アレンが立ち直らないといけない。でも、彼は必ず前を向ける。
そうして……愛するレアを連れ戻すために再起するのだ。
「……サマンサ」
「あっ、デューク様」
振り向くと、闇の魔法剣士装備から普段の旅の衣装になったデュークの姿が。
彼は皆に囲まれて励まされるアレンを見つめ、目を細めた。
「……かなり、打ちひしがれているな」
「そうですね。……でも、きっと大丈夫です」
「それは……アレンのことか? それとも、レアのことか?」
「両方です」
私がはっきりと言うと、デュークは口を閉ざした。
そしてかなり沈黙した後に、再び口を開く。
「……決戦の前に、言ったことだが」
「……」
ああ、あの死亡フラグの。死ななかったけれど。
「言いたいことはあるのだが……レアがいない今、それを口にするのは少しはばかられる」
「そうでしょうか」
「……不謹慎だと思われそうでな」
だが、とデュークは黒髪を掻き上げ、私を見てきた。
その眼差しは……とても優しい。
「だから……すまないが、レアが戻ってくるまで、もうちょっと待ってほしい」
「……」
「八人が揃った状態で、おまえに聞いてほしいんだ。できれば……皆からの理解も得たいし」
そう言うデュークの頬は、ほんのり赤い。
彼が、何を言おうとしているのか。なぜ、赤くなっているのか。
その想像が付かないほど、私は鈍くはない。
私だって……「もしそうだったら、いいな」と旅の間に密かに思っていたから。
「……分かりました。では、レア様が見つかるまで、これは保留ということで――」
『……ちょっと待って! いいところなのに、どうしてなの!?』
どこからともなく、声がした。
それが聞こえたのは私だけではないようで、デュークや向こうにいるアレンたちも弾かれたように顔を上げて辺りを見回している。
「こ、この声って……?」
「どこから……?」
『ああ、もう! これって私のせいなの!? そうなの!? だったらすぐに行くわ!』
『待ちなさい、レア! おぬしはまだ体力が……』
『そんなのどうにでもなるわ! えええーい!』
誰かが揉めるやり取りの後――青く晴れた空に、ピッ、と亀裂が走った。
この展開は……映像では見たことはないけれど、文字では知っている。というか、書いている。
これは、レアと一緒にアレンが地上界に戻ってくるときの演出で――
「レッ――」
「サマンサ!」
時空の裂け目から飛び出してきたのは――灰色の髪の美少女だった。
かつてはきらきらしていた銀と紫を混ぜた色の髪は、かなり地味な色になっている。宝石のようだった金色の目も、今はごく普通の黄色っぽい色合いだ。
でも、それでも彼女は――レアは美しかった。
アレンたちが慌てて駆けつけてくる中、時空の裂け目から下りてきたレアはすとんと草原に着地して座り込み、そのまま私をきらきらとした目で見てくる。
「私、帰ってこられたわ! だから、はい、続きをどうぞ」
「レ……え……え? 続き……?」
「あ、そうそう。私、実は神と人間のハーフだったそうなの。でも魔王戦で神の力を使い果たして、神々の国で休んでいたの。でも、私が帰ってこないとデュークが続きを言わないって声が聞こえてきたら、我慢できなくて……」
来ちゃった、とテヘペロするレアは、とてつもなく可愛い。
私たちは呆然とレアを見ていたけれど……やがて、ぎこちない動きでアレンが私たちを見た。そして身振り手振りで、「続きをどうぞ」と示してくる。
まさかの展開にデュークは凍り付いていたけれど、レアの期待に満ちた眼差しや仲間たちの生暖かい眼差しに見つめられたからか、真っ赤になりながらんんっと咳払いをした。
「なんでこんな……ロマンスも情緒の欠片もないことに……」
「ねえ、早く言って、デューク!」
「このゆるふわ女め……! ……え、ええと、サマンサ」
「はい」
デュークが、私を見る。
私も、デュークを見る。
「その……共に旅をしてきて、分かった。俺は……おまえのことが、好きだ」
「デューク様……」
「一生懸命で、誰にでも優しくて……弱いはずなのに誰よりも強くて、逆境にもくじけないおまえが、好きだ。一生を掛けて、守りたい!」
デュークがその場に膝を突き、胸もとから何かを出した。それは……彼の手には小さすぎる、指輪だった。
そういえば、彼は亡き母親の形見の指輪をお守りにしているという公式設定があった。そんな大切なものを、私に差し出してくる。
「これは、まだ早いとは思っている。その……今は、おまえと一緒にいられるだけで十分だ。でもいずれ、これも受け取ってほしい。……それくらいの気持ちで申し出ているのだと、分かってもらいたい」
「……」
「その……できれば、返事を」
いつも凜としていて、パーティーの最年長者としてしっかりしているデュークが、しどろもどろになりながら告げてきた。
私も。
私も……あなたのそばに、いたい。
私の「強さ」を認めてくれるあなたが、いい。
「……はい。嬉しいです」
言葉と共に、私は左手を差し出した。
彼はまだ早いと言っていたけれど……私も「それくらいの気持ち」だということを表したかった。
デュークがはっと息を呑み、そして――クールな一匹狼らしくない少年のようなあどけない笑顔になった。
「ありがとう、サマンサ」
「こちらこそ。……好きです、デューク様」
「……俺も、好きだ。ずっと、一緒にいてくれ」
デュークはそう言うと、私の左手薬指にそっと指輪を通してくれた。
しかし、小さな指輪は第二関節で止まってしまった。
悲しい。
かくして世界に平和が訪れた。
勇者アレンは、英雄として祭り上げられた。
ユージェニーはダリルを父王に紹介し、様々な問題を乗り越えた末に二人は結ばれた。
エルとノアは王国の学院に通い、それぞれ立派な女格闘家と魔法使いに成長した。
デュークはサマンサを連れて故郷の帝国に帰った。悪政を行っていた皇帝を退位させた後、彼は叙勲され異国人の妻を迎えるに至った。
そして……謎めいた女性・レアは、姿を消した。
彼女の名は歴史書に記されなかったが、人々は「神の巫女」として勇者の旅を支えた謎の女性のことを、敬愛していたという。
……ということになっているみたいだけれど。
「デューク、サマンサ! おじゃまします!」
「……おまえ、また来たのか」
帝国にある屋敷にて。
リビングでお茶を飲んでいた私たちのもとにやってきたのは、灰色の髪の美女。彼女は上機嫌で部屋に入ってくると、私が抱っこしている赤ん坊を見て歓声を上げた。
「わあ……! いつ見ても本当に可愛い……!」
「ふふ、ありがとうございます。この子も、美人なお姉さんが会いに来てくれて嬉しそうですよ」
「本当!? こんにちはー、レアおねえさんですよー!」
赤子の顔を覗き込んでべろべろばー、と渾身の変顔を披露するのは、巷では「神の巫女」と呼ばれているレアだ。
私の小説の設定をぶち破って自力で地上界に帰ってきたレアは、アレンと結ばれる……ことはなく、各地を放浪していた。
本人曰く、「これは愛を求める旅よ」ということで、自分にとっての愛とは何なのかを探求しているという。
……考えてみれば、原作RPGでもアレンとサマンサの仲は良好だったけれど、かといってエンディングで結婚するわけではない。
そして前世の私が書いたクソ二次創作ではアレンとレアが結ばれたけれど、それは私の裏切り行為がきっかけだった。私は裏切らなかったから、アレンとレアは仲間止まり。
それに、レアはちょっと不思議ちゃんで空気が読めないところはあるけれど、根が悪いわけではない。サマンサが「一方的に嫉妬」しただけという設定で、レア本人はサマンサを嫌っていない。
だからきっと、今でもこうして度々顔を見せに来てくれるようになったのだろう。作者の私が言うのだから、間違いない。
「レア様にとっての愛は、見つかりましたか?」
私が問うと、メイドが淹れたお茶を飲んだレアは首を横に振った。
「まだよ。愛は……本当に果てしないわ」
「何を言っているのやら……」
「まあ! いち早くサマンサとの間に愛を見つけたからって、デュークが偉そうな顔をしているわ!」
「していない。呆れているだけだ」
レアは憤慨するけれど、本気で怒った様子はない。デュークも、いつも連絡なしに押しかけてくるレアのことを迷惑がりつつも、きちんともてなしている。
思わずふふっと笑うと、デュークとレアと……私が抱っこする赤ん坊も、こっちを見てきた。
「サマンサ?」
「いいえ。なんだか……幸せだと思って」
平和な世の中で、愛する人と一緒に過ごせる幸せ。
この展開は、原作ゲームにも二次創作にもない。
でも、きっとこの世界こそが私にとってのハッピーエンドなのだと思っている。
「……デューク、サマンサ。私、分かった気がするわ」
「どうしたの?」
「嫌な予感しかしない」
「私……サマンサの笑顔を見ていると、胸が温かくなるの。きっと、私の求める『愛』はこの屋敷にあるわ!」
「えっ?」
「ということで、研究のためにしばらく泊まらせてね!」
「やめろ」
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