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プロローグ

 俺が剣を振るう度に薄暗い洞窟中に悲鳴が響き渡り、壁や天井に鮮血が飛び散る。

 俺を恐れて大の大人達が情けない声で泣き喚き、逃げ惑い、そして死んでいく。


「痛いいいいッッッ!! 腹が、腹が!!」


 下腹部から溢れ出す血を抑えようと手を当てて藻掻いているデカい男の喉元に一差し加えると、動かなくなった。


「どいつもこいつもグチグチグとうるせえな。奪う殺す犯すと世間様に顔向け出来ねえ様なライフスタイルを散々満喫しておいて何泣き言を言ってんだ」


 俺はそう吐き捨てながら、辺りを見回してこれ以上の敵が居ない事を確認する。


「これで一段落か。随分殺ったな」


 背後に広がる死体の数を数える。両手になんとか収まりそうな程度の数。こいつらは山賊。この辺りでは珍しくもない略奪者達の一味だ(名前は忘れた)。


 悪逆無道の無頼漢。寒村を襲っては奪い、旅人を襲っては殺し、姿が良ければ性別などお構いなしに猛り狂って襲いかかるようなロクでなし共。

 こんな連中はこの血と争いと疫病と悪鬼共が蔓延るクソみたいな世界ではそう珍しくもない。


 俺がそんな連中を斬り倒しているのは、山賊共が食い物にして来た村の一つから討伐依頼を受けたからだ。

 と言っても、彼ら、p俺一人に出来る筈が無いと半信半疑ではあったが。 


「弱いしドロップは渋いし遠いし、どうしようもねえ連中だな」


 俺は一人の男の腰から下がっていた剣を手に取ってみたが、どいつもこいつもこんな二束三文にもならないような品々しか使っていない。錆が浮かんでいる物まである。


「持ってるのは小銭と食い物、そして酒ばっか。それに武器はどれもこれもなまくら。シケてるな」


 革袋から歪な円形をしたコインをかき集めては自分の懐に入れつつ、乾ききって固くなったカビ臭いチーズを口の中に放り込んで、どこか生臭い密造酒で流し込む。

 

 これが今の俺の生き方だ。

 生きるために殺し、金の為に奪い、そして明日のために喰らう。


「それでも、少し前よりは健康になった気がする」


 自分でも酒臭いのが分かる息を吐きながら、俺はかつての自分の暮らしに思いを馳せる。

 朝もなく夜もなく、会社と現場と打ち合わせ先とを行き来していたこの間までの自分に。


「腹回りも緩くなったし、血相がよくなった。それに何より毎日よく眠れる。身体を動かして、太陽が落ちたら寝て朝日と共に目覚める。飯は死ぬほどマズイが飢えるほどでは無い。……そりゃ健康になるわな」


 終電時間と睨めっこして僅かな時間の合間に冷え切ったコンビニ弁当を急いでかき込み、たまの楽しみと言えば上司の目を盗んだ一服。そんな日々と比べれば、若干ながらこっちの方がマシなのかもしれない。

 ……そんな事を考えた途端に背筋に寒気が走った。


「んな訳ねえだろ……。あの女神のせいでこんな事しなきゃならないんだ。折角人生が上向きかけたってのに」


 そう、俺――曽宮灯里そみやあかりは無理やりこの世界へと連れてこられた。ある存在によって。

 過去に思いを馳せていると、洞窟の奥から複数の足音が聞こえてきた。


「新手か。……憂さ晴らしと行くか」


 現れたのは、分厚い鎧を着込んだ男を先頭にした山賊達。

 幅広の剣を手にしている鎧男は俺に向けて怒鳴る。


「テメエ、散々暴れてくれたそうじゃねえか。しかしこのマッドン様が来たからには……」

 

 やってきた鎧の男の口上は途中で終わる。フルフェイスの兜に覆われてその顔を伺う事が出来ないが、俺の異様な形相を見てさぞかし驚いている様だ。


「……なんだあ、テメエ。その変な格好は」


 マッドンだかが驚くのも無理は無い。

 今の俺の腰には幾つもの剣にメイスに手斧にと数々の武器がぶら下がり、薄汚れた胸甲の上には返り血に濡れたコートを羽織っており、腕にはレザーのヴァンブレイスを身に着けて脚には厚手の革を使ったレギンスを着込んでいる。

 今相手をしている山賊たちの方が統一性のある格好をしているのは間違いない。


 怪訝そうな顔で、山賊たちは俺を見ている。


「おいダグ、本当にこいつがここまで一人でやってきたってのか? どう見てもそんな手練には見えねえけどな。精々墓荒らしか、〝漁り屋〟にしか見えねえけどな」

「マッドンさん、間違いないです。ここまでの仲間は全員、こいつ一人にやられちまったんです」

「流れの騎士か、傭兵か……まあいい、殺るぞ」


 マッドンと呼ばれた男が合図を出すと、彼の背後に控えていた二人の山賊が俺を取り囲むように動き出す。やる気だ。


 俺が今回の得物として選んだのはしなるほどに細く、先端が鋭いレイピアと呼ばれる物に近いであろう長剣だ。

 

「鎧の隙間狙いじゃないとダメだろうからな」


 今の状態だとこの手の分厚い鎧を着込んだヤツには装甲の隙間に剣を差し込まないとダメージが入らない。もう少し鍛えたらスキルでゴリ押し出来るようになるのかもしれないが。


「同時に行くぞ!」


 鎧男の合図と同時に、三人は同時に俺に向かって飛び込んでくる。

 だが、俺の刃はすぐに二人の身体を切り裂いた。


「あんたが遅けりゃ意味ないだろ、情けない」

「く、ぐっ!」


 足を止めた鎧男の懐に飛び込んで着込んでいる分厚い鎧の腕、その装甲の継ぎ目をめがけて剣を突き刺す。

 鈍い音と同時に、鎧男の兜の内から苦痛に満ちた吐息が漏れるのを聞き止めた。ダメージが入ったな。


 そして同じ要領で次々と剣を突き立てていく。

 鎧男がよろけ、もがきながら俺から距離を取ろうとした時には既に俺の剣が兜の中に突き立てられる。


「ああああああっっっっ!! 目が、畜生、目が」


 鎧男が手にしていた剣を放り投げて、顔に刺さった刃を引き抜こうとする。が、俺はそれを許さない。

 軽く引き抜いてから、もう一度強く押し込んだ後に柄頭をぶん殴る。そしたら剣が折れた。


「えあああっっっ、うえ、えうっ」

「折れた」


 兜の隙間から血を垂れ流しながら転げ回る鎧男。そっちはどうでも良いが、彼が放り出した剣は大事だ。

 思わず手に取ってまじまじと見つめてしまうほどにどこか美しく、かつ切れ味が良さそうな長剣だったのだ。 


「いい剣だな、貰ってくわ」


 俺は動かなくなった鎧男をひっくり返しては刃を収める為の鞘を探す。


「……無いな。クソっ、鞘が無いと売値が下がるだろうが。いい作りしてるから結構な額になったろうに。畜生」


 愚痴りながら洞窟を更に奥に奥にと進んでいく事にした。

 後に残されたのは血の海と懐を漁り尽くされた哀れな死体だけ。残す物は何もない。


 そしてようやく辿り着いた洞窟の最深部。木の扉で区切られた奥には何かが潜んでいそうな雰囲気がビンビンしている。


「たのもーっ!」


 木の扉を蹴り開けると、丁度立派な髭を蓄えた半裸の中年男が寝床から起き出したところだった。

 なんか偉そうだし、それに側にどうみても事後って感じの全裸の女が転がってる。女の首には生々しい傷跡が残っており、彼女がもう死んでいる事を示している。この男が散々楽しんだ後に殺したのだろう。クズだな。


「誰だあテメエ。何を考えて……やがる?」


 山賊頭は俺の異様な形相と、全身に隈なくこびりついた返り血を見て表情を凍らせた。


「て、テメエ、何しに来やがった!? ここまで一人で!? 道中の部下共は一体どうしたってんだ!?」

「ここまでの奴らは全員殺した、お前も殺す」

「……は? なんだと? 一体何を……」 


 動揺する山賊頭に対して挨拶代わりに斬りかかる。が、見事に避けられた。

 体勢を立て直した男は、寝床の近くに立てかけてあった斧を持った。


「何なんだお前。何が目的で……」

「レベル上げと武器探しだよ。文句あるか?」

「?? てめえ、イカれてんのか!?」


 山賊頭は俺を狂人と判断したのだろう。それ以上やり取りするつもりも無いのか、斧を構えると片手でそれを振りまわす。


「死ね、イカれ野郎が!」


 頭は大振りの一撃を繰り返すが、距離を取っているので当たる事はない。

 だが、いつまでも避けている訳には行かない。広くはない部屋だ、背後にはすぐに壁が迫りつつある。  

 眼の前の男も考えなしに斧を振り回してるわけではないらしい。よく見れば確実に仕留める為に俺の移動方向を読んで攻撃しているのが分かる。


「へへっ、どうだ、もう逃げられねえぞ!」


 そして遂に背が壁に触れる。それを待っていたかのように山賊頭は両手でしっかりと斧を握り直し、薪割りの要領で振り下ろしてくる。


「そら、もらった!」

「!!」


 俺はなんとか防ごうと剣を構えるも、勢いを若干殺しただけ。

 受け止めきれなかった刃が俺の右肩に深々と突き刺さる。その途端に、目の前に白い星が飛び散るほどの激痛が全身を駆け巡り、右腕の感覚が失われた。


「どうだ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべながら、トドメを刺そうとばかりに俺の肩を抉っている斧を持ち上げようとする山賊頭。だが、その顔はすぐに絶望に染まる。

 自分の腹に突き立てられた刃に気が付いたのだ。


「なっ、テメエ、何を……」

「痛いんだよ! このクソ野郎!」


 痛みに打ち震えながら、俺は袖口から短剣を取り出し、頭の喉元へと突き立てる。

 頭の喉から飛び散る生暖かい鮮血が俺の顔を覆う。


「ゴボッ、テメ、何を、考えて……」

「うるせえ、死ね」


 喉から引き抜いた刃を、今度は顎から頭に突き立てる。そして、その刃を時計回しに捻りこんだ。

 それと同時に力を失った巨体が崩れ落ちる。

 俺はその様子を見届ける事なく、肩に突き刺さった斧を引き抜いた。そしてぶん投げる。


「あーくそ、痛え、痛えよ、この馬鹿力野郎が」


 辛うじてくっついているだけの右手を極力見ないようにしながら、震える左手を動かして懐から取り出した親指サイズのポーションを一気飲みする。

 途端に筆舌に尽くし難い痛みが消えていくのを感じる。


「あー、効く……」 


 恐る恐る肩口の傷を見ると既に血は止まり、傷口はくっつきかけて右手の感覚も戻ってきた。

 安堵しながら右手の手首を見る。そこには欠けた円のような紋章が乾いた血の様な色で刻み込まれている。円は8割ほどしか描かれていない。


 この紋章は、経験値を表す。この円が完全になればレベルアップという訳だ。。


「レベル、上がんねえなあ」


 ボヤきながら、虚空を見つめる。

 ただの会社員だった俺はどうしてこんなカビ臭い洞窟の中で血で血を洗う戦いをしているんだろうか。 


 ……その理由を、俺は知っている。

 思い浮かぶのはただ一つ。


「クソ女神が」

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