今更だけど
「おお・・・!」
「これは・・・!」
思いの外軽い格納庫を開けてみるとそこには大量の缶詰や保存食、それと・・・。
「・・・なにこれ?」
謎の小さな機械が入っていた。
おもちゃだと言われたら信じてしまいそうな程軽く小さいナニか。USBメモリーぐらいのサイズにレンズらしき物が嵌まってる。
掌に握ったら壊れてしまいそうな程小さいそれはまたしても見たことのない物なので、シキに聞くことにした。
『これはビデオカメラに分類されてる機械です。映像記録と再生装置のみに限定することによりコンパクトに納めることに成功されました。空中にホログラムで投影するので、面倒な準備は不必要です。とても丈夫で防水性にも優れてるので屋外でも楽しめます』
「・・・・・・これが?」
「未来のビデオカメラ超ちっせー。てか今空中にホログラムって・・・まぁ未来的ですけど」
ーーしかし、保管庫の中にある映像記録なんて、怪しさプンプンだな。見ない方がおかしいだろ。
そう考えたのはアカネだけでなく月夜の方もだった。目線はアカネの手元に向いて外れる様子はない。おそらくこの撤退区域にいた住民が残していった記録がここに入っているはずだ。
そこに思い至った所でアカネは気になっていたことをシキに訊いてみた。
「なぁシキ、撤退区域と安全区域はどう違うんだ?」
「それ今さら訊きます?」
「だって知らないし」
今更かもしれないがアカネにとってフィールドについて真面目に考えたことはなかった。真面目に考える必要がなかったともいう。アカネにとってこのゲームは自分好みの女の子を作る以外に大して興味はなく、ストーリーは適当に読み流していた。
『安全区域は『侵食』に侵される可能性が著しく低い地域を指します。現在はこの区域を中心に軍関連施設や市街地が建てられています。撤退区域は現在は問題ありませんが『侵食』に侵される可能性が高い地域を指します。指定された場所は如何なる理由があれ、居住することは許されません。既に住んでる場合は軍から退去を命じられます。安全区域と撤退区域の判断は軍の優秀な解析班と軍上層部の判断に決定されます。安全区域に移住する際には軍の護衛班が安全を確保しながら移住してもらう手筈です』
「てことは、これは逃げ遅れた住民の記録が入ってるってことか」
『この町では記録上複数人の軍関係者が巻き込まれています。まだあの頃は『侵略』の予想が上手くいかず、予想されていた日時よりも数日以上早く起こり、逃げ遅れたと推測されます』
そう言いながらアカネは手に持ったビデオカメラを改めて見る。裏にも表にもボタンらしきものはない。
「・・・どうするんですか?それ」
「もちろん、見る。・・・というか見ないという選択肢がないだろ、これ」
「ですよねー。しかしどうやって見るんでしょうかね、これ?壊れてたりしませんよね?」
「そんなの俺が知るか。・・・シキ、これの再生ってどうやるんだ?」
その後アカネと月夜はシキの指示のもと、上映会の準備に取りかかった。それ事態はすぐに終わり後は映像が出るのを待つだけの身となったアカネと月夜は談笑に興じていた。
「センパイ、この映像の中身なんだと思います?」
「いきなりなんだよ。・・・まあゲームだと何かの手がかりだろ」
「なにかっていうと?」
「そりゃなんでこうなった?とか、この事件の真実とは・・・、とか?あと次の目的地になりそうな所とか?」
「やっぱセンパイもそう思います?オレたちこれから何かの真相に迫るってことですかね?」
「正直知らんけどな。案外ただのビデオ日記かもしれないぞ?・・・お、そろそろ再生されそうだぞ」
見るとシキの説明通り、まるで映画のように空中に映像が写し出されようとしていた。
『・・・はじめまして。・・・おそらくこれを見てる人ははじめまして、なのでしょう。私はミズキといいます』
「あ、この娘結構かわいいですね」
「ま、そうだな」
少しして映像が安定するとミズキと名乗った黒髪の女性が映った。年頃はおそらく二十歳いくかいかないかで、気弱な印象受けやすい顔立ちのかわいい系の顔で、いわゆる守ってあげたくなる顔立ちをしている。映像ではさらに疲弊している雰囲気が漂っており、さらに儚い印象を与えていた。
その女性はどこか思い詰めた様子でこちら・・・正しくはカメラに目線を向けている。
『この映像を見ているということはおそらくあなたたちはここのではないところから来た人たちなのでしょう。・・・もう三日ほど私以外の人間をこの町で見なくなりました』
「「あー・・・」」
『おそらくこの町には私以外の人間はいないのでしょう。・・・もしこの町に生存者を探しに来たのなら、ごめんなさい。私が最後の一人だと思われます』
「まぁ、それはわかってた」
「ですね」
『そして私もそろそろここを出ようと思って、このメッセージを残すことにしました。なぜこの町はこうなったのか?と説明しますと、その、・・・』
説明にはいるのだろうと身構えていると映像の女性は言いにくそうに言葉を止めた。どうしたのだろうかとアカネと月夜は顔を見合わせていると・・・。
『・・・その、このような状況に陥った後、この町では暴動が起こりました』
「「・・・・・・・・・・・・え?」」
暴動、というあまり聞きなれない言葉にアカネと月夜は思考がフリーズしてしまう。
意味がわからなかったのではない。そんな言葉を聞くのは自分とは関係ないテレビの向こう側のことだと思っていたからだ。
事実、二人はここで聞くまでその可能性を考えてなかった。
『・・・軍の方がおっしゃってました。おそらく私たちは『侵食』に巻き込まれたのだと。そのため援助は絶望的である、と』
「「あっ・・・」」
アカネと月夜はここに来て今更のように思い至った。
ここは異世界で、当然援軍なんて来なくて、帰るところも行く宛もが何処にもない、ということがどれ程危険なのか。
そして自分達とは違い、戦うことのできない人たちにとって四方をモンスターの出る森に囲まれたここは、絶望以外の何物でもないということに。
『それでも最初は軍の方々が何とかしてくれると思ってました。軍の方々も私たちを安心させようと頑張ってくれてたと思います。武装した方々がこの近くの森から出て状況を確認するとここから出ていった方々も。・・・きっとなんとかなると、思ってました』
今までの事を思い出しているのか、声がどんどん暗くなっていく。
『・・・しかし、何日も経つうちに残った食料に不安が見えるようになってきました。外に出た人も誰も、帰って来ませんでした』
「「・・・・・・・・・・・・」」
『・・・次第に残った皆さん、日に日に苛立ちやすくなり暴力的になる人が出始めました。・・・それでも私はどこかでなんとか、なるんじゃないかって、思ってました』
少しづつ声が詰まり始める。顔はどんどん伏せがちとなり、見えにくくなってきた。
しかし二人は気づいていた。
『最初は、軍の方々も穏便に、押さえようと、してくれてたんですけど、次第に力づくになり始めて、それで、とうとう軍の人が民間の人を・・・』
「・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・ちっ」
『・・・・・・それから、連日、どこ、かで誰かが、争うように。・・・パニックになった私は、気づいたら知らない、人の家の中で、一人で隠れていました。・・・数日ほど経って、何の音もしなく、なりました。それでも怖くって、食料が、尽きるまで、私はグスッ、・・・私はそこから、動けませんでした。・・・ズズッ。・・・それで、久しぶりに外に出たのは、三日前の事です』
泣きそうなのだ。
本当は泣きたいのだろう。声は既に鼻声で、途中から出そうになる涙を押さえようとしている様子が見てとれた。
『三日間、誰も、いない町を、さまよいました。最初は、私以外の誰かに会ったら、どうしようかとビクビクしながら歩いていました。でもいくら歩いても、誰も会わなくて。それで歩いてたら変な臭いがしてきて、嫌な予感したんですけど、どうしても見なきゃいけない気がして、それでそこに近づいたらひ、人が死んでい・・・て』
考えてみれば当然だ。いきなり軍が来てここを出ていけと追い出され、それに従ったのにこんなところに飛ばされて、残った人間たちで殺し合う。
こんなことが起きれば誰だって平常心は保てないだろう。それなのに彼女はこうやって必死に堪えて顔も見たことない誰かに伝えようとしている。
『それで、私怖くなって、誰かいないかって大声で呼び掛けたんですけど、誰も呼び掛けに答えてくれなくて、きっと私以外もうここにはいないんだって。・・・・・・』
「「・・・・・・・・・・・・」」
映像の女性・ミズキが喋るのを止めると辺りに沈黙が降りた。
アカネも月夜もいったい何を喋ればいいのかわからずにいた。こんなときに何を言えばいいのか考えたこともなかった。
そんな嫌な沈黙を破ったのは映像の女性だった。
『・・・・・・・・・・・・なんで』
「「・・・・・・!?」」
女性が喋らなくなって二人はどこか映像が終わった気でいたからか伏せていた顔を上げ、映像に目を向ける。
『なんで、私こんな目に遭ってるんですかね?』
「・・・・・・・・・っ!」「・・・・・・・・・・・・」
『わかってるんです・・・!誰かが悪いって訳じゃないって!それでも!』
それは静かな、心の底からの慟哭だった。怒鳴るような声ではない。だが強い怒りが感じられる声だった。
『・・・・・・なんで私こんな目に遭うの?私なにか悪いことした?したのなら謝るから!だから!お願いだから、帰してよ!お父さんとお母さんたちのところに帰してよ!』
なんで私がこんな目に?
その理不尽を嘆いて苦しんで怒っている声だった。
『なんで・・・、なんで、あたしなのよぉ・・・』
その後の彼女はずっと泣いていた。静かな声でずっと、ずっと泣き続けた。
~~~~~~~
『ごべんなざい。・・・ズズッ。ぁぁ・・・、ごめんなさい、その、取り乱して・・・』
あの後女性は泣いて少しスッキリしたのか落ち着きを取り戻したように話を続ける。
『・・・私がこうやって長々と話して記録を残そうとしてるのは、食料の事についてです』
そういって彼女はおそらく本題なのだろう話を始めた。
『この記録を見てるってことはあの金庫・・・金庫?・・・とにかくその、一緒にあった食料を見たはずですよね。あれは私が見つけられた食料の比較的無事そうなものを入れておきました。よくわかりませんけど、この中に入れておくと本来の賞味期限よりも長持ちするそうです』
言われて思い出した。
確かにこのビデオはわざわざ大量の食料と一緒に格納庫の中に置いてたのだ。この事について触れていてもおかしくはない。
『・・・これから私はここを離れようと思います。もうここに居てもどうしようもない気がするんです。だから自分で持てる分だけ持って旅に出ようと思います 。行き先も目的もないですけど、ここにいるよりはずっとマシだと思うんです』
そう説明する彼女はどこかスッキリした面持ちで説明を続ける。
『おそらく、私はもうここには来ません。だから・・・、ていう訳じゃないんですけど、遠慮せず好きなだけ持っていってください。ただ、他に誰かと一緒にいるのなら仲良く分けてください。・・・あ、賞味期限はあの中に入ってるのなら三十年はプラスして考えたらいいそうです。だから・・・、だから、その・・・』
声は落ち着きを取り戻し、心無しか最初の頃よりもほんの少し力を感じる。
目線は数秒言葉を探してさ迷っていたが、またこちらに目を向けた。
『だから、その、上手く言えないんですけど・・・、喧嘩とかせず、仲良くしてほしいんです。その、こんなところまで一緒に行動するのですから、できれば最後までお互いに助け合った方がいいと思うんです。・・・私たちは、上手くできませんでしたから』
それは当たり前の事だった。皆と仲良くする。
しかし普段だったら綺麗事だと笑っていたかもしれない言葉が、彼女から強さを感じた。口先だけではない重みが彼女の言葉にはあった。
『・・・私はとりあえず西の方に向かおうと思います。もし私と出会うことがあったら、その時はよろしくお願いします。・・・さようなら』
彼女が別れの言葉を行った数秒後、ビデオカメラから音もなく映像が消えて、辺りを沈黙が支配した。
そしてアカネと月夜は、お互い何も喋らなかった。何を喋っていいのかわからなかった。
『収録された映像記録はもうありません。ただ今の映像をもう一度再生しますか?』
「・・・・・・いや、けっこうだ。装置ももう止めてくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
シキが空気を読まない発言をするが、それでも二人は会話をする空気はなかった。
さりとて何かをしようとすることもなく、その場で数分ほど二人は動けずにいた。
「・・・・・・オレ、異世界に転移したらきっと良いことづくめだと思ってたんすよ」
「・・・・・・あ?」
そんな沈黙を破ったのは月夜の方だった。彼女は地面を見つめたままアカネに話を続ける。
「異世界に転移と転生とかしたら、きっとチートとか貰えたり、生まれつき大量の魔力とあったりとかして簡単に最強なんかになったりとかして、かわいい女の子にモテモテになったりとかして」
「・・・・・・・・・・・・」
「世界とか救って。なんだかんだで幸せになって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ーー言いたいことはわかる。
俺もこの世界に来るまではそういう夢を見ていた。能力でも知識でもなんでも良いからチートになって、好みの女の子でハーレム作って、残りの人生左うちわで遊んで暮らす。そんなことを夢見ていた。
いや、さっきまでまだそうならないかと願ってた。今の性別なんてどこかで特殊なアイテムを手に入れて男に戻って、でも前とは違ってイケメンになって。そして・・・。
「・・・これが、現実なんですかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「チートなんてなくて、運よく誰かが助けてくれなくて、かわいい女の子なんていなくって」
「・・・・・・・・・・・・」
月夜の言葉にアカネは相づちも打てなかった。何を言って良いのか、言って良いことなのかわからなかった。
今までいくつもの異世界転生物を見てきた。それこそ飽きるほど、である。最近はチートなんて詰まらないとバカにしているところもあった。
しかし現実にその立場になると、それぐらいもらわないとやっていけないのではと思ってしまう。帰るところもない。頼るコネもない。人を襲う狂暴な生き物が居て、戦い方なんて知らない。あるのは少ない物資と自分自身。
考えてみたらチートぐらいないと無理なぐらい詰んでいる状況である。
「・・・なんでオレたちこの世界に来たんですかね?」
「・・・そんなの俺が知るか」
相づちを言っても、解決にはならない。そもそもこの状況を解決する方法をアカネは知らなかった。
「・・・そう、ですよね。すんません」
「どうしてここに来たのか俺には分からん。・・・分かんないから、何かをしてもいいんじゃない?」
「・・・?」
だが、解決できなくとも何かを言わなくてはならないときがあると、アカネは考えている。
「何をして良いかわからないってことは、裏を返せば何をしても良いってことなんじゃないのかな?何かして欲しいことがあるなら、こっちに来るとき何か言われてるだろ。何も言われてないってことなら、何をしても良いってことだろ?」
「そう・・・なんですかね?」
「そういうことにしてしおこうぜ。だからさっきの女性・・・ミズキさんだっけ?彼女もここを出ていったんだろ。ここに縛られる理由もない。ここにいる理由もない。なら他に良いところを探そうって」
無論、アカネにミズキが何を思ってここを出たかはわからない。しかし出任せでもなんとか納得させなくてはならない。
「・・・ま、どうしても理由がほしいなら何も言わんけどさ。でもさ、せっかく美少女になったのにそんな暗い顔してるのもどうかと思うんだよ。どうせなら楽しもうぜ。美少女になって異世界に来たっていうことを、さ」
「・・・・・・そう、ですね。そうしましょう!何をして良いのか分からないんだから、楽しむことを優先しましょうか!」
「そうそう!そうしようぜ!」
ただこのままにして良い気がしなかったのだ。果たしてこれが正しいことなのかアカネにはわからない。
分からないが、少しでも月夜が元気になったのでこれで良いのだと思うことにした。
「・・・ところで、格納庫の中の食い物どうする?」
「折角だし貰っていきましょうよ。そもそもこれが目的なんですし」
「だよな。んでその後・・・ていうか今日はもう休むか」
視線を外に向けると既にもう日は暮れ、ほとんど見えなくなっていた。耳にはほんの少しだが雨が降っている音も聞こえてくる。
「今日はここに泊まるか」
「すね。・・・まさか屋根があって良かったなんて事を思う日が来るとは思わなかったっすよ」
「俺もだ。・・・今日ここに着いてなかったら、雨の中野宿しなきゃならなかったんだよな」
「うっわぁ・・・、想像してだけで勘弁ですね。ていうかその場合シキ壊れたりしないんですか?」
『私は最高ランクの防水性を誇っています。水中の中でも使用可能です』
「そいつは心強いな。・・・二階に行くか。ここだとガラス割れてるから雨入ってくるかもしれないし、二階に家財売場があるから・・・」
「ベッドがあるってことっすか!?」
「もしかしたらな」
そう雑談をしながら二人は格納庫に入っていた食べ物を運び出した。その顔は先程の事はなかったかのようにいつも通りだった。