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第八章『わが名はヤマト』

死にかけの日本人…いや、近い将来に新国家の国民となる三万人は

すでに元日本人であるが…まずは軍として再編成しなくてはならない。


ガイド役の桑畑五十郎が示した基本構想は、ほぼ妥当なものとして

受け入れられていった。


新『戦闘』国家の中枢はとりあえず陸海それぞれ二人の将官と総計二十四人の

佐官(中佐以上)で構成される。


仮の元首…総司令官として、ただ一人の大将である海軍の山本山が就いた。

人数としては陸軍が圧倒的に多いのだが、二人の陸軍中将、今山いまやま

本山もとやまは異論を挟まなかった。同格の二人のどちらかが上に立つより

山本山を頂いた方が余計な軋轢を生まない…というバランス感覚が働いたのだろう。


山口海軍少将は実戦部隊を率いることになる…実体はまだないが。


歩兵連隊は三個編成される。それぞれ三個大隊からなり、歩兵の数は計三千名である。

連隊には野砲十八門、山砲十二門、迫撃砲三十六門、重機関銃四十八挺が付随する。

また、本来は師団のみが持つ輜重部隊が各連隊固有のものとして組織される…

もちろん馬匹と荷車によるものであるが。


砲火力は帝国陸軍の甲編成の師団(四個連隊基幹)を参考に、あちこちいじって

少しおまけしたりしている。人数が多くないのだから、砲をもっと増やしても

いいかもしれないが…まあ、弾は充分用意してある。


連絡網確保のために騎兵の整備も必須であり、八個中隊…九百六十騎が乗馬訓練に

はげんでいる。その内の六個中隊は各連隊に振り分けられることになる。

馬は日本馬に外国産馬をかけ合わせたものでやや小振りな馬体だが、日本人には

ちょうどいい…なにしろ脚が短いから、でかい馬だと騎乗が大変。


一個連隊の規模は人員の総数が四千五百ほどになりかなり多いが、これは鉄道も

自動車もないので離れた部隊同士の連携に時間がかかることから、単独でも攻防ともに

一定期間の作戦行動を可能にするためである。


指揮官たちが一様に驚いたのは工兵八百、警備兵二百名からなる工兵大隊が八個も

あることだった。


「なにしろ陣地設営など通常の任務のほかにも宿舎、道路、橋などのインフラ…

社会基盤の整備のためにはやることが山のようにありますから。いずれは田畑も

つくる必要がありますしね…カリフォルニア米がどんな味か試してみましょう」


桑畑の説明にうなずきながらも、彼らは国づくりということの意味をかみしめていた。

軍の目的は極論すれば『破壊』である。だが自分達は『建設』のための戦いをしなくては

ならないのだ。


その他、野砲三十六門を持つ砲兵連隊と重砲十二門の野戦重砲大隊が一個ずつ、

総司令部直属の歩兵大隊が一個あり、ディスクワークの要員などを加えた約二万六千が陸軍、

残る四千名が海軍である。


「なあ桑畑君…思ったより訓練の進捗が順調なので驚いているんだよ」


『独立第一連隊』を指揮することになった山下大佐が不思議そうに話しかけてきた。


「連隊というのは通常、ある土地や地域の出身者で構成される。そこから郷土的な

結束が生まれてくるんだ。おおむね都市の連隊が弱いとされているのはそうした

結びつきが希薄なためだとされている。…まあ、農村出身者の方が日々の労働から

身体が頑健だという理由もあるがね」


「大佐の言われることはわかります。たしかにここの兵士たちは出身がバラバラで

日本人であること以外には共通点はない…まさに都市の連隊みたいなものでしょう。

そのわりには結束が強い…そこが不思議だと」


「うむ、それと…下士官が指揮しておこなう分隊ごとの訓練を見ていると、

厳しいことはたしかだが、その…制裁みたいなことが非常に少ない。

成果が上がっているのだから制裁の必要がないといってしまえばそれまでなんだが、

『あちら』での軍隊を見てきたものとしては不思議に感じるのだ」


「日本に限ったことではありませんが、組織に不可欠な『命令系統の徹底』を

欲求不満のはけ口に利用した私的制裁ほど軍隊に対するイメージを損なうものは

ありませんね。一般社会ではたいした地位も力もない『小者』がちっぽけな権力を

握ったとたんに弱い者いじめにはしる様は醜いかぎりですよ」


「……ここではそれが少ないというのは、兵員の構成にも理由があるのかな?」


「それはそうでしょう、ずぶの新兵や、応召の一等兵はいませんからね。ほとんどが

二年の兵役を経験した上等兵です…訓練期間を短縮するためもありますが…

彼らはたしかに自分のミスだと納得する以外の理由での制裁を受け入れませんよ。

あらかじめがっちりでき上がってる組織に投げ込まれたわけでもなく、自分たちが

『つくっているんだ』という意識を持っているはずです」


「その辺を下士官連中も承知してるわけか」


「ナポレオン戦争時代の言葉ですが…戦死する指揮官の四人に一人は味方の弾に

よるものである…といいますからね」


「………」


「少なくともここでは『上官の命令は天皇陛下の命令である』なんて言う者は

いないでしょう。ああ、それと全員に共通することがもう一つありましたね…

『あちら』に戻れば、ほどなく死んでしまう…ということです。そういう意味では

決定的に『同志』ですし、皆さん多少なりともふてぶてしくなっているのでは…」


いまのところ、インパールの戦場に『死にに戻った』最初の一人を除いて、

戻ることを申し出たものはいない。


「ところで…『愚連隊』とはどういう意味かね? 誰が言い出したものだかわからんが、

兵や一部の士官たちまでが自分らをそう呼んでいるのだ」


愚連隊とは戦後の混乱期に社会規範を外れ、己の欲望のままに行動した青少年たちを

さす言葉である。昭和三十年代初めには多くが暴力団の下部組織として吸収されたと

いわれる。したがって、戦時中には無かったはずの言葉であるが…


「ぐれる…という言葉から来てるのかもしれませんね」


「ぐれ…る?」


「はぐれる、はみ出す、逸脱するというような意味でしょう」


「……なるほど、わしらは大日本帝国…いや、歴史からも『ぐれた存在』だものな。

『ヤマト国陸軍独立第一愚連隊』…はは、ふさわしい呼び方かもしれん」


国名は、とりあえず『ヤマト』と決められた。ネイティブのトントやメキシコ人の

ガルシアたちが読むと妙になまって『ヤマタイ』となってしまうのだが、さして問題には

なるまい。


つづく






その昔、『ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団…』という歌(ドラマ主題歌)がありました。作者の年代の少年たちは『探偵団』のところを『愚連隊』にした替え歌をうたいながら町を練り歩いたものです。親や近所のおっさんには、すっげえ怒られましたが…

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