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第六章『メキシカン・ロック』

「結果から言いますと、この二年ほどのアメリカとメキシコの戦争は一方的な

アメリカの勝利に終わります。メキシコはテキサスのアメリカへの併合、

ニューメキシコとカリフォルニアの割譲を認めざるをえませんでした」


「アメリカの強大な武力を背景にした、領土拡張の野望が露骨に出始めたわけだな」


「ん〜…とも言いきれないのですがね。議会にはテキサス併合に対する反対意見も

多かったですし、戦争そのものに対してもリンカーン下院議員などがポーク大統領を

批判しています。また、ニューメキシコとカリフォルニアについては有償での譲渡を

申し入れていたんですよ」


「領土を金で買おうとしていたんですか?」


「ええ、メキシコは独立戦争とその後の内戦で、国家経済が破綻していました。

アメリカを含めた外国からの借金も山積みで『債務不履行』の状態におちいって

いたのです。前述の領土の対価としてアメリカが提示したのは、債権分の

三百五十万ドルの帳消しプラス千五百万ドルという巨額なものでした」


十九世紀中頃の千八百五十万ドル…貨幣価値の換算が難しいが…

平成の感覚では五千億から一兆円の間ぐらいか?


「…それだけあれば、メキシコが立ち直る…きっかけにはなったろうな」


「たしかに失う領土は広大なものですが、当時は不毛の地とされ、住んでいたのも

メキシコの人口の1パーセントにしか過ぎませんでした。まだテキサスの油田は

大規模には発見されていませんでしたし、石油が近代国家の血液とされるように

なるのは半世紀も先のことなんです」


「単純にアメリカが強欲であったとは決めつけられない…?」


「そうです…人間の人格が単一の感情で形成されているわけではないのと同様に、

国家の行動や性向も一枚のレッテルで表示できるものではないと思いますね。

アメリカの得た領土が、のちに高い価値を持つようになったのはあくまで結果論でしか

ないでしょう」


「なるほど…メキシコが一方的被害者だとも言いきれんわけか」


「国民感情はともかく、政府内には買収に応じようかという動きもあったかと

思います。ところが、政変が起こり対米強硬論者の大統領が登場してしまったのです。

後は一直線…『もはや国家の自存、自衛のためには対米開戦のやむなきに至りました』…

どこかで聞いたような話ですね」


「…………」


「敗戦後のメキシコがますます強大に、豊かになっていく隣国をどう見ていたか…

愛憎、悲哀といったさまざまな感情が入り交じったものだったでしょう。

多くのメキシコ人が安価な労働力として、かつての敵国に出稼ぎに行く…

少し話はとびますが、日本とはかなりの強い友好関係を結ぶことになりますね」


「うむ、メキシコ軍部にも対米諜報で日本に協力してくれる者がいたと聞いたが、

こうした歴史を見るとわかる気がするね」


「…それにしても、勝敗が一方的になるほど両国の戦力は差があったのかね?」


「開戦時の陸軍兵力でいえばほぼ同等…むしろメキシコの方が多かったかもしれません。

アメリカ陸軍の常備兵力は、ワシントンの事務方まで含めても一万八千人程度でしたから」


「ほう、国土の広さからすると意外に少ないのだな」


「二十世紀…第一次、第二次の大戦に参戦する前のアメリカも陸軍兵力は国力に比して

非常に少ないものでした。これはアメリカが大陸国家ではなく海洋国家であることから

来てるものと考えられます」


「…そういえば、イギリスも本国の陸軍兵力はさほど多くなかったな」


「その通りです山本山大将、海を防壁にできる国は海上戦力さえ整っていれば

国土防衛のために巨大な陸軍を必要としないわけです。逆に陸上で隣国と接している

大陸国家はフランスやドイツ、ロシアがそうであるように大きな陸軍兵力を常備する

ことになります」


「わが日本は海洋国家であるにもかかわらず、かなりの規模の陸軍を保持したが…

それは自然な形ではなかったということか?」


「そうです! ここには多数の陸軍の方がおられます。異論はあろうかと思いますが、

日本列島、台湾その他の海外領土の防衛でしたら十五個師団…三十万の兵力で充分だった

はずです。ところが、中国に深入りしたばかりに大陸国家のまねごとをせざるをえなく

なってしまいました。こんどの…米英との戦争では二百五十万もの陸軍が動員されましたが、

その内百万が大陸に拘束されていたのです。国家の軍事戦略としてはあきらかに中途半端…

『二兎を追う者は…』の見本になってしまいましたね」


「へ〜、そんなに支那にいたんだ」「米英相手に片手で戦ってたようなものだな」

「それじゃ勝てっこないよなあ」


「話を元に戻しまして…アメリカと戦おうとする者は平時の戦力で考えてはならないと

いうことです。いざ、戦時体制に移行した場合の戦力拡充はすさまじいですからね。

山本山さんはその辺よくご存知でしょう」


「…たしかに。たとえ開戦時の正面戦力を撃ち破ったとしても、さほどの時をおかず

それに倍する新戦力を繰り出してくる…」


「このメキシコ戦争当時の陸軍兵力についても同様なことが言えます。メキシコ軍が

後のない目一杯の戦力であるのに比べ、アメリカ軍は半年後には倍近くに膨れ上がります」


「予備役が豊富ということですか?」


「半年訓練、一年兵役の志願兵です。なにしろ国民のほとんどが銃の扱いに慣れており、

ネイティブや野獣と戦いながら開拓を進めていますからね。半年も訓練すればそこそこの

兵士ができあがるわけです」


「兵器の優劣はどうかね? われらとしてもその点の知識は充分に得ておきたいが」


「そうですね…両軍とも基本的には同じぐらいのレベルです。十九世紀初頭の

ナポレオン戦争当時からそれほど変わっていません。大砲も銃も球形の弾を

射ち出す『先込め式』と言えばおわかりになるでしょうか」


「マスケット銃か…すると、アメリカとメキシコの差は兵力と練度ということに

なるわけだな」


「ただし、同じマスケット銃でも製鉄、冶金技術によって性能に差がつきます。

アメリカ軍が新品の銃、メキシコ軍が十年前のものを使うとすれば戦力に開きが

でるのは当然ですね」


「金持ちと貧乏国家か…身につまされるのう」


「兵器、火器につきましては、後ほどじっくりとお話しします。この十九世紀中盤は

驚くほどの短期間に、兵器が劇的な進化を遂げる時期なんです。さきほど山下大佐が

言われたように、今後のことをかんがえれば皆さんには充分な知識を持ってもらうことが

必要ですから」


「上山大尉です…海軍の戦力差は大きかったのですか?」


「そりゃもう…海軍の保有、維持にお金がかかるのはいまも昔も変わりません。

貧富の差がもっとも出るところですよね。この戦争では、おなじみのペリー提督の

艦隊がメキシコの内陸水運の要であるリオグランデ川の河口を封鎖しています。

もう一つ、別の艦隊…戦隊程度の規模ですですけど…が南米大陸南端の

マゼラン海峡をまわってカリフォルニアに進出します」


「パナマ運河は…まだ無いですものね」


「余談ですが、アメリカのメキシコ遠征軍司令官テイラー准将はペリーの指揮を

消極的であるとして厳しく非難しました。まあ、陸海軍の対立感情もあったのでしょうが…

テイラーはこの戦争で英雄となり、1948年には11代アメリカ大統領に当選します。

ペリーがアジア艦隊にまわされたのもその辺りに理由があるかもしれません」


「アジア艦隊行きは左遷なのかね?」


「当時の…いや、二十世紀になっても米海軍の最大の仮想敵はイギリス海軍でした。

したがって、第一正面は大西洋…この点も頭に入れておいて下さい」


「どうやら…わしらはこのアメリカ・メキシコ戦争の舞台に登場することに

なりそうだな…違うかね桑畑君?」


つづく

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