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白いしっぽと私の日常  作者: 黒崎リク
番外編・後日談
91/98

09 白い犬神と甘酒と約束(前編)


今回は、大神家に嫁いだ奈緒の犬神『吹雪』が主人公の番外編です。

前・中・後編の三話形成となる予定です。






 ああ、奈緒なお様。


 わたくしはあなたの犬神に生まれて、幸せです。


 犬神として生きることができて、幸せです。


 幸せなのです。



*****



「あ、冷やし甘酒売ってる。夏だねぇ」

『……そうですね』

「またまた、すました顔しちゃって。吹雪ふぶきもちらちら見てたでしょ?少し寄る?寄っちゃう?奢るよ?」

『なりません。先方せんぽうがお待ちになっております』

「えー、でも僕、あの人苦手なんだよね。謙遜する風で端々(はしばし)に自慢話入れてくるところ」

『……むしろ相手の方が貴方を苦手としていらっしゃいますよ。前回自慢話に皮肉交じりの茶々を入れたのは、どこのどなたですか』

「あ、君もあれ自慢話だと思ってたんだ?」

『……』


 しまった、つい口が滑った。


 男につられてしまった己の失態に、私は思わず鼻先に皺を寄せる。

 仕事先に向かう車の中。後部座席で隣に悠々と座る男を横目で見やれば、にやにやと品の悪い笑みを浮かべていた。細面の(見た目だけ)品の良さそうな顔が台無しである。

 妙に苛立たしいその笑顔に鼻先を逸らしてそっぽを向けば、あはは、と軽やかな笑い声が降ってきた。


「ごめんごめん。じゃあ、帰りに寄ろうか。仕事終わりの方が美味しく飲めそうだしね」


 こちらの機嫌を取るように言うと、青信号で動き出した車の座席で男はご機嫌に鼻歌を紡いだ。




 思えばこの男――大神夏貴おおがみ なつきは、少々変わっている。

 わたくしが彼に仕える犬神となってから五年経つが、いまだに掴みどころが見つからない。よくわからない、妙な男なのである。


 はっきりしているのは、大神夏貴が犬神筋いぬがみすじを束ねる大神家の次男であること。

 それから、私の主である白瀬奈緒しらせ なお様の夫であるということ。


 そもそも大神夏貴は――しまった、呼び捨てにすると奈緒様に注意される――夏貴様は、最初から変わっていた。


 彼との出会いは、白瀬家の奈緒様と大神家の夏貴様の、お見合いの席だった。


 見合いと言えど、もとより結果が決まっている縁談である。

 白瀬家と大神家には、同じ犬神筋という繋がり以外にも、過去に幾度か白瀬の娘が大神の家に嫁いだ歴史があった。格上の大神の家から要求があれば、その下の家柄である白瀬の家は、余程のことが無い限り否とは言えないのだ。


 今回はただの顔合わせに過ぎず、次回会う時は結納で、すでに日取りも決まっているという流れであった。

 奈緒様は縁談に反対することもなく、淡々と受け入れていた。「いきなり結婚よりはマシね」とあっけらかんと言ったものだ。

 奈緒様は白瀬の長女として、犬神筋の女性としての立場を常に意識し、覚悟を抱いていた。


 とはいえ、顔合わせの印象は最悪と言うしかない。

 見合いの会場になった旅館の一室で、仲人やそれぞれの両親が「あとは若いお二人で…」の常套句と共に去った後、二人きり(正確には二人と一匹)になった途端に、彼は言ったのだ。


 君の犬神に興味はない、と。


 奈緒様に向かって、ぬけぬけと言ったのだ。

 なんという無礼であろうか。そもそも大神そちらが白瀬の娘と犬神を欲して縁談を持ち掛けたのだろうに。

 思わず牙を剥いた私を制したのは、他ならぬ奈緒様であった。

 落ち着きなさい、と鼻先にかざされた細く白い手。私が守るべき主の手はかすかに震えていた。


 ああ、奈緒様。なんておいたわしい。

 傷つき、悲しんでおられて――


 と思ったが、違った。

 白い細面に浮かぶのは、極上の美しい笑み。奈緒様が二番目に怒っている時の表情である(一番怒っている時は無表情になる)。

 満面の冷たい笑みを浮かべた奈緒様は「私もあなたの家柄に興味はありません」と返されて、私はしばし呆気に取られた。

 相手は一応『大神』である。一応、犬神筋一の家柄である。

 呆気に取られたのは、私だけではなかった。夏貴様は猫だましをくらったような顔をして、次いで、盛大に吹き出したのだった。

 



 さて、そのような最悪な出会いのお二人ではあったが、何故か妙に気が合う二人であった。

 まあ、夏貴様が初対面での無礼をまず謝罪されたことで、最初のわだかまりが消えたようだ。結納前に何度か食事や遊びに行ったりと、家の方は関係なしに仲を深めていった。


 その後もとんとん拍子に事は進み、結納、結婚、そして二人の御子おこ――沙織さおり様と瑞貴みずき様も無事に誕生されて、健やかにお育ちだ。

 大神本家の敷地内にある別宅で家族四人で生活しており、今ではすっかり仲の良い家族となっている。




 さて、奈緒様と夏貴様は上手く付き合っておられるが――


「ん?どうしたの、吹雪」


 私の胡乱な視線に気づいた夏貴様は、仕事の書類に落としていた目線をこちらに向けた。奈緒様よりも明るい色の光彩の目が、私の青い目を見返してくる。

 

「あ、やっぱり、さっき甘酒飲みたかったんでしょ?そんな不満そうな顔してー。我慢は良くないよー」

『違います』

「ふぅん。違うってことは、何か別のこと考えてた?僕のこと?あ、その目は良くないことを考えてたね?」

『……』


 にっこりと笑う夏貴様は、まるで私の考えを読み取っているかのようである。


 ああ、そういえば。

 最初に彼に甘酒をもらったときも、同じであった。



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