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52 高階君とキジトラ君(前編)

 オイラは猫又である。

 名前はまだない。


 ……と、言いたいところだが、最近、オイラに勝手に名前をつけて呼ぶ奴がいる。

 そう、そいつは今日もまた……


「おーい、キジトラ。煮干しいるか?」


 だーかーらー!オイラはキジトラじゃねぇ!

 だいたい、キジトラって毛の模様のことだろ!サバトラとか茶トラとか黒ぶちとか、他のやつがそう呼ばれてんの、オイラ知ってんだからな!

 それって、人間が「茶髪」だの「色黒」だのと呼ぶのとおんなじだからな!(たぶん)

 オイラをそこいらの猫と一緒にするんじゃねぇぞ!このスットコドッコイ!

 ……ま、まあ、お前がどうしてもって言うなら、煮干しはもらってやってもいいがな!


「へー、そっか。いらないんだ?」


 いりますいります!オイラ煮干し大好き!

 大好きですよ、ありがとう!!


「最初からそう言えばいいのに」


 はいそうですね、ごめんなさい!


 ……ちっ、こいつ、なんでオイラの言葉わかるんだよ。(超小声)

 「にゅあんす」だとか「何となく」だとか言ってやがった。前に一度「やーい、女顔ー」ってからかったら、イイ笑顔で「何か言ったか?」って首根っこ掴まれたもんな。あれは怖かった…。


 と、とりあえず今は煮干しだ。

 おらおら、早く寄越せ、この野郎やろ――あ、嘘です嘘です。そんなイイ笑顔向けないで下さい、煮干し下さい。


「ほら。今日は普通の煮干しだから、一匹だけな」


 わーい、あぐあぐあぐ。

 ああ、この塩気がたまらん。猫用のやつだと、なーんか薄味で物足りないんだよなぁ。やっぱり煮干しは人間用のに限るぜ。あ、もちろんかつおぶしもな。かつおぶしも好きだぞ。今度はかつおぶしでもいいぞ。枕崎産か焼津産でいいぞ!もしくはチーズでも可だ。ぺこりーのとか、ぱるみじゃーの何たらっての食べてみたいぞ!


 何?身体に悪いって?

 ふふん、猫又のオイラをそこいらの猫と一緒にするなよ!野良時代から鍛えあげ、しぶとく生きて早数十年、オイラの胃袋も腸も頑丈なのさ!

 なーなー、だから煮干しもう一匹……あ、駄目ですか。

 ちっ。相変わらずケチな野郎だぜ、メグはよー。


「何か言ったか?」


 にぎゃあっ!背中の毛を逆に撫でるなぁぁ!!

 



*****




 オイラがメグ……喫茶店のにーちゃんと出会ったのは、一か月くらい前のことだ。

 憧れの姐さんに付きまとっている、にっく好敵手らいばるの『白いの』を倒すべく、三日三晩考えた秘策を携えて挑んだあの日が懐かしい。

 オイラは見事に白いのに勝利……した?……いや、うん、あれはオイラの勝ち……のはず?だ!


 だがしかし!その勝利に水を差した奴がいる。

 それがメグだ。

 あろうことか、白いのに勝利したオイラを捕まえて説教かましてきやがったんだ。

 オイラ、別にそこまで悪いことして……いや、まあ、ちょっと、白いのがあそこまで落ち込むとは思ってなかったけどさ。だって、あんなに図体でかくて強いくせにメンタル超弱いとか思わねぇだろ。あそこまでしょげられたら、なんかすっごい罪悪感が……。で、でも、ちょびっと後悔はしたけど、反省はしてないからな!


 ……まあ、今はそれは置いといて。


 メグは懇々と説教をした後、オイラを撫でてきた。

 手持無沙汰だったのかもしれんが……こいつは、撫で方の玄人プロだった…!


 明らかに慣れた手つきで、首回りから顎の下をちょっと強めに、顔と額はくすぐるように指先で撫でてくる。背中は大きな手で毛の流れを綺麗に整えるようにリズムよく。さらには尻尾の根元を、うりうりと揉み込んできて。

 こっ…こいつ、慣れてやがる!

 撫でてくるときの表情がめっちゃ優しそうで、ちょっとオスのオイラでもくらっとするくらいだ。

 今まで一体何匹の猫を鳴かせてきたんだ、この女顔の猫たらし(プレイボーイ)め!


「実家で飼ってる猫思い出すなぁ。ウチにもキジトラのチビがいて…」


 だからオイラをそこいらの猫と一緒にするなっての!そんでもってチビって言うな!

 オイラは成猫だし、お前より年上なんだからな!


「……」

 

 な、なんだその目は。きょとーんってするな!

 

「……ああ、そっか、猫又だもんな。……俺より年上か……」


 なんだその遠い目は!憐れむように見るなっ。

 宥めるように撫でるなっ、この、こっ、……にゃ、にゃあん、ごろごろ~。

 

「まあ、今度来たら何かご飯用意しとくからさ」


 オイラ、別に栄養不足で小さいわけじゃないからな!元からだ、元から!……自分で言うのも癪だけど。

 

「あははっ。とりあえず、気が向いたらまた遊びに来いよ」


 そう言って、にーちゃんは優しそうに笑う。


「……雪尾さんもお前と遊ぶの楽しみにしてるし」


 ……ふ、ふん。

 まあ、あいつがそこまで楽しみにしてるってぇなら、来てやらんでもないがな。

 にーちゃんがどうしてもって言うなら、ついでに美味しいものくれるってんなら、来てやってもいいぞ!


「俺は高階恵たかしな めぐむだよ。お前、名前は?」


 オイラは猫又である。名前はまだない!

 

「何かどこかで聞いた台詞だな。……じゃあとりあえず“キジトラ”でいっか」


 よくないっ。




*****




 とまあ、こんな感じでオイラはメグの店に時々出入りするようになったのさ。

 おやつの煮干しも美味いし、撫で方は最高だし。ま、まあ、偶には人間の相手してやるのも悪くないしなっ。

 

 それに……それに!


「おや、珍しい顔だねぇ。若い猫又に会うのは久しぶりだよ」


 店に遊びに来た姐さんに。

「黒真珠の君」であり「黒い貴婦人」であり、呼び名が一つじゃ足りない、憧れの麗しの姐さんに!


 直接お声を掛けて頂いたオイラが、メグの店に度々出入りするようになったのは言うまでもない。


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