05 白い犬と黒い猫
おやまあ、珍しい毛並みだこと。
綺麗だねぇ、雪みたいだ。
まあでも、あたしは雪が苦手なのさ。だって冷たいもの。
おお寒い。足の裏が冷たくてたまらないよ。早く溶けてくれればいいんだけどねぇ。
…おや、雪をどかしてくれたのかい。ありがとうねぇ。
ところで、あんた犬神かい?
ああ、やっぱり。こんな大きな獣が往来をうろついていたら、すぐに人間共に捕まっちまうもの。
それにしても、他とはちょいと違うようだねぇ。
おや、悪口じゃないよ。
いやね、あたしもわりと長く生きてるもんだから、何度か犬神を見たことがあるのさ。
あんたみたいに、大っきくて力のある犬神は久しぶりに見たねぇ。
その割には汚れてないときたもんだから、少し驚いちまったんだよ。人間に一度も使われてないみたいに、真っ白なんだもの。
…おや、あんたにも人間の主がいるのかい。
どれ、どんなだい?
ああ、わかった。
あの坊やだろ。
ほら、こっち見て目を丸くしている、髪が茶色い子。ふふ、なかなかの色男じゃないか。今時の言葉だと『いけめん』とかいうやつだねぇ。
何より、いい目を持っているもの。力も強いようだし、あの子ならいい主人に……おや、違うのかい。
なになに、その隣の……あの眼鏡のおかっぱの子かい?
おやまあ……
まあ、まあ……
なるほどねぇ。
これはまた珍しい子だ。
ああ、そんな唸らないでおくれさ。
悪い意味じゃないよ。
そうかい、あの子があんたの魂の片割れなんだねぇ。
可愛い子じゃないか。ちょいと地味だけど、顔立ちは悪くない。
少々、目が悪いようだけどねぇ。
……ごく稀にいるものさ。
生まれるときに犬神に力を喰われて、『目無し』になっちまう子が。
ああ、ちょいとほら、しっぽが垂れてるよ。
何をしょげることがあるのさ。
あんたのせいじゃないだろう。どうにもならないことはあるもんだ。
しっかりおしぃよ。
ほら、見てごらん。
あの子がこっちを見てる。
心配そうにしてるよ、あんたが元気ないから。
いい子じゃないか。
大事にしておやりよ。
…さて、体も冷えてきたし、そろそろ戻るかねぇ。
年をとるとどうにも冬が辛くてね。
え?どれくらい生きてるかだって?
何だい、野暮だねぇ。女性に年齢を聞くもんじゃないよ、まったく。
そもそも、百を越えた時点で数えるのをやめちまったからねぇ…
まあ、刀差した奴らが町ん中歩いてた頃には、もう尾が二つになっちまってたよ。
ふふ、なに驚いてんだい。
ま、次に生きて会うことがあれば、また話し相手になっておくれ。
最近じゃ、お仲間に会うことも滅多にないから、少し退屈してたのさ。
今日は楽しかったよ。
それじゃあね、白い坊や。
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窓の外に見えるデッキの手すりには、雪が薄く積もっている。
しかしながら、デッキの端付近、不自然に雪がどかされた箇所があった。焦げ茶色の木のすぐ下で、白いしっぽが揺れている。
どうやら、あそこに雪尾が座っているようだ。
すると、その隣に一匹の黒猫がやってきた。
しなやかな身体の美しい毛並みの猫だ。ゆっくりと手すりの上を歩いてきた猫は、雪を嫌うように足踏みを数度している。
眺めていれば、白いしっぽが手すりの雪を払い落とした。猫はその場所に優雅に腰を下ろす。
それはまるで、カップルの男性が女性のためにベンチの汚れを払ってハンカチを置く、という仕草に似ていた。
二匹のほのぼのとした光景に、私は思わずくすりと笑ってしまう。
「どうしたんですか?楽しそうですね」
注文したロイヤルミルクティーを運んできた店員の青年――高階君が尋ねてくる。
私が窓の外を指させば、高階君はそっと近寄ってきて、傍らから外を見た。並ぶ二匹を見た彼は、驚いたように目を丸くする。
「綺麗な黒猫ですよね」
「ええと……」
「珍しいんですよ。普通の猫って、雪尾のこと怖がって近づかないのに。仲良くしてくれてるから、ちょっと嬉しくなって」
「あー…ちょっと普通じゃない猫みたいですからね…」
高階君はなぜか苦い笑みを浮かべている。
理由を尋ねる前に、雪尾の白いしっぽがだらりと下がったのに気づく。
おや、どうも元気がないようだ。
まさかあの黒猫に振られてしまったのだろうか。
心配して見ていれば、黒猫はすくりと立ち上がって軽やかな足取りで去ってしまう。
やっぱり振られたのかと思っていると、白いしっぽはデッキの上からいつの間にかいなくなっていた。
気づけば、足元に柔らかな毛が触れる。
すりすりと甘えるように寄せられるしっぽに、私は苦笑しながら、ホットミルクのお代わりを注文した。
今年の更新はこれで最後になります。
読んで頂きありがとうございました。
来年もぼちぼち更新してまいりたいと思います。
皆さま、よい年をお迎えください。