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44 白いしっぽと紅茶と牛乳


 白い和紙のような質感の箱。青い地に銀色のストライプが入ったリボン。

 箱の中には銀色の缶と、琥珀色の蜂蜜が入った透明の瓶、それに小さなクッキーの詰め合わせが入っていた。私の隣では白いしっぽが揺れており、興味深そうに箱の中を覗いているのが分かる。

 “ダージリン セカンドフラッシュ”とラベルの貼られた銀色の缶を取り出して開けると、赤褐色の良い香りの茶葉が入っていた。

 

 せっかくだから美味しく淹れたいと思い、ポットを探す。最近では紅茶といえば『シリウス』で飲むことが多くて、家では簡単にティーバッグで済ませることが多かったのだ。

 昔買ったガラスの丸いポットは、食器棚の奥に仕舞われていた。ガラスのポットが珍しいのか、足元でうろうろと雪尾のしっぽがうろつく。

 ポットを取り出して洗っている間に、薬缶で湯を沸かし始める。薬缶の中にぼこぼこと泡が浮いてきたところで、いったん火から外して湯をポットとカップに入れた。薬缶を戻して数分沸騰させておき、温まったポットのお湯を捨てる。

 そして茶葉をティースプーンで二杯、ポットに入れた。薬缶の湯が完全に沸騰したら、茶葉を入れておいたポットに高い位置から一気に注ぐ。

 茶葉は躍るように浮いたり沈んだりを繰り返し、透明なお湯にじわりと赤みがかったオレンジ色が滲み出てくる。砂時計をひっくり返して、茶葉が躍るポットをじっと見つめた。

 次第に濃くなっていく赤橙色を見ていると、この紅茶をくれた彼のことを思い出す。


 紅茶の色のように淡い色彩の瞳を持つ、高階君のことを。


 そして、その紅茶色を滲ませて、溢れ出た透明の涙を。




*****




 男の人が泣くのを見るのは、初めてのことだった。

 ドラマや映画の中で見ることはあっても、直接、しかもあんなに間近で見ることなんて、今まで無かった。


 図書館の仕事を終えて隣のコーヒーショップに向かおうとしたときに、道端に高階君が佇んでいた。いつものように笑っているけど、どこかぼんやりしていて、少し元気が無いように見えた。

 ひょっとして、外で待っていて寒くて体調でも崩したのだろうか。心配して尋ねると、彼は驚いたように目を逸らしてから紙袋を差し出してきた。ホワイトデーのお返しです、と言う彼の言葉は途中で詰まり、掠れた。

 淡い茶色の目が、水の膜で覆われる。瞬きをした彼の両の眦から雫が零れて、白い頬を伝った。


 いきなり泣き出した彼に、少し戸惑ったのは確かだ。


 しかし同時に、綺麗だ、とも思った。


 男の人に対して、しかも泣く姿を綺麗と称するのは不謹慎かと思ったが、私はしばし彼から目を離すことができなかった。

 大人びている、私よりもしっかりした頼れる青年だと思っていた。だけど、ぽろぽろと無防備に涙を零す姿は幼い少年のようにも見えた。彼が私よりも年下であることを今さら思い出す。

 狼狽えて顔を覆いながら『すみません』と謝ってくる彼に、私は首を横に振った。


 どうして、謝るの?

 どうして、泣いているの?


 問いかけは全て飲みこんで、鞄から取り出したハンカチとティッシュを渡す。

 そして、以前高階君が私にしてくれたように、彼の手を引いて帰り道を歩いた。

 歩きながら、流れで手を繋いでしまったことを少し後悔する。勝手に手を握ってしまって、嫌じゃないだろうか。ぐるぐると考えそうになるが、大きな手がきゅっと握り返してきたのでほっとする。だが今度は妙に恥ずかしくなってしまった。

 あの時と逆ですね、と彼に声を掛けて誤魔化していると、足元で雪尾の白いしっぽがぐいーっと間に入ってくる。彼の事を一緒に慰めてくれているのだろうか。

 ふふ、と笑みを零せば、彼もようやく笑ってくれた。泣かれるよりも笑ってくれる方が、やっぱり嬉しい。

 

 ――彼が泣いた理由が気にならないと言えば嘘になる。

 だからと言って、理由を知りたいと強く思っているわけでもない。


 泣いてしまう弱い自分を、情けない内面を、知られたくない秘密を。

 曝け出すことは、難しいもの。


 だけど。


 いつか、話してくれるかな。

 いつか、私も話せるかな。


 淡い期待を抱く胸は、小さく高鳴り。

 鼓動が脈となって、握った彼の手に伝わらないかをちょっと心配しながら。

 

 二人と一匹で歩く夜道は、少しだけ特別なもののように思えた。




*****




 ぱしり、と脚を叩かれて、物思いに耽っていた私は我に返る。


「え……あ!」


 はっとして机の上を見れば、砂時計の砂はとっくに落ちきっていた。ガラスのポットの中の紅茶はすっかり濃い茶色になっている。カップに少し注いで飲めば、かなり渋い。


「しまった…」


 最初はストレートで飲もうと思っていたのだが、ミルクティーにした方がいいだろう。

 牛乳がまだ残っていたはずだと椅子を立ったところで、インターホンが鳴った。通話に出れば、宅配業者が来ており、急いで玄関に行って荷物を受け取る。

 届いたのは、大きな発泡スチロールの箱だった。差出人の住所は実家で、名前の欄には『白瀬達央しらせ たつひさ』と書かれていた。


「兄さんから…?」


 一体何だろうと開封すると、中からひやりと冷気が零れて――


「……牛乳?」


 見るからに高そうな牛乳の瓶がずらりと並び、さらに冷凍保存もできる焼き菓子の詰め合わせが入っていた。

 一瞬、ホワイトデーのお返しかとも思ったが、実家を出てからは兄にバレンタインのチョコをあげていない。

 一体どうしてまた、と疑問に思っていれば、隣で箱の中を覗いた雪尾のしっぽが千切れんばかりに振られた。

 高級牛乳にテンションが上がったようだ。

 

「……じゃあ、せっかくだし、これ飲もうか」


 私の問いかけに、もちろん!と言わんばかりにしっぽが盛大に振られて、思わず笑いが零れた。

 雪尾用の水色のカップに牛乳を入れる。そして私のカップには濃い茶色の紅茶を注ぎ、さらに少し温めて室温に戻した牛乳を注いだ。

 柔らかな色合いになったミルクティー。口に含むと、甘くて、優しくて――少しだけ、苦い香りがしたような気がした。


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