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04 白いしっぽと小さな影


今回の話はややホラー風味です。

苦手な方はご注意ください。



 ねえ、だれか。

 あそぼうよ。

 ひとりで、さみしいよ。


 小さな黒い影に、私は足を止めた。





 **********




 犬神憑きの家系なのに『能力無し』と言われている私だが、霊が全く見えないわけではない。

 姿をはっきり見ることは叶わないが、ぼんやりとした影を捉えることはできる。

 

 横断歩道の真ん中に佇む影。

 部屋の片隅にうずくまる影。

 公園のブランコの上に乗る小さな影。


 それらが不用意に関わってはいけないものだと知ったのは、私が小学1年生の時だった。





 それは蒸し暑い夏の日のことだった。

 強い日差しが翳り、黒い濃い影を落とし始める夕方。私は一人で公園にいた。

 本当なら兄や姉妹達と遊ぶ予定だったのだが、家に来た従兄弟達のせいでそれがおじゃんになってしまった。

 従兄弟達は意地悪で、霊が見えない『能力無し』の私のことを会う度にからかう。

 その日も、からかわれて喧嘩になって、私は一人家を飛び出した。

 いつも遊んでいる公園よりも遠い、隣の地区の公園に辿り着き、私は木陰のベンチに座った。


「……見えないわけじゃないもん」


 ねぇ、と隣で揺れる白いしっぽを見やる。

 昨年の冬からいつも側にあるしっぽの正体は、私の犬神の雪尾だ。

 雪のように綺麗な白い毛のしっぽは、ふさりと私の頬を撫でてきた。とても気持ちの良いもふもふの毛並みで、冬場は撫で回し抱き着いたりするのだが、いかんせん夏場は少々――


「……暑い」


 文句を言うと、鼻先をぱしりと軽く叩かれた。

 白いしっぽは拗ねたように私から離れて、砂場の方へと行ってしまう。

 遊びたいのかな、と私がベンチから立ち上がったときだ。


 きぃ、と高い音が聞こえた。


 金属が擦れる、耳障りになる寸前の高い音だ。

 音の方へと目をやれば、ブランコが揺れている。

 辺りには誰もいない。風で揺れたのだろうか。しかし、風はほんのそよぐ程度しか吹いておらず、ブランコが揺れるほどの力は無いように思えた。

 興味を引かれ、私がじっとブランコを見つめた時だ。


 ぼんやりと揺らぐ影が、ブランコの上に見えた。


 あ、と思い当たる。

 時折見る黒い影と、それは類似していた。

 霊だ、と直感的にわかって、私は少し喜びを覚えた。


 ほら、見える。

 私にだって、見えるもん。


 たぶん、そのときの私は従兄弟達にからかわれた悔しさもあって、ムキになっていたのだろう。

 もっとよく見えないかと目を凝らして、熱心に無人のブランコを見つめる私の頭からは、両親や兄姉から聞かされていた忠告が忘れ去られていた。



 『あいつらと目を合わせてはいけないよ。

  見つかってしまうからね――』



 ゆらり、と影が、こちらを向いた。

 顔が見えたわけじゃない。そもそも影の輪郭しか見えていないから、それの目鼻の位置などまったくわからない。

 なのに、こちらを向いて私を見ていることがわかった。


 見られていると、わかった。


「っ!」


 ねえ、あそぼう。

 いっしょに、いこう。


 幼い声が聞こえた気がして、ぞわりと背中に悪寒が走る。

 立ち竦む私の目線の先で、きっ、と不自然にブランコの揺れが止まった。


 黒い小さな影が、ブランコの上から地面へと降りる。ざり、ざり、と土と砂利を掻く音が耳に届くが、動けなかった。

 逃げたいと思いながらも、目は逸らせずに黒い影を追うことしかできない。

 金縛りにあったかのように動けずにいれば、ふいに視界の端を白いものが掠めた。

 ぐうぅ、と低く唸る音が聞こえたかと思えば、黒い影がびくりと大きく揺れる。

 きぃんと耳を震わせたのは、悲鳴のような音だ。私は弾かれたように小さな手で耳を塞ぎ、目を固く閉じた。


「……」


 目を閉じていた時間は、一分にも満たなかったのだろう。

 サンダルを履いた足をさらりと柔らかな毛が撫でてきて、私はそっと目を開いた。

 耳を押さえていた手を外せば、うるさいほどのヒグラシの鳴き声が鼓膜を震わせる。いつから蝉が鳴いていたのだろう、と今さらながら不思議に思った。

 ブランコの方を見るのは怖くて、ただただ、足元に寄り添うしっぽを見つめる。


「雪尾……」


 名を呼べば、ぐいぐいとしっぽが押し付けられてくる。

 私はその場にへたり込み、鳥肌の立った腕で雪尾のしっぽにぎゅっと抱きついた。暑さなどすっかり吹き飛んでしまっている。

 探しに来てくれた兄に声を掛けられるまで、私はそのまま白いしっぽを抱きしめていたのだった。




 **********





 立ち止まったのは、交差点の一角だった。

 信号を待つ人達の中、私は信号機の横の植え込みを見やった。飾られた花束とジュースやお菓子を見て、ここで交通事故か何かがあったのだと思い当たる。

 亡くなったのは、おそらく子供なのだろう。


 植込みの側に佇む、小さな黒い影。


 私はわずかに視界に入れただけで、そのまま前を向いた。

 しかし、一度視界に入れてしまったのが悪かったのか、囁くような声や気配が近づいてくる。

 

「……雪尾」


 口の中で小さく言えば、足元の白いしっぽが揺れた。

 誇示するように力強く振られたしっぽに、囁き声も気配もぴたりと無くなった。

 しかし、虚ろな視線は感じる。私は縋るような視線を無視して、青に変わった横断歩道に足を進めた。




 ――ずっと、『能力無し』と言われていた。

 幼い頃は悔しかったり悲しかったりしたが、大人になった今は見えなくてよかったと思うときもある。

 正直に言うと、私は見えないものが怖い。

 害を加えられたことはないが、あのときの背筋が凍り鳥肌が立つ感覚は、あまり味わいたくないものだ。


 不用意に関わるな。

 見えないものを、無理に見るな。


 身に染みた教訓のせいだろうか。

 今でも、私は雪尾の全身の姿を見たことが無い。

 しっぽだけ、というわけではなく、ちゃんと犬の姿をしていると兄妹達からは聞いている。

 どんな姿だろうと想像するけれども、白いしっぽだけを見続けているせいか、ちらとも浮かんでこない。


 いつかは見ることができたらいいと思うが、見られなくても構わないとも思う。

 だって、見えなくともそこにいるというのは、よく知っているから。


 ――あの、影達のように。



 背中に残る仄暗い視線を振り払い、私は雪尾の温かな白いしっぽに足を触れさせた。


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