24 白いしっぽとキジトラ君3
キジトラ君、三度目の正直編です。
大きな肉球で顔や身体やしっぽを好き勝手にふにふにされること4回。
首根っこをくわえられて運ばれること3回。
そのままぺいっと10メートルくらい真上に放り上げられて、口でキャッチされること2回。
しっかり遊ばれた後で、もふもふの白いしっぽの上でついうっかり寝入ってしまったこと1回。
今までさんざんお前の思い通りにさせてきたが……
い、一応言っておくが、わざとさせてやったんだぞ!お前を油断させるためにな!
オイラが本気出せば、お前なんざちょちょいのちょいで、こう、ぺーいってできるんだからな!
え、ええい、こっち見てんじゃないやい!
何だその相変わらずきょとーんってした目は。
今日は遊ばねぇぞ。遊んでなんかやらないんだからなっ。
そこで悲しそうな目ぇするな!わざとらしく落ち込むな!
ちくしょうっ、馬鹿にしやがってぇ~。
…っと、しまった。オイラとしたことが取り乱してしまったぜ。
前置きはここまでだ。今日こそお前にぎゃふんと言わせるための秘策を考えてきたんだからな!
ふふん、後悔しても遅いってことを、お前に教えてやるぜ。
お、ちょうどいいところで出てきたな。
眼鏡、おかっぱ、女。
こいつに間違いない。
いくぜっ!必殺――
にゃあーう。
なーあ、なーう。
…よーし、こっち見たな。ふふふ、作戦通りだ。オイラが上目遣いに見上げて甘え声で鳴けば、大抵の人間はいちころなのさ。
そう、しゃがみこめ、しゃがみこむがいい……そこをすかさずっ、膝に前足乗っけてホールドだ!
さあ……思う存分撫でるがいい!愛でるがよい!
これぞ必殺!「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」作戦だ!
…そう、オイラは悟ったのさ。
オイラの力は、あの白いのには及ばないってことを。
男としちゃあ悔しいものはあるが、自分の実力を認めるのも男気ってもんだ。潔く負けを認めてやろうじゃあないか。
だがしかし!力では叶わないとしても、オイラにはこの天才的な頭脳がある。あの白いアホ犬とは違ってなっ。
オイラは考えた。三日三晩考えた。あの白いのを屈服させるにはどうしたらいいか。
そして思い付いたのさ。
白いのの飼い主である、この眼鏡のねーちゃんを利用すればいいと。
まずは眼鏡のねーちゃんを陥落して、オイラがねーちゃんのご主人様になる。
そしたら、どうだ。自動的に白いのはオイラの手下ってことになるじゃねぇか。
頭いい!オイラ、頭いいだろ!
ふっふっふ、今まで人間を百発百中で落としてきたオイラの実力を使って、このねーちゃんも落としてやるぜ。
さあ、いくぞ、将を射んと欲すれば何ちゃら作戦!
なーう。にゃあー。
お、ふむふむ。
なかなか撫で方うまいじゃねぇか。
小さい子供だと容赦ねぇからなぁ。毛がぐしゃぐしゃになるわ、皮膚は引きつれて痛いわで。
それに比べて、がっつくことなく、ほどよい力加減……ごろごろ。
はっ!しまった、つい喉が。いかんいかん、オイラが陥落されてどうする。
ええい、先手必勝だ。まずは膝に乗り上げて懐に潜り込み、胸に前足をつける。
…あ、このねーちゃん意外と胸でかい。手も柔らかいし、香水臭くねぇし。顔もよく見りゃ可愛いし、目が優しそうだし……けっこう好みかも…。
ってだからオイラが陥落されてどうする!
集中しろ、オイラ!今は将を射んと何ちゃら作戦中なんだからなっ。
よし、抱き上げろ、撫で回せ!
そして白いのに見せつけるのだ!
どうだ、見たか白いの!お前の主人はこのオイラが奪っ――
って。
え。
えええぇぇぇぇ…?
そ、そんなに落ち込まなくてもよくね…?
ちょ、どんよりしてるぞっ、こら!そこは悔しがるか怒るとこだろっ。
なんで涙目できゅーんって鳴くんだよ!ほら、しっぽ!しっぽが今までになく萎れてるって!
や、やめろ。そんな切ない目でオイラを見るな。オイラが極悪猫又みたいじゃねぇかっ。
あ、ああああ、わかった、わかったから。ねーちゃんから離れるから。
ほらっ、もう、そんな落ち込むなよ。
オイラが悪かったって。調子に乗ってやりすぎ…たのか…?いや、そんな大したことしてねぇ気はするんだが…しかも途中だし…。
と、とりあえず、元気だせって、なあ。
だからそんな悲しい目でオイラを見ないでくれよう~。
*****
今日もキジトラの猫は雪尾と遊んでくれているようだ。
窓から見えるデッキの上ではキジトラ猫と白いしっぽが向かい合うように座っている。いつもみたいに猫が暴れていないところを見ると、ようやくふたりは落ち着いて話せる間柄になったのだろう。
何を話しているのだろうと想像しながら、私は会計を済ませて外に出る。すると、雪尾と向かい合っていた猫がこちらにとてとてと近づいてきた。
にゃあーう、と鳴く声はまるで挨拶しているかのようだ。
挨拶されたからには、こちらも返さなくては。
私がしゃがみこんで「こんにちは」と声を掛けると、猫は伸び上がり小さな前足を膝に乗せてきた。可愛らしい仕草に笑みがこぼれる。ずいぶんと人なつこい猫のようだ。
なーう、と再び鳴くので、軽く背中と首を撫でる。柔らかな毛は雪尾のものよりも短めだが、つやつやして触り心地がよい。
撫でると気持ちよさそうに目を細めていた猫だったが、はっと目を開いて、私の膝の上に乗り上がってきた。よじのぼり、後足で立った猫は顔を近づけてくる。
すると、前足の爪が私のカーディガンの胸元に引っかかってしまった。動けなくて困っているように、猫は雪尾の方を見やる。
猫を下ろそうかどうしようかと迷っていれば、背後の扉が開いた。
「白瀬さん、大丈夫ですか」
「高階君」
黒いエプロンをつけた高階君が、しゃがみこんだ私を見て目を丸くする。私の胸元にいる猫に気づいた高階君は、一瞬頬を引きつらせた。
「…あの、その猫」
「あ、ごめんなさい。すぐ放すね」
飲食店の前で猫と戯れるのはあまりよくないのだろう。私が慌てて猫の身体を抱き上げ、下ろそうとしたときだ。
ぱっと私の手の中から逃れた猫は、白いしっぽの方へと駆け寄った。そのまま雪尾の周りをうろうろと回る。
見れば、白いしっぽは落ち込んだように萎れていた。
ああ、なるほど。
キジトラ猫は雪尾の様子にいち早く気づいて慰めてくれているのか。
いいお友達ができたんだなぁ、とほのぼのと思いながら、私もデッキの端の方にいる雪尾へと近寄った。
「雪尾、どうしたの?」
手を伸ばして、しっぽに触れる。毛並みを整えるように数度撫でれば、くぅん、と甘えるような声が耳に届いた。私は苦笑しながら提案する。
「家に帰ったら好きなだけブラッシングしてあげるね。だから元気出して」
効果は覿面だった。白いしっぽが控えめながらも期待にぱたぱたと揺れ始める。ととと、と近寄ってきて私の周りを回り、ぐいぐいとしっぽが押し付けられた。
「今日は甘えたがりだね」
いつになく甘えてくる雪尾のしっぽをもう一度撫でてから立ち上がる。
後ろを向けば、いつの間にか高階君がキジトラの猫を捕獲していた。
「ああ、この子はこっちで何とかしますから。…元気出してくださいね、雪尾さん」
にっこりと高階君はいつものように笑うが、少し妙な迫力を感じた。高階君に両脇を抱えられている猫は不思議と暴れることなく、ぴしりと固まったようになっている。
どうしたのだろうかと気にはなったものの、雪尾が早く帰ろうと言わんばかりに足を押すので、高階君にお礼と別れの言葉を告げて店を後にした。
その日は、ぴったりと寄り添ってくる白いしっぽに足がひっかかり、二度ほど転び掛けたのだった。
キジトラ君、優勢なるも結果は完敗。
さらなる強敵(喫茶店のにーちゃん)も現る。
「…ねえ君、猫又だよね。さっき彼女にずいぶんと馴れ馴れしく触ってたけど、何をしようとしてたんだい?しかも雪尾さんをあんなに悲しませて。ねえ、どういうつもりかな?」
(こっ、このにーちゃん怖えぇぇぇ…!)
すべてが見えていた高階君は、キジトラ君をその後たっぷりと説教したそうな。




