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20 白い子犬と姉と妹(前編)


 今日は祝日。久しぶりにバイトを休んで大学の友人達と遊んだ帰りだった。

 夕方の混雑する駅前で視界に入ったのは、白い大きな犬の姿だ。

 雑踏の中でも圧倒的な存在感のあるそれに目をやれば、その後ろに小柄な女性がいるのが見える。


 白瀬さんと、彼女の犬神の雪尾さんだ。


 白い大きなしっぽがそわそわ動くのを見て、彼女も気づいたらしい。眼鏡の奥の黒くて円らな目と視線が合い、思わず笑みが浮かんだ。 

 図書館や喫茶店シリウス以外で会うのは珍しい。ちょっと特別な気分になる。せっかくだし挨拶でも、と近づいたときだ。


「……ん?」


 白い大きな狼のような雪尾の隣に、白い小さな毛玉のような塊があるのに気づいた。

 雪尾さんに比べてはるかに小さな毛玉の正体は、白い子犬だった。

 

 柴犬に近い姿で、三角の耳の先が少しだけ曲がっている。

 もっふりした白い毛に、むっくりとした短い脚に、くるんと丸まったしっぽ。

 きょとんと小首を傾げ、つぶらな目が見上げてくる様は、悶絶ものの可愛さだ。


 かわいい何だこれかわいい。


 雪尾さんも可愛いけど(可愛いと言ったら怒りそうだけど)、この子犬も可愛い。


 しかも、ただの犬じゃない。

 雪尾さん程ではないが、子犬もほんのりと光を帯びた毛を纏っていた。青く光る目は子犬にしては老成した落ち着きを宿し、静かに澄んでいた。

 おそらくこの子犬も、犬神だ。


 いやでもそれにしても可愛い。


 大きさのギャップもなお良し。二匹のもふもふな犬神という眼福の光景に浸っていたが、視線を感じてはっと我に返る。

 顔を上げると、すぐ近くに白瀬さんと、その隣に見知らぬ女性が立っていた。

 細面の小顔に、きりっとした猫のような目が印象的な美人だ。長い黒髪は緩く巻いてあり、すらりと背が高くてスタイルもいい。

 丸顔で小柄な白瀬さんとは全然違う容姿だったが、どことなく似た雰囲気を感じた。


「…もしかして、妹さんですか?」


 白瀬さんには、兄と姉、そして妹がいることは聞いていた。外見だと白瀬さんの方が年下に見えるが、何となく違う気がした。

 勘は当たったようで、白瀬莉緒しらせ りおと名乗った妹さんは快活に笑う。

 俺も自己紹介したが、白瀬さんの前で改まって言うのはどうにも気恥ずかしいものを覚える。

 照れを隠すように笑えば、ふと、白瀬さんと妹さんの背後に誰かが立ち止まった。


「…見つけたわよ」


 妹さんによく似た顔立ちの、しかしそれよりも落ち着いた印象のある二十代後半くらいの女性は、どうやら白瀬さんの姉のようだ。

 三姉妹が揃ったかと思えば、少し雲行きが怪しくなってくる。

 申し訳なさそうな白瀬さんに、妹さんがくってかかっていた。聞こえてくる会話で何となく状況は把握できる。妹さんの居場所を白瀬さんが連絡したことが原因らしい。

 家出か何かだろうか、と頭の片隅で考えながらも、俺がこの場にいていいものかと身を引きかけたときだ。

 

「お姉ちゃんの馬鹿!」


 怒鳴った妹さんが、紙袋を白瀬さんに投げつけた。何か割れたような音がして、足下にいた二匹の犬神の耳がぴんと立つ。

 音につられて見てしまった白瀬さんの顔には、傷ついた色が浮かんでいた。そして、泣きそうな妹さんの顔も。

 駆け出した妹さんを追おうとする白瀬さんを、お姉さんが止める。

 

「やめなさい。あんたが追いかけても逆効果だわ」

「でもっ…」


 そこで割り込むように手を挙げたのは、反射的な行動だった。


「あの、すみません」

「あっ…」


 声をかけると、白瀬さんが驚いたように目を丸くした。

 俺がいることを忘れていたのだろう。よほど動揺しているようだ。

 ごめんなさい、気にしないで、と焦りながら謝る白瀬さんを制して、俺はとっさに提案した。


「俺が追いかけます」


 妹さんを追いかけてきたお姉さん。

 妹さんの居場所を連絡した白瀬さん。

 二人が追いかけて捕まえても、妹さんは反発するだろう。

 ならば、第三者の俺が追いかければ、まず最初の反発は無くなる。妹さんに罪悪感があれば、他人の俺がわざわざ追いかけることで罪悪感は増し、戻らざるを得なくなるだろう。

 

 それに――


『こっち』


 耳に届いた、小さな声。


『ついてきて』


 振り向けば、雑踏の中で俺を見つめる、小さな子犬の姿がある。


「…追いかけてほしいみたいです、あの子」


 なぜ俺を選んだのかはわからないが、見えてしまったもの、聞こえてしまったものは仕方ない。

 

 俺の視線の先を追い、白瀬さんがまるで見えているかのようにぽつりと名を呼ぶ。


「ショコラ…」


 それが、あの犬の名前なのだろう。

 わかりましたと頷いて、白瀬さんのお姉さんにも了承を取ってから、俺は身を翻して駆け出した。


 ちらりと後ろを振り向けば、途方に暮れたように佇む白瀬さんと、彼女に寄り添う雪尾さんの姿があった。


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