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東方見聞備忘録~其之弐~

――後にキリアは六文銭と一悶着を起こし、ルシと知り合うこととなる。六文銭との一件はそれだけで夜が明けるほどの物語となってしまう。その話はまた今度としよう。

とにかく、キリアは若くして他の制御局の人間と比較しても十二分に超人であった。


統一世界―『スフィア』 C.E.28904年 七月三二日 一三時〇〇分(世界統一時間)

中央都市『ロクス』 特別区内 世界統一機関 評議員宿舎一階特設バー『ジョバンニ』



「最近どうだ、キリア」

「退屈だ。最近手ごたえの無いやつが多すぎる」

この頃になると、キリアは他の死覇(北方死覇はすでにシナハーンからノエルに代わっていた)とも日常の些細な会話をするようになっていた。自ら話しかけることはなかったが、以前なら少なくとも他の人間に話しかけられたら完全に無視するような内容の話でも、会話が続くくらいには馴染んでいた。だから、ヴァルケがこうして話しかけてきたことも、それほど不思議なことでは無かった。

「そいつはよかったな」

「何がいいものか、ここのところ俺の顔を見るだけで投降してくる」

「無条件降伏だ。平和的じゃないか」

この頃のキリアは、まさに天上天下唯我独尊と言う言葉服を着ていると言っても過言では無い、実績と権力と、一種の信頼に裏打ちされた不遜さ目立つようになっていた。巷では、狂犬がかろうじて鉄の首輪でつながれていると揶揄されていた。

「俺は戦争屋だ。正義の味方じゃない」

「正義など、信用に足らん」

「あんたのその言動や思想と、あんたの性格が俺のプロファイリングと一致しない。徹底した現実主義のお人好しはそうそういない」

「はっはっは。それは、俺が俺だからとしか答えられん」

この時、ヴァルケにとってキリアは齢の離れた弟のようだとよく言っていた。だから、こうして一緒に評議員宿舎備え付けのバーで目撃されることも、この頃は珍しくなかった。

だがそれでも、この二人と一緒に飲みかわそうとするような無鉄砲な人間は、一人もいなかった。だから、二人の周りは自然と貸切状態となていた。


「キリア様」

そう話しかけられて、キリアはその声の主に顔を向けずに、手に持った度数の高いアルコールを一気に呷った後に返事をよした。


「なんか用か、アイスバーンランド」

「…、先ほどヴァルトシュタイン卿の使いの者がキリアさんを探しておりました。おそらく、極秘事項なのでしょう」

「のんきな奴らだ。俺がここに無理やり連れてこなかったらこいつ次の任務に行くところだったんだぞ」

「まったくだ」

キリアはヴァルケの言葉を肯定した。キリアが今、この時間、この統一世界の宿舎にいたのは偶然であった。

「それは私に申されましても、ご回答しかねます」

ノエルがどこに出しても恥ずかしくないほどの淑やかな口調で話しているのは、今は無き国の姫であったからに他ならない。

「で、どうするんだ?」

「行くさ」

そう言って、二人の分の勘定をカウンターに置いて立ち上がった。

「おい…」

「なんだ、それ以上飲むなら、自分で払え」

「いや、そんなことを言っているんじゃ無く…」

「話は戻ってから聞く」

そう言って黒羽は、バーを後にした。

「ヴァルケ殿、私も何やら胸騒ぎが…」

ヴァルケは決して言葉にはしていなかったが、ノエルはヴァルケが心に秘めた感情に同意を示した。そして、それはキリア本人にも自覚があった。



統一世界―『スフィア』 C.E.28904年 七月三二日 一三時〇六分(世界統一時間)

中央都市『ロクス』 特別区内 世界統一機関 評議員宿舎三五階『東区最高司令官控室』



「入れ」

三回のノックを聞いた後に、すぐにヴァルトシュタインは客人を迎え入れた。名乗ってはいないが、キリアと認識しているようだった。

「よく来た」

自分の目で改めて確認し、そばにいた秘書を目で出ていくように指示した。

「人払いまでして、用心深いことだ」

「事が事だからな」

ヴァルトシュタインは、入り口から見て左手にある大型スクリーンの電源を入れ、部屋の電気を消した。

「この間話した、例の侵入者についてだ」

「見つかったのか?」

この当時、死覇の中でもキリアの存在は頭一つ抜き出ていた。それは、死覇の中でキリアの強さが一番だった、というわけではなく彼の好戦的な性格が大きく影響していた。だがしかし、彼が最も戦果を上げている事もまた事実だった。だが一方で、彼ら死覇を管轄する元老院の方はそうでは無かった。

竹取ノ原国や六文銭で大きく引き離したかに見えたヴァルトシュタインであったが、評議員の中ではいまだにヴァルトシュタイン派とファロッソ派に分かれていた。確かにキリアの戦果は他を圧倒していたが、如何せん徹底した個人主義で、仕事上で組むことがあったのは他の死覇との合同作戦時のみであった。また、その勝敗もほとんどが圧勝という状況だったが、政治上、そこまでの勝利はそもそも必要では無かった。ファロッソの部下は、個人成績こそキリアに及ばないものの、総数ではキリアをしのいでおり、ここぞという重要な局面での戦果が多かった。こういった意味で、部下を適材適所に使うことにかけて、ファロッソは優れているといえた。しかしまた、狂犬と言えど、キリアは世界均衡を保つためには欠かせない戦力であり、その力を発動できるスイッチを持つヴァルトシュタインも必要な存在であった。


そんな中、衝撃的な情報がもたらされた。当時勢力を伸ばしていた、とある一団―ここでその一団の名前には意味が無いので言及しない―が、かなりの頻度で違法世界間移動をしていた。しかもどうやらそれは時空制御局の転送装置を使用しての違法移動である、と。もしかしたら、制御局にスパイがいるのでは無いか、しかもかなり高い地位にある人物では無いかと憶測が飛んだ。知っての通り、今でも中央が末端の人間の事を把握しきれていないこの組織にとっては、スパイ説を一笑に付すことは出来なかった。

そしてどうやら、ヴァルトシュタインがキリアを呼んだ理由はその事に関してのようだった。

「どうやら、第七区画のようだ」

それを聞いてキリアは訝しむ。

「第七区画?あそこはすでに使われていないはずだ。動力も取り払われたんじゃなかったか?あんな旧式、自前で動力源を確保しようとすると、制御局に侵入してまで使うメリットは薄い気がするがね」

この当時、少し前から施設の老朽化に伴う施設の修繕や閉鎖が行われている時期で、第七区画も東区に属する、閉鎖対象のうちの一つであった。さらに、旧式の時空転送装置、通称『箱舟』が設置されていたために、かなり厳重に封印されていた。

「そんなことを私に言われても分からんよ。犯罪者の考えなど。だが、この東区そんな不祥事があっては私の沽券に係わるのだ。だから、お前ひとりで処理してもらう。その後、その一団が使っていたのは、別の場所の転送装置ということにする」

ヴァルトシュタインの言葉には答えず、キリアは立ち上がった。

「…まあいい。俺は上層部が行けという所に行くだけだ」

キリアは、ヴァルトシュタインから第七区画へ入るための認証コードを受け取って部屋を後にした。


「本当によろしかったのですか?」

キリアと入れ違いに部屋に戻ってきた秘書が、ヴァルトシュタインに訊ねた。

「ああ…、あんなものは私の品位を下げるだけだ」



統一世界―『スフィア』 C.E.28904年 七月三二日 一三時一八分(世界統一時間)

中央都市『ロクス』 第七区画 世界統一機関 旧時空転送装置設置建屋



「ここか」

時をほとんど同じくして、キリアは第七区画の入口に立っていた。統一世界が派生世界と比べて極めて広大な面積を誇っており、それに伴って交通機関も高度な成長を遂げているが、宿舎から第七区画の移動を一〇分ほどでたどり着けるのは、常人ではありえないことだった。

目の前にそびえる分厚い扉も、転送装置を覆うように円柱状に張り巡らされた巨大な壁も、キリアにとって破壊することはたやすかったが、極秘任務であり破壊した壁を元に戻すのも面倒だったので、キリアはヴァルトシュタインから受け取った認証コードを扉の横に設置されたパネルに打ち込んだ。




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