東方見聞備忘録~其之壱~
―― 彼の回想を記すにはまず、彼が語るより少し昔の彼を説明する必要があるだろう――
統一世界―『スフィア』 C.E.28901年 六月十日 一三時三〇分(世界統一時間)
中央都市『ロクス』 特別区内 世界統一機関 正面廊下
その少年はその廊下のど真ん中を闊歩していた。彼の身に張り付くオーラは、彼の噂を知る者であるなら、たとえ彼と面識が無くとも彼がその少年だと理解するには十二分であった。
一五歳の少年が背うにはあまりに大きすぎる『正義』の象徴、彼の所属する世界統一機関の頂に君臨する四人の証であるコートを、間違いなく寸分の隙も無く着こなしていた。
彼の腰ほどのある黒髪が揺れてコートに書かれた文字が確認できる。
『東方死覇』
依然として未確認の土地がある統一世界において、東区域とそれに付随する派生世界を自らの死をもってしてでも覇道を進む者。その少年にそれの意味がどれほどの意味を持つのか…理解しているのかどうかは定かではない。
死覇となってまだ一年も経たないが、西方死覇に、『魔術の理』ドーべルマン=アールグレイ、南方死覇『炎帝』ヴァルケ=A=ガルムハルム、北方死覇『狂獣』シナハーン=カルーアと伝説と呼ばれる面々を並べても、『死神』キリア=トライハート=神羅はすでに東方死覇として遜色無い功績をあげていた。
「おつかれさまです」
「竹取ノ原国の奪還作戦成功おめでとうございます」
廊下を進むキリアは少し歩くたびに似たような言葉をかけられたが、キリアは目の端でとらえただけであった。キリアにとっては全く面識のない相手であったが、それでも彼らの胸に輝く勲章は決して一五の小僧にそのような扱いを受けてよい階級では無かった。そもそも、この廊下を使用する制御局の人間はある程度の階級が必要である。
また一方で、本来キリアに話しかけようなどという輩はいない。それでも人睨みで数個小隊を壊滅させられると言われるキリアにこうして話しかけることができるのは、キリアに自分の顔を売りたいという出世欲がなせるわざであるが、最大の要因はキリアが他人に無関心であったことがであった。皮肉なことに、キリアが最も他人に興味を示すのは、背中を預ける(もっとも、キリアが背中を預けるような人間は、キリアに媚を売るような人間はいないが)味方では無く、戦闘中の敵に対してであった。
キリアはしばらく歩き、とある評議会議員の執務室の前で止まり、ノックした。
「入れ」
部屋の主の許可を得てキリアはドアを開けた。
「ご苦労だったな。竹取ノ原国の奪還はよくやった。これでファロッソに大きな貸しができた。このカードは次の選挙で大きな材料となる」
ファロッソとは、時空制御局が管理する北区域の最高の権限を持つ評議員である。
「シナハーンがいれば、あいつが片付けていただろう」
そしてこの部屋の主であるヴァルトシュタイン卿もまた、東区域の最高権限を持つ評議員であった。
「なに、派生世界からのゲートが閉じられて未だに修復中であるのだから仕方がない。死覇といえどその身一つで時空間移動をできる人類などいないのだから」
「次の仕事は?」
キリアは賛辞にまゆ一つ動かすことなく無機質に訊ねた。
「まあ待て。お前には次に最高にでかい仕事を用意している。それよりも今は勝利に酔いしれよ」
「必要ない。さっさと仕事をよこせ」
「……」
ヴァルトシュタインは間をおいて一枚の書類をキリアに投げてよこした。
「次はそこに書いてある組織を壊滅させる」
キリアは書類を読み進めて、組織名のところでまゆを顰めた。
「六文銭?」
「そうだ。その功績があればファロッソにさらに差をつけることができる。それと、評議会での発言権もより一層盤石となる」
六文銭ーその本拠地を東区域に置きながらも、統一世界『スフィア』中を荒らしまわっている空賊を名乗る強盗集団である。ただし、幹部の構成員がみな死覇に比肩するといわれるほどの実力者集団という情報が噂されていた。
「どこにいる?」
「現在、エリア40付近の上空に停滞していることが確認されている」
「上空?」
「空賊だからな」
「くうぞく?」
「…まさかお前、空賊を知らんのか?」
「知らん」
「空賊とは、大雑把に言えば、飛空艇を使う盗賊たちの総称だ。全く、バスタードのやつはお前には戦闘しか教えてなかったようだな」
「その通りだ」
バスタード。
ブリッツ=D=バスタードはキリアの先代東方死覇であり、彼の武術の師である。約一年前突如失踪し今現在行方不明である。彼の失踪と共に先代の東区最高評議員が失脚し、当時東区の評議員の中で力をつけてきたローウェルが後釜として収まった。
「じゃあ、ルシ=ユキムラと言う男も知らんのか?」
「ああ」
キリアはポケットに手を突っ込んだまま、どうでもよさ気に答えた。
「ルシは『六文銭』の頭領だ。汚職疑惑など、黒い噂のある政府関係者や権力者を狙い、金品を強奪している義賊気取りの蛮族だ」
「なるほど、あんたらにとってはこいつがいなくなれば枕を高くして眠れるということか」
ローウェルは眉をぴくりと動かして続けた。
「狗は狗らしく、主人の言うことには黙って従え。それがこの世界で長生きする秘訣だ」
「……」
キリアは黙って部屋を出た。




